怠惰の主
超越者
"超越者"という言葉が嫌に耳に残る。それが何者なのか、これから何が起こるのか、いずれにしろ俺はそれが何か大きな意味を持っていることを確信した。この女の言葉に宿る不思議な魅力に取り憑かれただけなのか。
だが、当時の俺は目を煌めかせながら、またすごいことを一緒にできるとでも思っていたのだろう。
「超越者ってなに!」
「それは神よりも尊いもの。神より更に上位の存在。全宇宙を創生した時代、その遥か昔より存在したとされる絶対者。それこそが、超越者なの。すごいでしょう」
「な、な、なんかすげぇ!」
どちらもアホ丸出しである。こんな子供と一緒になって浮かれているこの女も、それに魅力される俺も、現実を見ることができないでいる。
久代と俺はあらかじめ用意されていたチョークで床一面に謎の魔法陣を描いていく。
「魔法陣ってなんで描くの?」
「円は辿り着く先のない無限、力を加えればそれは無限に循環する。円の中の紋様でその力を向かう先を指定するの。よくある悪魔召喚から、誰かを呪う術式、人を生き返らせる法まであると聞くわ」
「す、すげぇ……!」
さっきからすげぇしか言ってないぞ俺。しかし説得力があるのかないのか。この久代とかいう女、全く読めない。
「さ、完成よ」
久代が一言放つと、過去の俺は改めてその魔法陣を見下ろした。六芒星の中にいくつか謎の紋様が描かれていた。そして六芒星の角には、水晶のドクロ、ヤギの生首など気色の悪い物品が置かれていた。
「そしてこれがとっておき」
久代がうすら黒い石ころを中央に置いた。
「これは?」
「宇宙エネルギーが集まるとされる、とある山の頂にある神社に祀られていたものよ。拝借してきたの」
それを六芒星の真ん中へと置いた瞬間、魔法陣が脈打つようにして赤黒い光を放ち始めた。そこから過去の俺が気を失ってしまったのか、走馬灯は途切れ途切れになってしまった。あの日、あの小屋で何が起こったのか、ただ、久代のこの言葉だけが強く記憶に残っている。
「そんな、私じゃなく、この子を、この子が────なのに! どうしてぇ!」
それから場面は激しい移り変わりを見せた。新幹線でうなだれながら上京する俺、親に泣きながら叱責される俺、夕暮れのあぜ道で茫然と立ち尽くす俺。
そして、血まみれの教室に一人立ち尽くす俺が、そこにはいた。
「────創ちゃん!」
聞き覚えのある声に俺は目を覚ました。まずは鼻につく硝煙のにおい。これは女将の爆薬のものだろうか。いつの間にやら倒れていた体を起こしてみると、街を囲っていた壁に大穴が空いており、そこからイクリプスが顔を出していた。
そういえば体の自由がきく。一度死んだか、衝撃を受けたおかげで洗脳が解けたようであった。
「ちぃ、新手かい!」と女将は足元に置いた包みの中から、新たな爆薬を取り出した。
「女将! 郡山! 待て!」
俺の声に反応した二人は、今にも攻撃に移りそうな手を止めた。なるべく刺激しないように、両手を上げて、足元に転がっていた剣を蹴って女将の足元へ移動させた。
「女将、久しぶりだな。何か月ぶりだ」
「あんた、何言ってんだい。ついさっき別れたばかりじゃないか」
ついさっき、だと? いったい何の話をしている? 何か勘違いしているのか。とにかくこの場はどうにかして戦いを終わらせなければ、戦意がないことを伝えなければならない。
「攻めているのはデルサデルの軍だ。あいつらは洗脳で俺らや一般市民を戦闘員に仕立て上げているんだ。俺は今しがたの爆発でそれが解けた、信じてほしい」
「もしそれが本当だったとして、まだ洗脳が残っていない確証はないねえ」
「だったらせめて見逃してくれ、そしたらこっちも見逃す。女将を手にかけたくはない」
女将は数回唸ってから、静かに手をひらひら振って見せた。さっさとあっち行けとでも言いたげである。
「もし、洗脳が解けていたんだったら、また会いにおいで。もっと、平和になったこの街にね」
「恩に着る。約束だ。郡山、俺も乗せろ! デルサデルからおさらばするぞ」
俺が話せるようになったことを確認した郡山はコックピットへ俺を招き入れた。久々に見る郡山だったが大して見た目に変化はない。それはそうである。俺のイクリプスを取引材料にして洗脳を免れたのだ。俺のように肉体改造をされたわけでもない。
筋骨隆々になった郡山も少しポップで面白そうだったが、それは残念ながら金輪際拝めることはできなさそうであった。
「久しぶり創ちゃん。ずいぶんとまた……筋肉がついたようだね。本当に洗脳が解けたのかい?」
「ああ。今までも意識はあったが話すことも体を動かすこともできなかった。恐らく、確実に解けた、と思う。多分。いずれにしろ、あんなかったるい思いは今後一切経験したくないな」
「はは、自信はないんだね。どこへ行くか、決まっているかい?」
もちろん決まっている。
「デルサデルへ攻め込むぞ」
だが、当時の俺は目を煌めかせながら、またすごいことを一緒にできるとでも思っていたのだろう。
「超越者ってなに!」
「それは神よりも尊いもの。神より更に上位の存在。全宇宙を創生した時代、その遥か昔より存在したとされる絶対者。それこそが、超越者なの。すごいでしょう」
「な、な、なんかすげぇ!」
どちらもアホ丸出しである。こんな子供と一緒になって浮かれているこの女も、それに魅力される俺も、現実を見ることができないでいる。
久代と俺はあらかじめ用意されていたチョークで床一面に謎の魔法陣を描いていく。
「魔法陣ってなんで描くの?」
「円は辿り着く先のない無限、力を加えればそれは無限に循環する。円の中の紋様でその力を向かう先を指定するの。よくある悪魔召喚から、誰かを呪う術式、人を生き返らせる法まであると聞くわ」
「す、すげぇ……!」
さっきからすげぇしか言ってないぞ俺。しかし説得力があるのかないのか。この久代とかいう女、全く読めない。
「さ、完成よ」
久代が一言放つと、過去の俺は改めてその魔法陣を見下ろした。六芒星の中にいくつか謎の紋様が描かれていた。そして六芒星の角には、水晶のドクロ、ヤギの生首など気色の悪い物品が置かれていた。
「そしてこれがとっておき」
久代がうすら黒い石ころを中央に置いた。
「これは?」
「宇宙エネルギーが集まるとされる、とある山の頂にある神社に祀られていたものよ。拝借してきたの」
それを六芒星の真ん中へと置いた瞬間、魔法陣が脈打つようにして赤黒い光を放ち始めた。そこから過去の俺が気を失ってしまったのか、走馬灯は途切れ途切れになってしまった。あの日、あの小屋で何が起こったのか、ただ、久代のこの言葉だけが強く記憶に残っている。
「そんな、私じゃなく、この子を、この子が────なのに! どうしてぇ!」
それから場面は激しい移り変わりを見せた。新幹線でうなだれながら上京する俺、親に泣きながら叱責される俺、夕暮れのあぜ道で茫然と立ち尽くす俺。
そして、血まみれの教室に一人立ち尽くす俺が、そこにはいた。
「────創ちゃん!」
聞き覚えのある声に俺は目を覚ました。まずは鼻につく硝煙のにおい。これは女将の爆薬のものだろうか。いつの間にやら倒れていた体を起こしてみると、街を囲っていた壁に大穴が空いており、そこからイクリプスが顔を出していた。
そういえば体の自由がきく。一度死んだか、衝撃を受けたおかげで洗脳が解けたようであった。
「ちぃ、新手かい!」と女将は足元に置いた包みの中から、新たな爆薬を取り出した。
「女将! 郡山! 待て!」
俺の声に反応した二人は、今にも攻撃に移りそうな手を止めた。なるべく刺激しないように、両手を上げて、足元に転がっていた剣を蹴って女将の足元へ移動させた。
「女将、久しぶりだな。何か月ぶりだ」
「あんた、何言ってんだい。ついさっき別れたばかりじゃないか」
ついさっき、だと? いったい何の話をしている? 何か勘違いしているのか。とにかくこの場はどうにかして戦いを終わらせなければ、戦意がないことを伝えなければならない。
「攻めているのはデルサデルの軍だ。あいつらは洗脳で俺らや一般市民を戦闘員に仕立て上げているんだ。俺は今しがたの爆発でそれが解けた、信じてほしい」
「もしそれが本当だったとして、まだ洗脳が残っていない確証はないねえ」
「だったらせめて見逃してくれ、そしたらこっちも見逃す。女将を手にかけたくはない」
女将は数回唸ってから、静かに手をひらひら振って見せた。さっさとあっち行けとでも言いたげである。
「もし、洗脳が解けていたんだったら、また会いにおいで。もっと、平和になったこの街にね」
「恩に着る。約束だ。郡山、俺も乗せろ! デルサデルからおさらばするぞ」
俺が話せるようになったことを確認した郡山はコックピットへ俺を招き入れた。久々に見る郡山だったが大して見た目に変化はない。それはそうである。俺のイクリプスを取引材料にして洗脳を免れたのだ。俺のように肉体改造をされたわけでもない。
筋骨隆々になった郡山も少しポップで面白そうだったが、それは残念ながら金輪際拝めることはできなさそうであった。
「久しぶり創ちゃん。ずいぶんとまた……筋肉がついたようだね。本当に洗脳が解けたのかい?」
「ああ。今までも意識はあったが話すことも体を動かすこともできなかった。恐らく、確実に解けた、と思う。多分。いずれにしろ、あんなかったるい思いは今後一切経験したくないな」
「はは、自信はないんだね。どこへ行くか、決まっているかい?」
もちろん決まっている。
「デルサデルへ攻め込むぞ」
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