怠惰の主
真なる敵
なーにやってんだ未来の俺。お前はバカなのか。トンチンカンのアンポンタン野郎になってしまったのか。
あくまで状況証拠でしかないが、俺の知る限り、この世界から他の世界へと何かを持ち出すことができるのは、俺だけである。
だが裏を返せば、俺のような凡夫でもできるということなら、他の人間が出来ても何らおかしなことはない。世界は広い。まして他の世界すら無数に存在する。どこかにもう一人くらいいたって良いだろう。
それはそれで厄介極まりないが。
うなだれる俺の横で、意外にも郡山が立ち上がった。
「デルちゃんだっけ。僕は郡山司。もうわかっていると思うけれど、創ちゃんは犯人であって犯人じゃないよ。僕のいた世界でも、未来の創ちゃんはとあるものを奪っていった。理由は何にせよ、今の創ちゃんが知らない限り、これを議論する意味はない」
「郡山とやら、我は特に責めようなどとは考えておらぬ。我が海に戻れば収めることができる。この話で重く捉えるべくは、御影に事実を伝えたことにある」
「伝えたこと……?」
郡山が訝しげにデルを見つめるが、デルは窓の外を睨みつけた。
「さて、そろそろ時間じゃな。御影よ、お主に会うのはまた先の話になりそうじゃ。最後にひとつ忠告しておいてやろう」
「さっきから勝手に話を進めるな。何の時間だ、どこに行く、忠告とは何だ」
「そう急くな。じきに分かる。秘宝シュトルグスはこの世界を調和すべく作られた神々の創造物。それをこの世界から奪うということは、神々の意思に反することを意味する」
デルは神妙な面持ちで、俺に正面から向き合った。その眼力は強く、黒目は全てを吸い込む純粋な漆黒に染まっている。つい、飲み込まれる錯覚に陥りそうになる。
「────其れ即ち、神を敵に回すことと同義」
室内の空気が一気に重くなった気がした。言いようのない緊張感、それを断ち切るようにして部屋のドアを叩く音が喧しく鳴り響いた。そいつはドアの向こうから半ば息を切らしながら話しかけてくる。
「式谷さん! また知恵を貸して下さい! 海が!」
「やはり隊長にでもなったのか」
「ただの高波対策を教えてあげただけですよ。あとは、色々と痛い目も見てもらった人もいますが」
手を出す女を間違えたな。そりゃ敬語にもなるわ。
式谷がドアを開けると、甲冑を着た衛兵のような男が青ざめた様子で立っていた。
「バルドゥスさん、海はどんな状態ですか?」
「式谷さんから教えてもらったドノーは役立ってたんですが、今はむしろ、潮が異常なほど引いて船が岸に打ち上げられてしまって」
潮が引く……。海の荒れ具合は気にもなるが、もしやそれは。
「この近くに高台はありますか?」
「え? あ、高台はありませんが、町外れの墓地の方面に丘があります」
「大至急、全速力で走って町の全員をその丘へ集めて下さい。全員、一人残らずです」
バルドゥスと呼ばれた男は強く頷いた後、全身の甲冑を外して駆け出していった。
「津波か」
「ええ、ご想像の通りです。原因こそ不明ですが兆候として確率が高いのは、津波です。私達も丘へ逃げるとしましょう」
「ツナミ?」とフォルクスは首を傾げた。
「のんきに説明している暇はない。さっさと行くぞ」
全員で丘へ向かう最中、町の住人達も続々と列を成して移動していた。だがその歩みは遅く、あくまで言われた通りに丘へと移動しているだけである。そのせいで道は塞がれ、走って進むこともできない。誰も自らの命が今まさに危険に晒されようなどとは、微塵も想像していないだろう。
考えてみればそれも当然のことである。シュトルグスとやらで世界は安寧の時を過ごしてきたのだ。ちょいと高波が起こった程度でこの焦り具合だ。もうその先など、それこそファンタジーの世界なのだろう。
「式谷、どうする」
「これでは間に合いませんね」
このままでは俺達までもが津波に巻き込まれかねない。そうだ、デルが海へ戻れば海の荒れは収まるではないか。奴はどこだ。
「デルさんなら既に海へ向かいましたよ」
「人の思考を勝手に読むな。だがデルが海へ行ったなら、もう津波も起こらない。丘へ行く必要もないだろう」
「この世界の人間の単純さ。それはこれまでに幾度も我々に牙を剥いてきましたが、今回も私はそれを危惧しています。津波から避難しているのではないんですよ」
言っている意味がさっぱりわからない。
────やがて丘へ辿り着くと、そこから眺め見た光景に、息を飲んだ。
いつか見た海龍。そしてそれと巨大な津波が相対していた。海龍が轟音とも言える咆哮を放った瞬間、津波が口を開けるようにして弾け飛んだ。
伊達に龍神を名乗っているわけではないということだ。
「ば、化け物……! モンスターがいるわよ!」
「きっとアイツが津波を呼び起こしたんだ!」
なんだ、何が起こっている。
「今目の前で見ただろう。ヤツが津波を消して見せたんだぞ」
あくまで状況証拠でしかないが、俺の知る限り、この世界から他の世界へと何かを持ち出すことができるのは、俺だけである。
だが裏を返せば、俺のような凡夫でもできるということなら、他の人間が出来ても何らおかしなことはない。世界は広い。まして他の世界すら無数に存在する。どこかにもう一人くらいいたって良いだろう。
それはそれで厄介極まりないが。
うなだれる俺の横で、意外にも郡山が立ち上がった。
「デルちゃんだっけ。僕は郡山司。もうわかっていると思うけれど、創ちゃんは犯人であって犯人じゃないよ。僕のいた世界でも、未来の創ちゃんはとあるものを奪っていった。理由は何にせよ、今の創ちゃんが知らない限り、これを議論する意味はない」
「郡山とやら、我は特に責めようなどとは考えておらぬ。我が海に戻れば収めることができる。この話で重く捉えるべくは、御影に事実を伝えたことにある」
「伝えたこと……?」
郡山が訝しげにデルを見つめるが、デルは窓の外を睨みつけた。
「さて、そろそろ時間じゃな。御影よ、お主に会うのはまた先の話になりそうじゃ。最後にひとつ忠告しておいてやろう」
「さっきから勝手に話を進めるな。何の時間だ、どこに行く、忠告とは何だ」
「そう急くな。じきに分かる。秘宝シュトルグスはこの世界を調和すべく作られた神々の創造物。それをこの世界から奪うということは、神々の意思に反することを意味する」
デルは神妙な面持ちで、俺に正面から向き合った。その眼力は強く、黒目は全てを吸い込む純粋な漆黒に染まっている。つい、飲み込まれる錯覚に陥りそうになる。
「────其れ即ち、神を敵に回すことと同義」
室内の空気が一気に重くなった気がした。言いようのない緊張感、それを断ち切るようにして部屋のドアを叩く音が喧しく鳴り響いた。そいつはドアの向こうから半ば息を切らしながら話しかけてくる。
「式谷さん! また知恵を貸して下さい! 海が!」
「やはり隊長にでもなったのか」
「ただの高波対策を教えてあげただけですよ。あとは、色々と痛い目も見てもらった人もいますが」
手を出す女を間違えたな。そりゃ敬語にもなるわ。
式谷がドアを開けると、甲冑を着た衛兵のような男が青ざめた様子で立っていた。
「バルドゥスさん、海はどんな状態ですか?」
「式谷さんから教えてもらったドノーは役立ってたんですが、今はむしろ、潮が異常なほど引いて船が岸に打ち上げられてしまって」
潮が引く……。海の荒れ具合は気にもなるが、もしやそれは。
「この近くに高台はありますか?」
「え? あ、高台はありませんが、町外れの墓地の方面に丘があります」
「大至急、全速力で走って町の全員をその丘へ集めて下さい。全員、一人残らずです」
バルドゥスと呼ばれた男は強く頷いた後、全身の甲冑を外して駆け出していった。
「津波か」
「ええ、ご想像の通りです。原因こそ不明ですが兆候として確率が高いのは、津波です。私達も丘へ逃げるとしましょう」
「ツナミ?」とフォルクスは首を傾げた。
「のんきに説明している暇はない。さっさと行くぞ」
全員で丘へ向かう最中、町の住人達も続々と列を成して移動していた。だがその歩みは遅く、あくまで言われた通りに丘へと移動しているだけである。そのせいで道は塞がれ、走って進むこともできない。誰も自らの命が今まさに危険に晒されようなどとは、微塵も想像していないだろう。
考えてみればそれも当然のことである。シュトルグスとやらで世界は安寧の時を過ごしてきたのだ。ちょいと高波が起こった程度でこの焦り具合だ。もうその先など、それこそファンタジーの世界なのだろう。
「式谷、どうする」
「これでは間に合いませんね」
このままでは俺達までもが津波に巻き込まれかねない。そうだ、デルが海へ戻れば海の荒れは収まるではないか。奴はどこだ。
「デルさんなら既に海へ向かいましたよ」
「人の思考を勝手に読むな。だがデルが海へ行ったなら、もう津波も起こらない。丘へ行く必要もないだろう」
「この世界の人間の単純さ。それはこれまでに幾度も我々に牙を剥いてきましたが、今回も私はそれを危惧しています。津波から避難しているのではないんですよ」
言っている意味がさっぱりわからない。
────やがて丘へ辿り着くと、そこから眺め見た光景に、息を飲んだ。
いつか見た海龍。そしてそれと巨大な津波が相対していた。海龍が轟音とも言える咆哮を放った瞬間、津波が口を開けるようにして弾け飛んだ。
伊達に龍神を名乗っているわけではないということだ。
「ば、化け物……! モンスターがいるわよ!」
「きっとアイツが津波を呼び起こしたんだ!」
なんだ、何が起こっている。
「今目の前で見ただろう。ヤツが津波を消して見せたんだぞ」
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