怠惰の主

足立韋護

移動への怠惰

────ハッと息を飲み、しゃがみ込もうとした地面から跳び退こうとしたがあえなく失敗し、それに引きずり込まれた。
 そしてそのまま、地面へと尻餅をついた。驚いたことに目の前の空間が、まるで熱気で揺らぐように歪んでいた、明らかに不自然な歪みだった。唖然としてそれを眺めていると、続いて式谷がそこから這い出てきた。

「こ、これは一体……」
 
「ここへ来るとき、出現したものと同じです」

 数秒もしないうちに歪みは霧散し、いつもと同じ空間へと戻った。すっかり頭は混乱してしまったが、周囲を見渡すと、先程とはまた別の景色に移り変わっていた。地面は傾斜があり、安定して立ちづらい。
 またどこかへ移動したのだろうか。先程より若干涼しくなった気がするが。

 式谷は霧散した歪みを珍しく真顔で見下ろし、そのまま俺へ向き直った。

「この事象の原因、わかった気がします。私の名推理聞きたいですか?」

 突然どうしたのだ。仮に式谷の推理が当たってしまったのなら、神はこいつに二物どころか七物くらいくれてやってるんじゃなかろうか。さすがに万能すぎて式谷さんと呼ばなければ居たたまれなくなる。

「どうぞ」

「死ぬ寸前に死にたくないと考える。恐怖の拉致事件に巻き込まれ逃げ出したいと思う。そして、遠い道のりとわかりすぐに辿り着きたいと願う」

 そうそう、よく俺の考えがわかったじゃないか。ただ逃げ出したいというよりは、世界を恨んだ、が正しいな。

「今起きている事象、その全てが────」





「あなたの願望そのものではありませんか」





「そんなこと……あ、あるわけないだろう!」

 俺は怪訝な表情で式谷を睨め付けた。そんな都合の良いこと、起こるわけがない。今までの人生で都合の良いことなど両手で数えるほどしかないというのに。まあ、全ては俺の怠惰によるものなのだが。
 しかし、式谷の表情は真剣そのものであった。決してふざけている様子もなく、真っ直ぐに俺を見つめてきている。

「その仮説が正しいのであれば、今俺がイケメンになりたい! と願ったとしたら、いやもう願ったんだがそれも叶うはずだろう」

「そこが問題なんですよね。事実いつもの冴えない顔ですし」

 自覚しているが他人から言われると素直に傷つくぞ。

「まあ結局、そんな都合の良い話などなかった、ということだ」

「────ただ、自覚されているのでは?」

「自覚だと?」

「今さっき歪みが発生したとき、御影さん、避けましたね? しかし飲み込まれてしまった」

「あれは、歪みが発生したからであって……」

「歪みが発生する直前、その一瞬だけ御影さんの呼吸は荒くなり、右足が力んだところを見ています。まるで予測していたかのように」

 式谷が何を言っているのか、そして何故俺の動悸が激しくなっているのかも、わからなかった。式谷の言うことは正しい。だが、本当に覚えはないのだ。何故ハッとしたのかも、体が動いたかもわからない。
 顔から吹き出す冷や汗が顎を伝ったとき、俺と式谷の背後から草を掻き分ける音が聞こえた。

「おいお前ら、ここで何をしている」

 俺と式谷が振り向くと、西洋風の甲冑を着込んだ何者かが立っていた。仰々しい兜を被っているせいで、声色から男ということしかわからなかった。腰には立派な剣が鞘に収まっている。
 ここで何をしていると聞きたいのは俺のほうだ。そんな動きづらいコスプレで山登りとは、イベントか何か近くでやってるのか。

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