怠惰の主

足立韋護

恒星と巨星

「あ、点きました」

 点いちゃうのか、すごいな。万能か。

「どこでそんな技術を身につけたんだ」

「ナイフと火は良い刺激になるんです」

「いや答えになってないが。まあいい。はぐらかそうとも、俺はお前にはあまり興味がない」

「私があるのです」

 えへん、と胸をとんと叩いてみせた。今となっては何もかもが胡散臭いが、まあ顔は良いのでサマにはなっている。
 こんな奴でも女だ。スーツが水浸しでは動きづらかろう。下手をすればこんなどこかもわからない地で風邪をひく羽目になる。

「俺は後ろを向いているから、そのスーツ、乾かしたらどうだ」

「後ろを向く必要はありませんよ」

「恥を知れ」

 式谷と焚き火から背を向けていると、少ししてから布の擦れる音が聞こえ始めた。炭が弾ける音と木々が柔らかく揺れる音だけが鳴っていた。

「なあ、一つ詮索しても良いか」

「やっぱり私に興味があるんじゃないですか」

「気になっただけだ。お前……どうしてそんなになった。元々そんな風だったのか」

 背中の向こう側で式谷がどんな表情を浮かべているか、俺にはわからない。そんな、というのには色々含まれているが、それも認識した上での曖昧な質問だった。気になることは多々ある。だが、これで式谷の本心に、本質に近づくことができる。
 捉え方が複数ある質問に答えるということは、その内容や意図を考えるということだ。少なくとも中身の読めないこの女が、御影という人物が式谷に対して、何を意識しているのか、ということを想像しながら答えることになる。

 ひいては、式谷自身の何が気にされるべきであるか、という式谷の考えが読めるわけだ。我ながら天才だ。己の才能に震える。

「そんな風とは、どんな風でしょう? 私は私の思うがまま、望むままにあるだけですよ」

 ああ、それも一つの回答だ。つまらん回答の中でも選りすぐりのものだ。つまりこいつは腹の底に何か抱えているわけでなく、恐らくだが、生まれてこのかたこうなのだろう。
 好きなことを好きなだけやる。なんとも奔放な育て方をしたものだ。おかげで怪物が出来上がったぞ。式谷ご両親。

「それを身勝手とは思わないのか。自分の欲望のため、お前は俺の手足を切り取ったんだ。忘れはしないぞ」

 式谷は暫し黙りこくった。表情を見たいが今振り向けば下手をすれば下着姿。いくら凡夫と自称するも、そんな気を遣えないほど冴えない頭は持ち合わせていない。

「……人って、みんな身勝手だよ」

 その言葉を最後に、その夜、会話が続くことはなかった。

────眩しさ。次に葉の青い匂いが香ってきた。ダンベルを持ち上げるが如く、重々しく瞼を開けると、青々と生い茂る木々、光が反射して輝きを見せる湖、そして爽やかな青空がそこにはあった。心地よい風が頬をくすぐる。

 なんだ、心が洗われるような爽やかな朝ではないか。

 ん?

 清々しい青空の奥、恐らく太陽と思しき恒星の遥か奥、薄ら青く見えるのは、巨大な星であった。なんだ、例えるなら、目玉焼き……いや特大ピザにビー玉を添えたような、形容しづらいほどの巨星の手前に恒星があるのだ。

「な、なんだこれ」

「どうやら、日本とか外国とか、もはやその領域ではなさそうですね」

 既に起きていたのか、ワイシャツ姿の式谷も、ナイフ片手に巨星を眺めていた。

「地球には、あんな星……ないぞ」

「では、ここは地球ではない、どこかということなのでしょう」

 地球ではないどこか……。そう考えた途端、今までの人生で味わったことのない不安が押し寄せてきた。安全の確保されない、元の日本に帰ることができない、そんなホームシックじみた不安だった。

 じゃあここはどこなのだ。地球ではないなら、違う星か、それとも巨星が存在するパラレルワールドか。食べ物はどうする、水は飲めるのか、原住民の言葉は理解できるか、そもそも人がいるのか。不安要素を挙げればキリがない。

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