ラブロマンスは始まらない

ノベルバユーザー203440

揺れ

 「やっぱり外人の方が似合うなぁ。」美代は心の中でそう呟いた。

自分の勧めた服を身に纏った若い女性が、鏡の前で揺れている。
その姿に少し既視感を覚えた。
不安そうな目に、すかさず「お似合いですよ。」と笑った。

 周りの友達は、「え、美代は着る側人間ヒトのだよ。」と言っていた。
就職した当時、顔を合わせる友人が皆、口を揃えてそう言うものだから、私はしばらく騙されている感じがして気が気じゃなかった。

 服が好きだ。動きで、合わせ方で、着た人によって様々な顔を見せてくれる。

そんな様子を見るのも、また一段と好きだった。そのどちらもを楽しめるのがこのブティックショップ店員だったから、その仕事に就いたのだ。

 そう言うと、少しこの仕事を貶めている気がするが、的確な物言いとしてはおそらくこれが正しい。

もちろん、ただ好きだと言って雑誌やテレビを見ていただけではない。
服を作るための技術や資格、それを他人に合わせるためのものも然り。服に関わる技術は、できるだけ身につけようと努力したし、例えその終着がこの販売員だとしても何ら後悔はない。

それでもやはり、周りの友達は「もったいない」と。これもみんな口を揃えて言った。

勧めた服を試着して、購入してもらい、客の後ろ姿を見送る一連の流れの中で、私は必ずと言っていいほど、こんなようなことを思っている。
何ら後悔はない。それなのに、自分が販売員になるまでのことを思い返してしまうのは、やはり後悔なのか。

 購入された服の隣にかけてあった服が少し揺れていた。試着しているときの客みたいだなぁ。と思った。

 その日美代は、夜中の高速バスで地元に帰った。
長らく実家に帰っていなかったし、久々の連休に里帰りも兼ねて、ゆっくり羽を休めたかった。

 日常の中で頻繁にある出来事の最中に、美代はよく昔を思い返すことがある。
客を見送るときのもそうだ。
それがただ癖で思い出すのか、その他に何かあるのかはわからない。

そして、通勤にバスを使う美代にとって、バスに乗ることは頻繁にある出来事に数えられるし、夜中の高速バスも例外ではなかった。

 着る側の人間ヒト。モデルさんに向けられそうなセリフをよく言われた。と言うのは何だか自慢のようになってしまうが、そうではない。
自分が鏡の前に立っているときは、その姿に呆れていたし、着る服はシンプルそのものだった。
それ故に、褒められることに嬉しさを覚えることは少なかった。

そんな美代だからこそ、褒められて嬉しかった瞬間は深く記憶に残っていた。
 
 バスは高速道路を降りて少し揺れるようになった。

 高校三年生の夏祭り。この日だけはみんな進路のことを忘れて祭り会場に繰り出した。

その頃は、好きな人や気になってる人、恋人と行くことが望ましいとされていた。

私は性質タチではなかったが、その日は違った。相手がいた。
同じクラスで、身長は、私の頭一個ぶんくらい高かった。、同じ委員会だった。恋人ではなかったし、好きだったかどうかもわからない。
それでも、男の子と2人で行く初めての祭りに、母親に、浴衣でめかしこまれた私は、とても楽しみな人。みたいになってしまった。

鏡の前に立った私はその姿を悔いていたけれど、いつものように似合わないと思ってはいたけれど、そのいつもと違う装いに、少し高揚もしていた。

 祭りでは多くの友達に会っては、服についてと、隣の男についての言及を求められた。
人の数に圧倒されていた私だったが、彼が少し前を歩いてくれていたので、幾分か楽だった。

花火の後の帰り道で、彼は浴衣が汚れていないかを確認した後、「良かった。キレイだったから。」と普通に会話をするように言った。

 「一成…」バスを降りた美代は、そう呟いた。
そうだ。確かそう言う名前だった。美代の日常で思い返される過去の登場人物の名前。

 地元のバスターミナルには見たことのある男たちが肩を組んで揺れていた。再開だろうか。

そう思いながら見ていた男の中に、自分より頭一個ぶんぐらい身長が高い男がいた。



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