二十六型恒常性維持ガイ装部隊の戦い

山本航

『我意』

 幻覚が晴れた。全員が全員、仲間の姿をガイ装と認識している。
 一度失われた脳が回復したのであれば、今目の前にいる争衛門は争衛門なのだろうか。パワードスーツ・二十六型恒常性維持ガイ装は肉体データどころか、脳、精神、記憶や人格まで保存していたという事だ。そして今、目の前でそれを再現している。

 ミヅチにのみ通信を行う。

「生体の脳を保持している隊員は何名いる?」
「生体の脳を保持している隊員は隊長・誤朗を含めて八名だ」

 だがHUDには二〇名全員が健在だと示されている。

 しかし不可解な状況は自ずと鮮明になる。初め、争衛門にのみ幻覚が見えなかった理由は既に彼の脳は機械のそれに置き換わっていたからだろう。ミヅチの操縦を超常兵士が読めなかったのと同じ理由だ。

 超常兵士が俺達を殺せば、超常能力の効かない戦士に代わるという訳だ。神出鬼没の超常兵士も彼ら十二人にとっては幼気な少女に過ぎない。

 少女の姿を見失った。船尾方向にいるはずだが、二人の死角を通り抜けるのは、戦艦群を通り抜けるのと違って容易い事だろう。

 幻覚から解放されたのは奴が怪我をしたからだろうか。とはいえ今の時代、掠り傷などものの数秒で回復する。一旦追うのをやめて、他の隊員が集まってくるのを待った。

「争衛門、気分はどうだ」

 周囲を警戒しながら俺は尋ねた。争衛門に、あるいは争衛門を再現しているそれに。

「気分って。別に悪くないですね。乱吾が死んで何ですが。薬物投与されたんでしょう。悲しみはあっても落ち込みはないですね。というか悪けりゃ分かりますよね。隊長権限のヘルメットなら」

 俺は黒に染まってヘルメットよりも一回り小さくなった争衛門の後頭部を盗み見る。

「まあ、そうだが。一応な。ヘルメットを外したくはないか?」
「どうしたんですか? 何か変ですよ、隊長。外しても構わないなら外しますが」
「ああ、構わない」
「はぁ……。まあ、それなら遠慮なく」

 争衛門が首元の着脱スイッチに触れる。しかしヘルメットは外れない。

「あれ? 首元が緩みませんね。壊しちゃいました?」
「ああ、そんな気がしたんだ」
「それでですか。いや、でも言わないで欲しかったなあ。余計に狭っ苦しく感じますよ」

 俺は努めて明るい声を出す。

「すまん。作戦が終わったら修理してもらえ」

 しばらくして生き残った隊員達が集まってくる。船尾から船首へのルートを塞ぎながら移動させた。
 隊員達一人一人に声をかける。明らかに脳が再生している者が十五名、そして俺を含めた五名全員が心臓を再生している。本来なら全滅したも同然の有様だ。

「大丈夫か、乱吾」

 恐る恐るという態度が出ないように乱吾に声をかけた。

「すみません。正直、何があったのか、よく分かりません。突然、真っ暗に、いや、お二人が消えてしまって、自分は、その後、えっと……」
「いや、気にするな。とにかく今に集中しろ」
「は、はい! 了解であります」

 脳を機械に代替した者達はその状態を認識できないらしい。自他含めだ。脳以外の欠損には言及するが脳自体の欠損には誰も触れない。超常兵士の幻覚から解放された彼らはしかし、ガイ装に与えられた幻覚の中で過ごさねばならないようだ。

 俺を含めた五名もまたその事を言葉にしないが、冷静さを保つ薬物処置が多用されている。手酷い現実を安寧にする為にガイ装は尽力しているようだ。

 俺は変わらずこの部隊の隊長を務める。敵はまだ生きているし、我々もまだ生きている。
 申し訳ないと思いつつも死者を先行させる。彼らは最早超常兵士に対する強力な武器だ。俺は全隊員と全隊員の認識している情報を把握する。全員の視覚と聴覚を取得する。まるで俺自身が船内に遍在しているかのように、空間を認識する。

 超常兵士の幻覚から解放された隊員達が一部屋一部屋クリアリングしていく。黒と白の斑なガイ装を身に纏った隊員達が通路を突き進んでいく。本物の少女が追い詰められていく。

「はあ……。輪廻学園の遺伝子改竄技術は凄まじいものがあるね。八〇点だよ」

 まだあどけない少女の声が疲れ切った声でそう言った。姿の見えない声の主はクリアリングの終わった談話室でそう呟いた。絶妙な距離と声の大きさだ。その声は俺のガイ装の集音装置で拾え、先行した隊員達には拾えない。俺も他の四人も直ちに磁線銃を構えるが、かといって談話室に飛び込むのは躊躇われる。姿を変え、姿を消せるのだ。代わりに曲がり角や物陰に引っ込む。

「一九人の視聴覚を同時に介し、その体調や空間的位置関係まで把握して指示するだなんてまともな人間には出来っこないのに、君はそれをやってのけるんだね」

 鈴の転がるような声で喋りながら少女が談話室から顔を覗かせた。一斉に磁線を放つが、少女はその前に顔を引っ込める。

「羊の群れの長としては九〇点だよ。だけど、まあ、それぐらいの演算能力は一匹狼の私にだってあるんだよね」

 擲索弾を投げ込もうとポーチに手を突っ込んだタイミングで少女が談話室から飛び出し、向かいの部屋に転がり込む、狙撃鎚を放ちながら。壁ごと隊員二人の頭と胸が削り取られた。一瞬遅れて談話室から耳を聾する爆発と共に縄索が破裂する。

「だけど、まあ、そのスーツ……何とかかんとかガイ装には比べるべくもないね。驚異的な、回復というか再生というか。兵士としての機能は何度削っても元通り。こんなのが通常配備されたら解脱戦線もお手上げだろうね。ああ、いや違うよ」と言って少女はくすくすと笑う。「君の注意を逸らすためにおしゃべりしている訳じゃない。単に君を称賛したくて……まあ、どう受け取ってくれてもいいけどね」

 やはり心を読み取られていたようだ。擲索弾を放り込みつつ、他二人に後退を促す。磁線銃を構えるも、少女は姿を見せず擲索弾は破裂した。数本の縄索が飛び出すが何かを仕留めた様子ではない。
 打撃音。二人の隊員の頭が爆縮する。出力を下げているとはいえ何処に当たっても致命的だ。

「心を読む、か。二〇点だね。」

 天井に磁線銃を放つ。連続で、途切れることなく。そこへ他の隊員達が集い、共に天井を蜂の巣にする。
 心を読む程度ではない。奴は壁の向こうの人間の位置を把握出来ている。意識に上らないような五感までを掴んでいると考えた方がいい。

「正解。まあヒントを上げたから満点はあげられないけど」

 その声は足元から聞こえた。少女が俺の目の前で俺を見上げている。打ち込んだ拳が空を切る。
 少女は舞い踊るように身を翻し、隊員達の間を縫うように通り抜けていく。
 何人かが少女の声に気付いたようだが、誰も少女の姿を視界に捕らえられない。少女は通路を走る。

「撃て」

 俺の放った磁線銃に続いて、次々に磁線が少女の背中に放たれる。しかし磁線すらその華奢な体を捉えられない。少女は振り返る事なく、身をくねらせて全ての磁線を避け切った。より正確に言えば磁線が飛んでこない場所にあらかじめ移動されてしまった。
 少女がまた別の部屋に消えると、また壁の向こうから三発狙撃鎚が放たれ、出力の上げられた威力に八人まとめて圧潰する。

 圧倒的な能力だ。心を読む、などという言葉で言い表せない力だ。
 とはいえどう考えても奴こそがジリ貧だ。ガイ装とて無限に回復するわけではないだろうが、超常兵士とて無限に働けるわけでもないだろう。

 新たに七人が潰された。しかし疲労があるのか肝心の俺に当たらない。目の前で二人が立ち上がる。頭はまだ削れているように見えるが十分に動けるだけ回復しているようだ。その次の瞬間には二人はまたくずおれる。

 そして気付く。俺に当たらないのではなく、俺に当てていないのだと。一九人の体は再生しきる前に破壊されている。
 だがそれはおかしい。今や心を読むのは俺だけなのに、何故俺を狙わないのか。俺の周りに散らばった生きた死体を肉塊にし続ける事に何の意味があるというのか。
 このままいけば、そうだ、このままいけば飛行城砦に辿り着く。だが俺達は奴に釘づけで作戦はままならない。
 つまりこれが奴の、超常兵士の狙いだ。初めは独りで乗り込むほどに余裕で俺達を殲滅するつもりでいたのだろうが、今は俺達を丸ごと無力化し続けるつもりという事だ。いずれにせよ作戦は失敗する。

 もはや障壁は無いも同然だ。壁も扉も緊急隔壁も狙撃鎚に貫通され、攻撃が通り抜けてくる。磁線銃を構えようという発想とともに右腕を潰され、右腿が抉られ、俺はその場に倒れる。痛みを感じる間もなく鎮静薬が打たれたようだ。

 殺されない理由にもようやく気付いた。俺だけが全隊員の位置を把握しているからだ。俺を殺してしまえば脳が機械に作り替えられて心を読めなくなる。
 勿論ヘルメットを外すという発想は先読みされ、両腕共に破壊される。

「無駄だよ。それに……」と言って超常兵士はくすくすと笑う。「目を瞑っても瞼の裏に投影されるんだね。まばたきの隙すら作らないのか。今回はそれが仇になっちゃったけど」

 獣のような呻き声が聞こえる。喉に血を満たした声が聞こえる。痛みでも苦しみでもない。自分自身のままならなさに対して呪いを吐いている。各々、この作戦に参加する動機は違うだろうが、思いは同じだったはずだ。俺は……。

「へえ。あの作戦の時に、あの街にいたんだね。おかしいな。無関係な人間は殺すように言っといたのにね。あーあの二人か。もう戦死してた」

 狙撃鎚を連続で放ちながら超常兵士はそう言った。
 息も絶え絶えに俺は罵る。

「お前もいたのか、超常兵士」
「いたも何も私はあの作戦の要だよ。それにしても奇遇だ。私の力で大事なお友達が誰だか分からなくなったのはこれで二度目って訳だね。そうしてまたも君はお友達を失い、またも君は無様に生き残るってわけだ」そう言って超常兵士はため息をつく。「きりがないな。でも今からでも急げば君たちの作戦に間に合いそうだし、私もひと踏ん張りだな」
「皆は無事なのか」と俺は問いかける。

 超常兵士は心底楽しそうに言う。

「仲間が蜂の巣になっている最中に昔のお友達の心配か。ま、心配しなくても原種遺伝子を無闇に殺したりしないよ。君たち輪廻学園の洗脳が解けた者は我々解脱戦線に奉仕し、そうでなくても貴重な超常実験の被験体さ」

 怒りのままに物に当たろうにも体の動かせる部分はほとんどない。

「いやいや、君の考えているような事じゃあないよ。ああ、でも知らないのか。輪廻学園は遅れてるなー。超常能力ってのはね。現在の所、原種遺伝子保持者にしか発現してないんだよ。要するに君のお友達は私達の大事な戦力としてバリバリ働いているんだよ」

 俺はぎゅっと瞼を瞑り、出来る限り拳を握りしめる。

「へー。今ので希望が湧いちゃうんだ。まー確かに、飛行城砦にはかつての君のお友達がいるよ。感動の再会って訳にはいかないと思うけどね。おっと、こりゃ凄い処理速度だ。まるで何千人もの思考を同時に読まされているかのようだね。目眩ましのつもりかな。でもね……」超常兵士の引き金は澱みなく引き続けられる。「君と違って、私は君が導き出した答えだけ読めばそれで事足りるんだよ」

 叫びも呻きもない戦場で、壁を貫く真っ直ぐな打撃が死体を死体へと処理していく。
 俺は歯の隙間から漏れるような声で笑う。偶然、俺と超常兵士の視線が、壁を貫く幾つもの穴を越えて交わされる。
 超常兵士が俺に狙いを定め、しかし殺意の一撃は放たれない。

「殺してでも止めるか?」と言って俺は俺の皮肉に微笑む。「ミヅチ、俺を殺してくれ」
「その命令には重規則の幾つかに抵触している可能性がある」

 ミヅチは即座に答えた。

「本作戦実行にあたり、不確実障害『超常兵士』の無力化に必要だ」

 ミヅチの声色が変わる。

「輪廻学園は貴殿の自己犠牲精神を歓迎し、その崇高な信念と栄光を永遠に讃え続ける事を誓います。ありがとう、そしてさようなら。誤朗」

 どうやら輪廻学園の中枢AIの窓口がミヅチには内包されていたらしい。
 恐怖は薬に抑え込まれている。今、俺は冷静だろうか。頭の中にこびりついていた生き残るの意味に気付く。原種遺伝子の、俺の友達を救わなくてはならない。

「さようなら。誤朗」とミヅチは言った。
「さようなら。ミヅチ」と俺は言った。

 衝撃。暗転。

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