怠惰の主

足立韋護

対堂前:グラヴィス戦

 このマキナ、本当にあの堂前が乗っているのか。快活な性格とはまるで真逆の非情な性格にしか見えない。どういう仕掛けかプツンとディスプレイに堂前が映し出された。そいつの目は血走り、口は今にも裂けんばかりに上がりきっていた。きっと口裂け女も縮み上がるに違いない。

「編入生ええええ! 俺のグラヴィスはどうだあああ!」

 ええ……怖い。ハンドル握らせると性格変わるタイプなのか。
 しかしこんな状況下でも止めに入らないとは、郡山のやつ、監督不行届を突き付けられても文句は言えんぞ。いずれにしろこのままでは機体がもたない。整備担当のオヤジの怒り顔が目に浮かぶ。

「その足どけろ! 鬱陶しい!」

 叫びに呼応するようにして、俺の乗るイクリプスは、堂前の乗るグラヴィスの足を掴み、そのまま勢いよく立ち上がった。バランスを崩したグラヴィスは予想外だったのか、少しの間、倒れたまま停止した。
 なにがどうなった。まったく操縦していなかったのだが勝手に動き出した。緊急の救済装置なんかがあるのか。というかそれなら最初から操縦者いらなかったろうに。

 グラヴィスは両手足を起用に使い、体勢を立て直した。何を警戒したのか、建物の後ろに身を潜める。さっきの威勢はどこにいったんだ。

「編入生、俺に不意打ちするために、実力隠していやがったなあ?」

「勝手に動いたんだ。俺は知ら────」

 会話の途中でグラヴィスが建物を破壊しながら突撃してきた。粉塵と飛び散る瓦礫に視界を奪われ、巨体のはずのグラヴィスを見失った。かと思えばいつの間にか建物と建物の間から、イクリプスの左腕を掴んできていた。その瞬間俺の脳裏には、式谷が公園で男の骨を折った際の妙技を思い出していた。

 またしてもイクリプスは勝手に動き出し、その全身をグラヴィスの腕へと絡みつかせ、グラヴィスの背中側へ振り子のようにして体重移動させた。それを支えきれなくなったグラヴィスはまたしても地面に倒れる。

「お、おいまさか」

 イクリプスはグラヴィスの腕を可動域を超える方向へ捻じ曲げた。破損部位から火花が飛び散ったところで、郡山が試合を止めた。監督不行どころか無行と言わんばかりの遅さである。

────その日は宿舎に帰り、自室へと戻った。一日の疲れがどっと出た日でもある。ゆったりと休息をしよう。

「やあ」

 ゆったり休息を……。

「無視なんて酷いなぁ~」

「部屋に入るときはノック、これ礼儀だぞ」

「数十年前のね」

 郡山はクァックァッと鳥類のような笑い声をあげながら、リビングの椅子へと腰かけた。何の話をしにきたのかは予想できる。雑談をしにきた訳でも、生活指導をしにきた訳でもないだろう。

「マキナの操縦、あれどうやったの」

 まあ、それだろうな。

「俺が聞きたい。念じただけで動くなら、最初からあんなマニュアル渡すんじゃない」

「念じた……?」

 郡山はさも不思議そうに俺の顔を見つめる。あんまり見つめるな、なんだか恥ずかしくなっちゃうだろうが。

「そんな機能、マキナにはないよ。あくまであのマニュアルの通りにしか動かないはずさ。一日マニュアルを眺めただけで、実際の体術の動きができるわけがないんだ」

 ともなれば、俺にまとわりつくあの摩訶不思議パワーが原因と言わざるを得ないだろう。言わざるを得ないと言いつつも、口には出さないでおく。

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