怠惰の主

ぺんた(足立韋護)

警鐘

 夜飯を食べ終えたあと案内された部屋には、ベッドが二つ、床に敷かれた布が一枚配置してあった。どうやらここで一晩明かすことになりそうだ。
 俺が真っ先にベッドへ駆け出そうとすると、式谷が俺の足を引っ掛け、デルが俺の顔面を押さえつけてから、各々ベッドを占領してしまった。何より恐ろしいのは、この間皆が無言だということである。本気なのだ。

 やむなく硬い床の上に寝転んだ俺は、ベッドが弾むたび舞い落ちる埃に辟易へきえきしつつ、瞼を閉じた。しばらくすると二人の寝息が聞こえてきた。ようやく寝たかと確認のために立ち上がると、二人は無防備な寝姿を晒していた。
 静かにしていればまともに見えるんだがな。

『寝ている間はまともに見えるのに』

 再び、偏頭痛が俺を襲った。先程よりは軽かったが、どうやら過去を思い出そうとすると発生するらしい。息を整えて耐えていると少しずつ治ってきたが、代わりに目が冴えてしまった。

「喉、渇いたな……」

 軽くため息をつきながら、盗人の如く音を立てぬよう忍び足で酒場まで出向いた。酒場はちょうど店仕舞いだったのか、女将が一人きりでテーブルを拭いて回っていた。
 俺の姿に気づくと、「おや、どうしたのさ。寝られなかったのかい?」と近づいてきた。

「ああ、喉が渇いてしまって。水でいいんだが、あるか」

「しょうがない子だねえ。ちょっと待っていな」

 呆れ顔の女将はキッチンのほうへ歩いていくと、すぐさまコップを二つ手に持ってやってきた。目の前に座った女将を改めて見ると、やはり恰幅が良い人なのだと感じた。こんな夜中まで働いているのだ、尊敬の念を禁じ得ない。
 コップを一つ、俺の前へと置いてきた。白い湯気が立っており、薄茶色の液体が揺らいでいる。

「アタシ特性の紅茶だよ。寝る前に飲むと落ち着くから、ゆっくりお飲み」

 そう言っていた女将は自身の紅茶を一気に飲み干し、「ぶへぁ〜」と大きな口で息を吐いた。一秒前の言葉はどうやら自身には適用されないようであった。まったく、お茶目なお人だ。

 よく見れば酒場の壁には、上部にリースと書かれた世界地図と思しき羊皮紙が貼り付けてあった。コップを手に持ちながら近寄り、勉強がてら女将に問うてみる。

「俺達が今いるのはどの辺りなんだ」

 女将ものっそのっそと近寄り、指を差した。

「ここがアトラヴスフィアさ」

 リースは海に囲まれた一つの大陸からなっていた。多少の凹凸はあるが、おおよそ楕円形の地形だった。すでに馴染んでしまっていたが、本当に元いた世界とは異なるのだと痛感した。

 アトラヴスフィアの規模から逆算すると、世界地図というよりは日本地図程度の大きさであった。国といえど、日本に例えるなら関東、関西、四国のような規模だ。
 アトラヴスフィアは楕円形の右側に位置していた。他の国から見れば国の入り口、国内の他の都市から見ても、ちょうどそれらの中間地点に位置しているようであった。

「見ての通り、ここアトラヴスフィアはシュッツガルドの中でも有数の要衝ようしょうの地というわけさ。だからこれだけ栄えているんだよ」

 得意げな表情を見せる女将だったが、ひとつ聞き覚えのある名称に思わず眉がピクつく。

「……シュッツガルド?」

 改めて地図を眺めると、二重線で囲まれた箇所の中心にそれぞれの国名が記載されていた。シュッツガルドと書かれた領内には、確かにアトラヴスフィアと書かれた都市があった。

「女将、デルサデルとはどんな国なんだ」

「あそこはいわば軍事強国。力任せで自治領を拡げてきた嫌な連中さ」

 往々にして、嫌な予感は的中するものだ。最悪の事態になりかねないと感じた。この立地、そして相手の攻撃性の高さ。俺は酒場での噂話を思い出していた。
 デルサデルがシュッツガルドに宣戦布告した。その情報が正しければ、そう遠くない未来、ここが戦場と化すであろうことは目に見えている。

「女将、落ち着いて聞いてほしいんだが、もしかしたら、ここは危────」

 突如、喧しい鐘の音が町中に鳴り響き始めた。どこからともなく、複数の鐘が次々に鳴らされていった。

「女将!」

 俺が女将へと視線を向けると、握り拳を作った女将が一言、重々しく言い放った。


「敵襲の警鐘だよ……!」

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