雨の調

Knavery@語り部

調

 昨日の夜はぎくしゃくしていたが、いつも通りに朝ご飯を食べたのちに、お姉さんは出かけて行った。明日までにやらなければいけないことがあるようだ。
 一方の僕はバイトが休みだった。今日から新しいバイトが入るらしく、その分最近休みのなかった僕に休みが回ってきたようだ。……まあ、そこまで混む店ではないし、覚えることも少ないから大丈夫だろう。
 最近バイト続きで、しかも、お姉さんが来てからは1人になる。と言うこともなかったので、こうして部屋に一人でいるのは本当に久し振りだ。
 ……どうしよう……新人さんがマスターの天然に振り回されないかが心配になってきた。ホリックワーカーという奴だろうか?
 いや、今はバイトのことは忘れよう……。
 僕は軽く頬を叩いた。
 本当に軽く叩いたのに、音が部屋の中に意外と響いたことに、僕は少し驚く。そして、軽く部屋を見渡してみた。
「この部屋って、意外と広かったんだな……」
 ポツリとつぶやいた声は、雨音にかき消された。今日も、雨だった。
 僕は改めて部屋の隅に置いてある文机にぼんやりと頬杖をつきながら、窓の濡れていく様を見つめていた。そして、窓越しに聞こえる。雨音に合わせて指で文机を叩き、リズムをとる。トン、トン、と不規則に部屋に静かに響く音。その音は段々と僕の頭の中でまとまりだし、そして、新たな音楽となる。
 ああ――――この音良いな。
 僕は文机の引き出しを開けて、そこから五線譜の書かれたノートを取り出した。そして、今浮かんだ音楽を書き込んでゆく。音は後程ギターで確認すればいい。僕はまだお姉さんに見られていないはずの押し入れをちらりと見て、再びノートに向かう。
 作曲。これが僕の趣味だ。バラバラな音を組み合わせ音楽にする。そして、たった半音違うだけでも別の物へと変化することのできる音楽を作ること、生み出すことに、僕は夢中になった。しかし、それは、両親に対する裏切りでもあった……。
 そう考えてしまうと、先ほどまで脳内であんなに楽しそうに奏でられていた音楽は消え去った。
 再び雨の音だけが部屋に響いた。
「くそっ……!」
 僕はそのまま後ろに倒れ、寝転がった。
 もう両親は僕が別の道を進むことを認めてくれたのだから何も考えなくてもいいのに、どうしても、気になってしまう。好きなこともできなくなってしまう。そのまま何もする気が無くなってしまい、僕は雨音に耳を傾けながら目をつむった。そしてゆっくりと眠りに落ちていくのだった。
 ――――ああ、情けない。
 そして、ペラッペラッという紙が捲れる音で目を覚ますと、お姉さんが僕のノートを捲っていた。ちらりと時計を見て、時間を確認するが、まだ2時を回ったばかり。
「おかえりなさい。今日は早いんですね」
 僕の声にお姉さんは肩をはねさせた。
「すまない、少し気になってしまって……」
 申し訳なさそうに言うお姉さんに、僕は首を横に振る。
「いえ、別に見られて困る物でもないんで」
 僕は起き上がり、一つ伸びをする。
「……作曲か?」
「ええ、曲を作るのが趣味なんです」
「すごいじゃないか」
 お姉さんが驚いたように言う、僕は再び首を横に振った。
「別に、凄くはありませんよ。知識があれば誰でも作れます。僕からしたら、これはお遊びです。真剣にやっている人たちに失礼ですよ」
 お姉さんは僕の顔とノートとを見比べた後に、おずおずと口を開いた。
「……君は……真剣じゃないのか?」
「趣味ですからね」
 きっぱりと言う。まるで、自分にもそう言い聞かせるように。
「それは言い訳になってないな。趣味に真剣になることもあるだろう?」
「じゃあ、下手の横好きという奴です。ある程度真剣ですが、僕は自分に音楽の才能があるとは思っていないので」
 僕はお姉さんからノートを少し乱暴に奪い取り、文机の引き出しにしまう。
「……私からしたら、こんな風に音を紡げるだけでも凄いのだが、君がそう言うのならそうなのだろう。けど、これだけは言わせてくれ」
「何ですか?」
「物を作れると言うのはそれだけで才能だと、昔言われたことがあってね。だから、君のそれは紛れも無く才能だ。と、私は思う」
 僕は、その真っ直ぐな瞳から、目を逸らした。やめてくれ、そんなことを言われたら、また希望を抱いてしまう。一度壊れた希望を……。
「それで、聴かせてはくれないのか?」
「え?」
 この人は、なんと言った?
 僕が呆けていると、お姉さんはもう一度、言った。
「曲を、良ければ聞かせてほしい。君が作った曲というものを、聴いてみたい」
「そんなにいいものではありませんよ?」
 僕の口から出た台詞は……拒絶ではなかった。
「曲の良し悪しなんて元々私にはわからないよ。けど、君が作った曲だから聴いてみたいんだ」
 同棲して初めて、お姉さんにお願いをされた。それと同時に、僕は嬉しくなった。初めてなのだ。僕の曲を聴いてみたいといってくれた人は。いや、元々あまりこの趣味を人に話さないというのもあるのだが、話したことある友人にもあまり興味をもたれたことは無かった。両親も……認めてはくれたが、聞かせたことはなかった。だからだろうか、僕は自分の作った曲を聴かれる恥ずかしさよりも、聴いて欲しいという気持ちが打ち勝った。
 自分で、自分自身の才能を、曲を否定しながら、いざ聞いてみたいといわれると、これでもかと言うくらいに、僕の中から彼女に曲を聞かせたい、聴いて欲しいという思いがあふれてくる。ああ、なんとも現金な奴なのだろう、僕は。
「……じゃあ、一曲だけ……ピアノ用の曲なので、ギターじゃ違和感あるだろうけど」
 僕は仕方なくという風を装いながら、立ち上がる。自分でも、笑ってしまうくらいの大根役者っぷりだが、今はそんなことはどうだってよかった。
 本来ならギター用の楽譜とピアノ用の楽譜で違いがあるのだが、音楽の知識は一通り頭に入っているし、僕の作った曲なので、音もきっちりとわかっている。ピアノ用の楽譜だろうと、ギターで弾くことに問題はない。僕は文机からノートを、押入れからギターを取り出した。ギターを取り出すと、お姉さんはこの様なものがこの家にあったのかと、少し驚いた様子だった。
 そして、ギターをチューニングして、ノートをめくる。完成している曲は、数曲あるが、その内どれがいいかとページを暫くめくる。……あ、この曲がいいな。
 僕は手を止め、ギターの弦を弾く。いい音がした。
「それでは一曲」
 僕が選択したのは、バラード。僕が雨をイメージして考えた曲。ゆっくりと音を奏ではじめる。ギターの弦を弾くと、音が部屋全体に広がる。少し大きいかもしれないと、思ったが、今日は休日とはいえ昼間、しかも雨も降っているので、多少の音なら問題ないだろうと、そのまま音を奏で続ける。
 僕はちらりと、お姉さんの方を見ると、眼を瞑り、僕の奏でる音を聞いていた。
「……この曲……悲しげなはずなのに、何故だろう……少し楽しそうにも感じるんだ……きっと、君が作った曲だからだろうね」
 理由として、説得力の無いお姉さんの感想。しかし、その通りだった。この曲は、僕の作った、自分(僕)の為の曲だった。
 大好きな雨の日に、両親に本心を告げた。その時の、がっかりさせた悲しみ。そして、開放された喜びを表した曲。
 ノートの端に書いた、曲名は‘雨の調’。

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