怠惰の主

足立韋護

お仕事リフレッシュタイム

「な、何言ってんだ式谷。こんな親切にしてもらってるのに」

「だからこそ怪しいんです」

 式谷の表情は真剣であった。そんなやりとりの隙に俺も通行手形からは手を離し、ついでにちゃっかりいただいておいた。しかしこの男のどこが怪しかったのだろうか。俺ほどまでとは言わないが、こいつも何処にでもいそうな凡兵に見える。

「ミカゲの言うとおりだ。何も怪しむ必要はない」

「全てが都合良すぎるのです。それに、ここ、血生臭いんですよ」

 とうとう根拠のないことを言い出したので、呆れて先に外へ出ようとしたとき、扉を二本の剣で塞がれた。扉の左右には甲冑の男の他に、二人の甲冑姿の男達が立っていた。我ながらわざとらしく「おっと失礼」と言いながら、その剣をかかんで通ろうとしたが、またしても塞がれた。
 これはいよいよ、式谷大先生の予想が当たったようだ。

「いまここから出すわけにはいかない」

「こっちへ来い」

 剣を向けられた俺と式谷は両手を縄で拘束された。兵士達に連れられ、とある小部屋へと入った。中は暗く、何も見えない。ようやく気づいたが、この部屋からは特に鉄臭い、いわゆる血生臭さが漂っていた。

「どうしようってんだ」

「こうするんだよ」

 突然腹部に強い圧がかかった。体が浮き上がりそうになり、それが戻ると急激な吐き気に襲われた。腹部を殴られたのだろう。目眩がしたと思えば、足に力が入らなくなり、地面に座り込んだ。
 部屋にあったであろうロウソクが点けられた。ぼんやりと温かい光に部屋が照らされる。俺達を案内してきたであろう甲冑の男が、俺の目の前に立った。

「国に仕える兵士というのは、規律を守り、民を守り、常に正義であらねばならない。勤務時間も、守るべきもののためならば平気で給料の倍近く働かされる。町での困り事も、トラブルも、全て請け負う。目の届かない場所で起きた犯罪でさえ、防ぐことができなければそれだけで批判の目に晒される」

「要はお仕事のストレス発散か。カッコ悪すぎて笑いすら込み上げてくるな」

 俺の脳髄に衝撃が走った。雷が落ちたように目の前が明滅している。

「何も労せず暮らせている民が、命がけで戦っている人間をどうして叩ける。こうやって旅人を攫っては殴り、犯し、殺し、死体すら弄ばなければ気が済まなくなる! そうさ、気狂いだとわかっているさ。だからさっさと黙れェ!!」

 跪いている俺の顔面を、まるでサッカーボールのようにトゥーキックしてみせた。仰向けで倒れ込んだが、それでも俺はなぜか笑いがこみ上げてきた。

「この、なんだ、ラヴラヴソフィアだかの民の仕事なんざ知らん。だが、わかることはある。こんなところでお前達がうつつ抜かしてる間に、外の市場の奴らは一個でも多く商品売ろうと声枯らして汗水流してんだ。何が何でも結果出さなきゃ金は出ないからな。だから結果も出せないお前達を責め立てるんだろう。ふざけるな、とな」

 と、無職の俺が言ってみる。
 仕事をやりたくないのは命懸けだからだ。命懸けだから、周りの大人も普段見せない様相になる。穏やかな人間は必死になり、危ない人間はもっと危なくなる。人間とは、生き続けることが最大の目標なのだから当然だ。だから俺はそれが全身を掻き毟るほど嫌いなのである。
 よーしこれで目が覚めてしっかり改心、めでたしめでたし。

 俺の顔面が踏みつけにされた。そう上手くはいかないらしい。もはや誰が喋っているかわからないが、最初の甲冑の男ではない奴が、下卑た笑いとともに俺に話しかけてくる。

「このシキタニって女、お前のツレだろう。お前の目の前でこいつをめちゃくちゃにしてやるのも面白そうだなァ」

 式谷は相変わらず平然としている。抵抗する意思は全く見せないようだった。

 しかし、こいつら果てしなく面倒だ。

【もういいや、消えてほしいな】

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