怠惰の主

足立韋護

死への怠惰

 いったい何分間シャワーを浴びていただろう。久々のシャワーの気持ちよさに加え、式谷に対する疑念を噛み砕くことに集中してしまっていた。
 肩ほどまでに伸びた髪の毛を、ちょうど髭剃りの部品を纏めるために使われていた針金を使い、後ろで一つに結わえた。鏡を確認すると、そこにはようやく街中を徘徊する前の自らの面影が見えた。

「ありがてぇ、ありがてぇ」

「ご飯できましたよー。洗い終えたら上がってきてくださーい」

「あ、はーい」

 何を普通に会話しているのだろうか。関係の接近が早すぎるせいか、どうにも感情が追いつかないのだ。
 風呂から上がると、脱衣所には黒のジャージ上下が置かれていた。洗濯機が回っている。俺の服はどうやら洗濯されているらしい。仕方なくジャージを借りることにした。意外にもジャストフィットだ。
 しかし、このままだとノーパンだがそれはいいのか。

 脱衣所から出ると、小さな机に野菜炒めと白米が置かれていた。式谷は笑みを浮かべながら「どうぞ」と座布団を軽く叩いた。

「何から何まで、何とお礼を言えば良いか」

「まあまあ、食べてみてください! 自信作なので!」

 そう言われてしまうと、どんな味でも美味いとしか言えない制約が発生するが気付いているだろうか。試しに野菜炒めを食べてみた。一咀嚼目、二咀嚼目にして何か固いものを噛み砕いてしまった。
 うえ、なんだこりゃ。と口から出してみると、何やら白い固形物の欠片であった。

「御影さん、私のこと、どう思いますか?」

 なにを藪からスティックに。そりゃあ疑念疑問疑心と疑い放題しているが、まあ、ここまで用意されていて感謝していないわけでもない。勘違いはしたくはないので、男女の仲的展開は期待せずにいよう。

「何というか、すごく親切だなぁと。だけども、なぜここまでというのが、腑に……落ちたり落ちなかったり……」

「私は、あなたに興味があります」

「そ、それはどうも」

「御影さん、茂みのところで倒れてらっしゃいましたね」

 この女、俺がぶっ倒れていたところを目撃していたのか。俺が驚いた表情をしてしまったからか、式谷はやはりといったように話を続けた。

「おかしいですねぇ。おかしいんです」

「話が見えないな。むぐむぐ」と野菜炒めを口いっぱいに含みながら笑顔の式谷を睨め付けた。

「私、御影さんが倒れる前から倒れた後まで見ているんですね。大丈夫かなーと思いまして、確認に行ったら案の定倒れたまま動かなくて。私、一応強いので人の生死の確認くらいはできるつもりなのですが、これがおかしくてですね、御影さん、脈もない、心音もない、息もない、瞳孔も開きっぱなし、だったんですね。それも十数分」

 俺はつい手に持っている箸を止めた。おかしいのはお前だと糾弾したくなる気持ちを抑え、冷静に考えようとしたが、どうにも話が現実離れしすぎているためか、頭がぼーっとし始めた。
 式谷が追い打ちをかけるように、決定的な質問を投げかけてきた。



「────どうしてまだ生きているんです?」


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