怠惰の主
遮る影
黒フードの男は馬鹿にしたように口元をひん曲げ、こちらを見下した。
「無知な素人めが、このデルサデルに楯突こうなど恐れ多いわ!」
「そのデルサデルの中枢が崩壊の危機なわけだが、こいつ周りが見えてないのか」
先程の牢屋エリアとこの拷問部屋エリアには、見知った顔はいなかった。杞憂だったのだろう。それならそれで、俺の個人的報復が成し遂げられただけだ。
俺達は黒フードの男ら二人を拷問部屋にあった拘束具で縛り付けてから、イクリプスへと乗り込んだ。記憶の中にある限りの場所へと移動し、次々に破壊して回った。そして、最後にとあらかじめ決めていた場所へと向かう。
「要塞から離れてく……ここは、王宮?」
郡山が首を傾げながら俺に視線を向けた。答えを求められているのだろうが、そう焦ることではない。何しろ、あと五秒もすればそれがわかるのだ。
その王宮とも言うべきなのか、金銀と色とりどりで装飾された建物の敷地内へと向かった。俺のような洗脳された側の人間は、こんなところへ足を運ぶことなどなかったが、兵士らの噂話程度にはここがどういう所なのか、把握していた。
ここは軍国デルサデルの国王が住まう場所なのだという。あの辛気臭い要塞に詰め込まれて仕事に励む兵士らは、こんな格差を見せつけられて何も思わなかったのだろうか。そう、思わないはずがないのだ。事実、兵士らが少なからずそういった愚痴を、行軍中にこぼしていたのである。
要するに、国王の権力さえ弱めてしまえば、国としての力を失う。不満の溜まった軍の兵士らも、自国にいるメリットがないのなら、相当の愛国心でもなければ裏切る、もしくは見限る。この国の軍力は離散する、とそんな感じにいけばいいなあ程度の感覚である。
イクリプスが噴水のある中庭へと降り立つと、侍従と思しき女性らが悲鳴を上げて逃げ出していった。そのうちの一人をとっ捕まえて、コックピット付近へと近づける。
「郡山、イクリプスには追手の使っていたスピーカーみたいな機能はないのか」
「あーそれならまだ生きてるみたいだよ。このマキナ、ごく一部の機能しかもう使えないから、今となっては貴重だねぇ」
郡山がコックピット上のボタンを指差した。赤色だ、俺でもわかるな。
それを押してから、俺は捕らえた侍従に向かって声をかけた。
「おい、国王はここにいるんだろう。どこだ」
侍従の女は「え、え!」とあたふたしながらも、コックピットというよりはイクリプスの顔面を見上げているようだ。まあ、それもそうか。
「このまま握り潰されたくなければ、この問いに答えろ」
「……言えません! 私はこの命を賭しても、国王をお守りする義務があるのです!」
忠義というやつか。面白い。
「わかった、お前はそこで見ていろ」
手間だが、俺は侍従を手に持ったまま王宮中を破壊し尽くし、玉座の間を見つけた。しかしそこに王の姿はなく、玉座の間の近くにあった浴場に、その姿はあった。多くの女を裸で侍らせ、呑気なことに王宮中が破壊されているにもかかわらず、いまだ女と酒を飲み交わしている。
堕落している。侍従の忠義は、こんな男のために尽くされているのか。そしてこんな光景を目の当たりにしても、この女の目に濁りはない。それはもはや洗脳に近い感覚なのだろうか。もはや知りたくもない。
「国王様! お逃げ下さい! この悪魔めは国王様を狙っております!」
この女は本気でこの王に忠義を誓っている。しかしながら堕落した王は、酒を煽りながら一言、侍従の女に向かって言い放った。
「まだ最高級の酒が残っておる。飲み干すまで暫し時間を稼いでおれ」
国王と呼ばれた肥満男はそのまま女と戯れ始めた。
郡山は面白がっていたが、フォルクスは心底呆れている様子だった。説明する必要もない。この国王をあえて表現するのなら、クソデブである。
侍従は絶望したようにしてうなだれている。
こんな腐った国王が統べる国などロクなものではない。殺すつもりはないが、何処か地平の彼方へ消えてもらおうか。
イクリプスが侍従を地面に置いてから、国王に掴みかかろうとしたその瞬間、見覚えのある歪みが目の前に現れた。
そこから現れたのは、自らのイクリプスに酷似した機体であった。学内大会を襲ったものと同じだろうか。
歪みから現れたそいつは、俺の操縦するイクリプスの腕を掴み上げ、国王に触れることを阻止した。その奥で国王は見世物か何かだと思っているのか、呑気に拍手をしている。
『聞こえるか』
なんだ気色が悪い。まるで耳元で響いているかのような感覚だ。どんなスピーカーで話してやがると、郡山らの様子を見てみるがキョトンとしながら俺を見ている。
どんな手品を使って声を届かせているのかは不明だが、こいつはどうやら俺の脳内に直接話しかけてきている。
『あの王を連れ去るな』
「お前は誰だ」
『教える筋合いはない』
「なんてやつだ」
まったくわからないことだらけだが……ひとつ確かなことがある。
やはりこの声の主は、この俺に他ならない。
「無知な素人めが、このデルサデルに楯突こうなど恐れ多いわ!」
「そのデルサデルの中枢が崩壊の危機なわけだが、こいつ周りが見えてないのか」
先程の牢屋エリアとこの拷問部屋エリアには、見知った顔はいなかった。杞憂だったのだろう。それならそれで、俺の個人的報復が成し遂げられただけだ。
俺達は黒フードの男ら二人を拷問部屋にあった拘束具で縛り付けてから、イクリプスへと乗り込んだ。記憶の中にある限りの場所へと移動し、次々に破壊して回った。そして、最後にとあらかじめ決めていた場所へと向かう。
「要塞から離れてく……ここは、王宮?」
郡山が首を傾げながら俺に視線を向けた。答えを求められているのだろうが、そう焦ることではない。何しろ、あと五秒もすればそれがわかるのだ。
その王宮とも言うべきなのか、金銀と色とりどりで装飾された建物の敷地内へと向かった。俺のような洗脳された側の人間は、こんなところへ足を運ぶことなどなかったが、兵士らの噂話程度にはここがどういう所なのか、把握していた。
ここは軍国デルサデルの国王が住まう場所なのだという。あの辛気臭い要塞に詰め込まれて仕事に励む兵士らは、こんな格差を見せつけられて何も思わなかったのだろうか。そう、思わないはずがないのだ。事実、兵士らが少なからずそういった愚痴を、行軍中にこぼしていたのである。
要するに、国王の権力さえ弱めてしまえば、国としての力を失う。不満の溜まった軍の兵士らも、自国にいるメリットがないのなら、相当の愛国心でもなければ裏切る、もしくは見限る。この国の軍力は離散する、とそんな感じにいけばいいなあ程度の感覚である。
イクリプスが噴水のある中庭へと降り立つと、侍従と思しき女性らが悲鳴を上げて逃げ出していった。そのうちの一人をとっ捕まえて、コックピット付近へと近づける。
「郡山、イクリプスには追手の使っていたスピーカーみたいな機能はないのか」
「あーそれならまだ生きてるみたいだよ。このマキナ、ごく一部の機能しかもう使えないから、今となっては貴重だねぇ」
郡山がコックピット上のボタンを指差した。赤色だ、俺でもわかるな。
それを押してから、俺は捕らえた侍従に向かって声をかけた。
「おい、国王はここにいるんだろう。どこだ」
侍従の女は「え、え!」とあたふたしながらも、コックピットというよりはイクリプスの顔面を見上げているようだ。まあ、それもそうか。
「このまま握り潰されたくなければ、この問いに答えろ」
「……言えません! 私はこの命を賭しても、国王をお守りする義務があるのです!」
忠義というやつか。面白い。
「わかった、お前はそこで見ていろ」
手間だが、俺は侍従を手に持ったまま王宮中を破壊し尽くし、玉座の間を見つけた。しかしそこに王の姿はなく、玉座の間の近くにあった浴場に、その姿はあった。多くの女を裸で侍らせ、呑気なことに王宮中が破壊されているにもかかわらず、いまだ女と酒を飲み交わしている。
堕落している。侍従の忠義は、こんな男のために尽くされているのか。そしてこんな光景を目の当たりにしても、この女の目に濁りはない。それはもはや洗脳に近い感覚なのだろうか。もはや知りたくもない。
「国王様! お逃げ下さい! この悪魔めは国王様を狙っております!」
この女は本気でこの王に忠義を誓っている。しかしながら堕落した王は、酒を煽りながら一言、侍従の女に向かって言い放った。
「まだ最高級の酒が残っておる。飲み干すまで暫し時間を稼いでおれ」
国王と呼ばれた肥満男はそのまま女と戯れ始めた。
郡山は面白がっていたが、フォルクスは心底呆れている様子だった。説明する必要もない。この国王をあえて表現するのなら、クソデブである。
侍従は絶望したようにしてうなだれている。
こんな腐った国王が統べる国などロクなものではない。殺すつもりはないが、何処か地平の彼方へ消えてもらおうか。
イクリプスが侍従を地面に置いてから、国王に掴みかかろうとしたその瞬間、見覚えのある歪みが目の前に現れた。
そこから現れたのは、自らのイクリプスに酷似した機体であった。学内大会を襲ったものと同じだろうか。
歪みから現れたそいつは、俺の操縦するイクリプスの腕を掴み上げ、国王に触れることを阻止した。その奥で国王は見世物か何かだと思っているのか、呑気に拍手をしている。
『聞こえるか』
なんだ気色が悪い。まるで耳元で響いているかのような感覚だ。どんなスピーカーで話してやがると、郡山らの様子を見てみるがキョトンとしながら俺を見ている。
どんな手品を使って声を届かせているのかは不明だが、こいつはどうやら俺の脳内に直接話しかけてきている。
『あの王を連れ去るな』
「お前は誰だ」
『教える筋合いはない』
「なんてやつだ」
まったくわからないことだらけだが……ひとつ確かなことがある。
やはりこの声の主は、この俺に他ならない。
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