怠惰の主

足立韋護

海龍と湖

────といった具合で冒険者ギルドで一晩泊まらせてもらい、翌日、太陽のような恒星……面倒だから太陽と呼ぶが、それが登った頃。俺と式谷は、アトラヴスフィアより南西に位置する『ゲルシュマルディントルシェ湖』に来ていた。んー、名前が長い。

「んで、このゲル湖に本当にいるのか」

「ニールさんはそう言ってましたね。伝説の海龍」

 ギルドへの依頼は、前金と達成報酬を受け取ることができる。とびきり高い報酬の依頼を受けたのだが、これがなんとビックリドッキリ、『海龍退治』というのだから笑ってしまう。
 静かな湖畔的な歌になってしまいそうなほど、のどかな湖に伝説の海龍などいるものか。だがいたずらにしては前金の額が三百シルバーと、とびきり高いのだ。
 大体十二シルバーで朝食付き一泊二日で宿泊することができる。元の世界換算で、一シルバーが千円程度だとすれば、三十万円程度の前金がもらえる。これに手を出さない理由はない。

 前金で式谷は胸当てと皮の手袋と、レイピアに似た、カロンという武器を購入した。一見刺突に特化した作りだが、刃が根元部分から先端にかけて細くなっていくので斬ることもできる。
 俺はと言えば、特に何も持ち合わせてはいなかった。というのも海龍など出るわけがないし、万一出た日には倒さずにさっさと逃げるつもりだからだ。何より勿体無い。これだけでもまともな屋根付きの部屋と飯が食える。

「いないな」

「うーん、気になっていたんですが一つ良いですか?」

「なんだ」

「ここ湖ですよね。なぜここに海龍がいるのでしょう? 普通は海なのでは?」

 言われてみればその通りだ。やはり適当なでっち上げか? もしそうでないなら、海龍とやらは海からここまで来たことになるか。

「おーい海龍ー。出ておいでー。海へ帰ろーう」

 湖に向かって声をかけてみるが、水面は風でゆったりと波打つだけだ────と思えば、突如として水飛沫を周囲に撒き散らしながら、高さ三十メートルはあろう龍が姿を現した。その半身ほどだけでこれほどのため、その全長は計り知れない。
 鈍く水色に輝く鱗に、強靭な顎、全てを噛み砕かんばかりの牙、そして覇気の宿る瞳がこちらを睨みつけていた。

 ああ、まずい。これはまずい。逃げるどころの話ではない。やられるなら一瞬だ。瞬間移動……そうだ。瞬間移動があるじゃないか。
 式谷をちらと見つめると、高揚した様子で身を震わせていた。興奮してる場合じゃない、なんだこいつ。

「屈強な戦士を望んでいたが……やはり人間は脆弱な個体ばかりだ」

「そ、そうなんです。脆弱ですし、肉付きも悪いので美味しくはないです。すみません、冷やかしではなくて、依頼で来ただけでですね、ええ」

 海龍は口から白い煙を吐き出しながら、ずずずいと俺に顔を近づけて来た。わずか二メートルほどまで近づいた海龍は、「ぐぬぅん」と何とも言えぬ唸り声を響かせた。

「……貴様、我の神言が解るのか」

「シンゴン……? え、えっと、なんだか、通じておりますが! 不快であれば、是非に、是非にとブヒブヒとでも鳴きましょう!」

 俺の眼前で龍はその大きな口を限界まで広げ、湖の水が波立ち、砂埃と枝葉が逆巻くほどの爆音で喚き始めた。その風圧に俺と式谷は前傾姿勢で何とか耐えた。

「グゥアッハハハハ! 面白い! よぉし、よい。よいなぁ。貴様らに決めたぞ」

 もう爆音過ぎて何言ってんだかわからんが、なんだか笑ってるように聞こえなくもない。

 風圧が収まり、目に入った砂を取り払うと、目の前に龍の姿はなかった。その代わりに、筋骨隆々な素っ裸の黒人のおっさんが立ち尽くしていた。

「……どなた?」

「我だよ、海龍だ」

 黒人のおっさんは白い歯をニカリと見せ爽やかに笑って見せた。

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