雨の調

Knavery@語り部

「あがってください」
「お邪魔します」
 お姉さんは部屋に上がり、一通り部屋を見渡した。
「いいお部屋にすんでいるんだな。家賃、高いのではないか?」
「家賃は両親が払ってくれているので、僕にはわかりません。とはいっても、このアパートはお祖父ちゃんの知り合いのもので、御好意で相場よりはだいぶ安くお借りできているらしいです」
 先ほども話したが、駅から徒歩10分の位置にあるアパートが、僕の住まいだ。そこまで広いわけではないが、大学、バイト先までは25分で行ける好物件。本当にお祖父ちゃんと両親には感謝の言葉しかでない。そして……本当に申し訳がない。僕はそんな両親たちの期待を裏切りながらも、こうして甘えるしかないのだから……。
「少年、どうかしたかい?」
 顔を伏せた僕はお姉さんの言葉で我に返った。
「いえ……あ、お姉さん、寒いですよね? シャワー、浴びてください」
「いや、私は傘をさしていたし、あまり濡れていないから大丈夫だ。むしろ少年の方が雨に濡れたんだ、先に入ったらどうだ?」
「こういうときは、レディファーストと相場が決まっているんです。ほら、早く入ってください。これ、タオルと着替えです」
 僕はタオルと着替え代わりにと、スェットを渡し、お姉さんを浴室に押し込んだ。今日の午前中にランドリーに持っていったものなので、匂いなどはない……はず……。
「というか……僕は何をしているのだろう……」
 床に座り込み、僕は頭を抱えた。「私を拾ってくれないかな?」というお姉さんの問いに、僕は無意識に縦に首を振っていた。気が付いた時にはもう遅い。お姉さんは嬉しそうに微笑んで、僕にありがとうと言った。そんな顔を見せられると改めて断るわけにもいかず、そのまま彼女を家まで連れてきて、シャワーを浴びせている。
 冷静に考えれば考えるだけ、凄い状況だと言うことに今更ながら気がついたのだ。僕、チョロすぎやしないだろうか?
そこは少し反省をすべきだと思う。が、それだけだ。お姉さんを家に連れてくる。それ以外の選択肢が僕には浮かばなかった。
 一応家までの道中で、僕に拾ってくれないかと言った理由は尋ねた。お姉さん曰く、会社を首になり、棲んでいたアパートを出て行かなくなって、困っていたらしい。たぶん、嘘だろう……。根拠はない。しかし、それが正しかろうと、嘘であろうと、そんなことはどうだってよかった。だって――――
「あがったよ」
 背後からドアの開閉音。お姉さんがシャワーを浴び終えたのか。なら僕も……と振り向いた。
 そこにいたお姉さんは……下着姿だった。
 ……白だった。
 予想外の出来事に、固まる僕。そんな僕にお姉さんはゆっくりと近づいてきた。たった数メートルの距離が、とても遠く感じる。数歩しか進んできていないはずなのに、お姉さんの動きがとてもゆっくりに感じる。
 僕はお姉さんに見とれてしまい、何か言わなくてはいけないのに言葉が出ない。
「私を拾ってくれた、ということは……男性とは、こういうことを期待しているのだろう? 経験はないが……」
 そういいながら、目の前まで迫ってきたお姉さん。お姉さんと目が合う。その瞳を見て、僕は我に返った。
 駄目だ――――。
 僕は、お姉さんの体を、理性で押し離した。その際、あまりのお姉さんの軽さに、内心、僕はとても驚いた。とても軽かった。本当に軽かったのだ。そして、驚いて冷静になったのか、お姉さんをよくよく見ると、とてもやせていることに気が付いた。少し、体のラインから骨が皮に浮き出ている。僕の母は人前に出る職業のために、よく体系に気をつかっていたのでどんな感じなのか覚えているが、それよりも細い。年齢や、その他もろもろの要素もあるだろうし、男女では体のつくりがそもそも違うので、一概にいうことなのではないのかもしれないが、少なくとも、お姉さんの細さは、健康的な細さなのではなく、不健康そうな細さだった。
「そう言うつもりで連れてきたんじゃありません」
 僕が我に返りそう言うと、お姉さんは床に座り込んで、目をぱちくりさせながら此方を見る。
「……本当に、拾ってくれただけなのか?」
「そうですよ……なんていうか……」
 言葉につまった僕。これを告げたら、目の前の女性はこのまま飛び出して行ってしまうのではないか、と、そんな予感がしたからだ。
 そんな僕の頭をお姉さんは恐る恐る、ゆっくりと、撫でながら、とても儚げに笑うのだった。
「すまない……人に優しくされたのは、久しぶりなんだ……ありがとう……」
「ッ――――――――」
 僕は少々乱暴に、近くに脱ぎ捨ててあったカーディガンをお姉さんに羽織らせて、浴室に向かった。
 だって――――顔を覗き込まれたときに見つめ返したお姉さんの瞳は、酷く――――寂しそうなものだったから、とは、僕の口からはいえなかった。
 そして、シャワーを浴び、僕が部屋に戻ると、お姉さんは既に毛布に包まって横になっていた。
 明日は何もないので、もう少し起きていようと思っていたのだが、お姉さんを起こすのも忍びない。僕も僕で部屋の隅に蹴飛ばしてあったタオルケットに包まり、横になる。
 目を瞑る。そして、耳に届いてくる雨の音。パラパラという音から、激しく地面を叩く音に変わっていたことに、今気が付いた。どうやら、また強くなってきたようだ。
 ――――これは……明日も雨かな?
 昨日の夜見た週間予報だと、雨の日がもう少し続き、たまに曇り。青空とは少しお別れという予報だったはずだ。しかし、あくまで予報。今日は一日天気予報を見ていないので、変わっているかもしれない。多くの人は雨を嫌い、雨が降らないことを祈るだろう。けど、僕はやっぱりこう思うのだ。
 ――――雨だと――――いいなぁ――――、と。
 雨音が心地よい子守歌のように僕を徐々にまどろみの中に誘い込む。そんな雨音に交じって、ごめんなさい。と、背後から聞こえたような気がしたが、気のせいということにしておいた。
 そして、そのまま僕の意識はそのまま落ちて行くのだった。
 しかし、背後に出会って間もない人物、しかも女性がいるにも関わらず眠れるとは、僕の神経は意外とずぶとかったようである……。

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