怠惰の主

足立韋護

俺と夜空と街灯と

 兎にも角にも、情報が不足していた。

 俺はキラメキの街を駆けずり回り、日が暮れ、月が煌々と輝くまで、ありとあらゆる情報をつまみ食いしまくった。最たる理由は単純な己の内より溢れる興味であった。
 俺の錯覚で、大宮がいつの間にか大都市ばりに発展していたのであれば、これはいかに大宮が陰で頑張ってきていたのかがわかる。きっと住みたい街ランキングの上位ランカーに違いない。

 だが、そんなことはあり得ないのだ。俺が高校生時代、大宮の地に降り立ってからわずか数年。宙に浮かぶディスプレイや車は存在しない。まして、機械同士が戦うことなど、日本やアメリカのニッチな連中しかやっていないであろう。機械に人が乗り込んで、かつ高機動で戦うことなど、テレビの画面に留まっている。

────結論から言えば、ここは日本ではあるものの、俺の住んでいた時代とは異なるらしい。

 まだ老人達の需要があるのか、紙媒体の冊子はいくつかコンビニに残っていた。発行年を見ると、二〇五〇年と表記してあった。これが決定的な証拠である。
 そして、驚愕すべき事実がもう一つ、この紙媒体に記載されていた。第三次世界大戦が二〇一五年に開戦、その後、日本は戦勝国となり、この戦争は日本経済の発展に大きく寄与したことになっていた。
 俺のいた世界では、まだ第三次世界大戦も始まってすらいなかった。

 この世界は、日本が戦争に勝利した未来だったのだ。

 どの国が参戦し、どういった戦略で勝利したかまでは不明だが、当然の事実として記事にされていることから、恐らく間違いはない。
 記事の最後には、人型兵器『グラディウス・マキナ』が戦争勝利に貢献した旨が記載されていた。

「参ったな……」

 駅前にある謎のオブジェ、こりすのトトちゃんだけは健在であったので、その横で夜空を見上げ、ため息を空に吐きかけた。
 金もなければ、行く当てもない。俺のいた時代と違うとはいえ、状況は改善せず、露頭に迷うことになりそうであった。

「お兄さん、さっきからどうかしたの?」

 視線を落とすと、自身の胸ほどの高さしかない少年もしくは少女がこちらを見上げている。端正な顔立ちと中性的な声のせいで性別が判断つかない。その大きな双眸そうぼうには、まるで銀河のように俺と夜空と街灯とを映し出していた。紺色の、何かの制服だろうか、学ランのような軍服じみた服をその身にまとっていた。

「いや……なんでもないよ」

 俺は一瞬だけ、バツが悪そうに視線を逸らした。子供の思考は読み取りやすいが、こいつは何を考えているかがわからなかった。

「なんでもなくないよ」

「どうしてそんなことがわかる」

 その子供は目を逸らさず、口元だけ笑ってみせた。

「大きなため息をついていたし」

「そんなもの、他の誰でもつくだろう」

「地面を嗅ぎ、撫で、街並みを確認し、人々の言動を眺め、車を凝視し、駅構内を散策し、バス停で他人の話を盗み聞きし、コンビニの雑誌で年月日と第三次世界大戦についての記述を読んでいたもの」

 咄嗟にそいつから距離をとった。

「警戒をしても攻撃はしないんだね。すごく利口な判断だよ」

「お前はなんだ。何をしたいんだ」

「お兄さんが街角に現れた映像を確認したんだけど、画面にノイズが走ってね。気づいたらお兄さんが転んでいたんだ。今の時代、画面にノイズが走ることなんて滅多にないんだけどさ」

 そいつは俺を舐めるように見上げながら、歩み寄ってきた。口元は笑っていたが、視線を一切逸らそうとはしない。


「────お兄さん、どこから来たの」


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