怠惰の主

足立韋護

学内大会②

 急いで後ろを振り返るも、そこには何もいなかった。明らかに背後から不意打ちを喰らったにもかかわらず、何もいない。どういうことか。
 ひとまず体勢を立て直し、周囲を警戒したがやはり何も起こらない。少し歩いてみると、観客の声援が大きくなったかと思えば、再び背後から不意打ちを喰らった。致命傷ではないものの、このままではキリがない。

「おい、どんな手品だ」

 画面の女に話しかけるが、女は気まずそうに顔を背けるだけであった。そりゃせっかくの手品のタネを答えるわけはない。
 不意打ちを喰らった瞬間、観客の声が上がった。つまり視認できたのだ。観客でもわかるほど、大胆に攻撃を仕掛けてきた。だが、俺が見ると視認できない。
 確かなのは、こいつが俺の後ろにいたということだ。

 俺は再び女を探し始めた。なるべくさっきと同じ条件で、同じ格好で。しばらくそうしていると、またしても観客から声が上がった。その瞬間、前方にステップしながらイクリプスを反転させる。そうすると、朱色のマキナの腕部分だけが宙に浮かんでいた。いや、浮かんでいるように見えただけだ。俺は咄嗟にその腕を掴み上げる。

「ようやく捕まえたぞ」

 画面に映る女は苦渋の表情を浮かべていた。イクリプスが宙に腕を振りかぶると、何かにぶつかった。次第に、何もない空間に朱色のマキナが現れ始める。やはりそういう仕掛けだったか。

「お願い、します。勝たせてください……」

 何をとち狂ったのか。女は画面越しに深々と頭を下げていた。

「これで優勝すれば、きっと就職先にも困らない。賞品を売れば良いお金になる。そうすれば、いまの貧乏な生活から家族を解放できるんです」

「家族のために、戦っているのか」

「私をこの学園に入らせるため、父は無理をして体を壊しました。今、学費は母が仕事を掛け持ちして支えています。お礼はなんでも聞きます! すごく失礼で、突拍子もないことを言っているのはわかっています。それでも────!」

「断る」

「……え?」

 女は顔を引きつらせ、頬に涙を伝わせた。

「お断りだ、と言ったんだ。なぜ名前も知らない女の願いを聞いてやらないといけない」

「あ、あなたに、戦う理由はあるんですか……?」

「ないね。さっぱりない。だがそれがどうした。理由が重大であれば偉いのか。そんな論理がこの先の社会で通用すると考えているのなら、それは大きな間違いだ」

「屁理屈をこねないで……! 私の苦しみはあなたにわからないでしょう!」

「とうとう反論も懇願もしなくなったか。お前の優勝にかける思いなんぞその程度だってことだ。そんなもんに俺の可能性をくれてやるわけにはいかない」

 俺はなるべく容赦なく、躊躇なく、相手のマキナの頭部を殴りつけて大破させた。モニタ部分の頭部を破壊されたら、もう視界はないに等しい。その時点で試合は終わった。終始、女は歯を食いしばり、唸りながら俯いていた。

 本当に家族のために戦っていたのだと思う。優勝にかける思いも身を余るほどあったに違いない。だがあんなやり方をし続ければいずれ身を滅ぼす。無駄なのだと身をもって経験させる必要があった。我ながらお節介屋さんである。

 この初戦で気づいたことは、想像以上にマキナ個体ごとの特徴が異なるということだ。今回は透明化を見抜けたが、今後の相手にも注意が必要だ。

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