怠惰の主

足立韋護

呪い

 俺ともう一機は散開したそれぞれのマキナを追っていくが、敵はまるでそれを読んでいたかのようにマキナを急速旋回してこちらへと突っ込んできた。その手には緋色に光る剣のようなものが握られている。反応しきれなかった俺は、あっけなくイクリプスの右腕を落とされてしまった。腕は眼下に広がる森林の中へと消えていく。俺の背後に飛んで行った敵を追いかけたが、ちっとも距離は縮まらない。

「飛行ユニットを付けていないイクリプスは、ただ浮いている状態に等しいからね。空での戦いに特化した飛行ユニット相手は不利になるのも当然だよ」

 敵はそれを悟ったのか、距離を置いたままこちらへ弾丸を放ってきた。先程のような赤い線は見えたもののまたも判断が間に合わず、なすすべなく、イクリプスの体にはいくつもの風穴が空いた。

【撃て】

 イクリプスの残された左手を広げ、敵へ向けるとそこから閃光が放たれた。まるでビームのように伸びるそれは、敵へと一直線に向かっていく。敵は何かを察知したのか空中を何回か旋回して、そのビームはあっけなく回避された。

【曲がれ】

 敵の横を通り過ぎたはずのビームが反転し、敵マキナの頭を貫いた。敵はまたも森林の中へと墜落していった。視界の端で戦っていた俺の分身も、同様の戦い方で撃墜していた。ひとまず目の前にいた敵はこれですべて排除できた、ということだろうか。

「待って、新しい熱源……三つも! 場所は、下の森の中だよ!」

 直後、森林の中から数回光が明滅した。途端、機体が大きく揺さぶられる。恐らくは遠距離射撃によるものだろう。不用意に浮いていれば、格好の的だということだ。コックピットはかろうじて無事のようだが、イクリプスの残された左腕は吹き飛ばされ、右足もあらぬ方向へ曲がっている。

 そんな次から次へ訪れる状況変化に対して、俺の頭はもはや沸騰しきっていた。顔面は熱くなり、両手の平も、真っ赤に染まっている。吐く息が熱い。
 それが影響してか、分身は霧散して消え、イクリプスもゆったりと森の中へと落下していった。衝撃のせいなのか、頭が沸騰しているせいか、ふと鼻に違和感を覚えて拭ってみるとおびただしい量の鼻血が付着していた。

 次の作戦は……次の策を練らなければ、今なら、なんでもできるのだ。だが頭が、回らない。思考停止せよと強く脳が指令を出している。
 イクリプスが森林へと着陸すると、そこには敵マキナ、ではなくこの世界に元から住んでいるモンスターらが集まってきた。大きな爪を持った熊のようなものや、二頭のドラゴンなど、様々であった。モンスターらはイクリプスに対して警戒するのみで何もしない、だがこのままでは、敵のマキナがレーダーからここを探し出し、トドメを刺すに違いない。
 俺は死なないらしいので最悪は大丈夫だが、この同乗の二人はどうだ。コックピットから出ればこの森のモンスター達に、コックピットに残っていれば敵に、殺されてしまうだろう。誰かが目の前で死ぬなんて寝覚めの悪い出来事は、もうたくさんだ。

 だが、そんな願いは空しく、脳も体も、徐々にその機能を停止していき、やがてその場で倒れた。聴覚だけは、意識を手放す直前まで残っていた。

「創ちゃん! 創ちゃん!」

「郡山、こいつは限界まで戦った。この後は俺達でなんとかするっきゃねえ。モンスターがこの周辺にうろついているせいで奴らもすぐに近づけない、その間に策を練ろう」

「……三機のマキナが続々集結してきてる。野生の動物程度、マキナの相手じゃないよ。大人しく投降するのが最善策と思う」

「な、なに? 殺されるかもしれないってのに!」

「それはまだわからないよ。まだ利用価値があるようにアピールできるなら、可能性はある」

 強がるな、一度裏切った相手をまた味方に引き入れるなんて真似、誰がするか。それは聡明なこいつなら一番よくわかっていることだろう。恐らく、“詰み”だということを示している。こいつは死を覚悟している。
 俺がデルサデルに行くなどと言わなければ、こんな状況にはならなかったのではないか。式谷らを探すにしても他から当たれば良かったのではないか。
 選択を、間違えた、のではないか。



 遠くで、コックピットがこじ開けられる音が聞こえる。



 意識が遠のいていくのと引き換えに、全身がざわつく感覚に襲われた。一部分だけ、しかし決定的な記憶を、明瞭に“思い出した”。



────そこはいつも通りの見慣れた教室。見慣れた友人ら。

 ただの冗談のつもりであった。よくある、ふざけ合い、じゃれ合いの一種だった。

「御影ぇ、また夏休み中ずっとあの不気味女と一緒だったみたいだなぁ」

 タイヘイ君のいつものいじりだった。タイヘイ君の後ろではリョウト君が苦笑いしながら呆れている。いつもの、やりとりだった。
 三十名余りはいるクラスメイトは各々次の授業の準備をキッチリする者や、テレビ番組の話題で盛り上がる者、放課後遊ぶを約束する者もいた。

「お前またそんなこと! 久代くしろさんは不気味なんかじゃない」

「御影、お前まさか……! 不気味女と付き合ってるとか! マジか、呪い殺されんぞ~」

 いやらしくニヤついたタイヘイ君は俺の頭を叩いてきた。それを聞いたクラスの調子者が数人、俺を取り囲んだ。好き放題、どこが好きかだの、どこまでやっただのと質問攻めしてくる。クラスメイトらの視線が徐々に、俺に集まり出してきた。
 それは、やや行き過ぎたいじりだった。さすがにリョウト君も制止に入ろうと、身を乗り出していた。

「や、やめろよ! そんなんじゃねえってば!」

 そう言っても、タイヘイ君は執拗に叩いてきた。エスカレートしてきた調子者らは更にあることないこと、周囲に吹聴し始めた。面倒に感じた。強く、邪魔に思った。



「うっぜえなあ、お前ら全員はじき飛んじまえよ!」



 目の前で何が起こったのか、いつまで経っても理解できなかった。ただただ赤い肉片と血が教室中を埋め尽くし、生ぬるい血の臭いが充満していた。教室で立っている者は、血塗れの俺だけだった。
 夢か何か、なのか。それとも悪質なドッキリか。いまだに血が噴き出し、痙攣しながら横たわる体を見て、それが現実なのだと悟った。

 そして思い出した。
 この力は、呪いなのだと。

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