二十六型恒常性維持ガイ装部隊の戦い

山本航

『蓋』

 超長距離狙撃鎚が失われていた。勿論生体認証が無ければ倉庫から持ち出すことは出来ない。

 しかし本作戦に利用されうると想定された様々な武器兵器の立ち並ぶ倉庫の床に、その生体認証を使用した者がその下半身のみを残して寝転がっている。上半身を形成していた全ての血肉とガイ装が球状になって傍に転がっていた。狙撃鎚によるダメージだ。

 敵兵の潜入が確定した。そして相手の意図は明らかだ。超常能力だか何だか知らないが、一つ目兜の幻覚を見せて、俺達に同士撃ちさせたいのだろう。おそらくこの船を鹵獲したいのだ。ミヅチの環境迷彩を看破したのもこの超常兵士だろうか。だとすれば敵小型艇群がここから離れたのは超常兵士との連携が取れなくなったからだろう。もしくはそれだけの信頼があるのかもしれない。

 争衛門も乱吾も磁線銃を構え、倉庫を徹底的に捜索する。どうやら、この倉庫にいる敵は見えないようだ。ひとまずは誰もいないものと考えるしかない。
 全隊員の共通回線を開く。

「全隊員に告ぐ。ミヅチに敵兵が潜入した。他者の姿を誤認させる能力を持つ、超常兵士と思われる。狙いは同士討ちだろう。他にも何か能力を持っている可能性がある。しかし奴は超長距離狙撃鎚を盗んだ。直接危害を加えるような超常能力は有していないと思われる。各自警戒せよ」

 そこまで言って、幻聴を聞かせる能力はあるのだろうか、と考える。幻覚を見ていた隊員・穿蔵との会話自体に異常は無かった。絶対ではないが、幻聴は無いと見なす。しかし未知の能力を予測してもきりがない。

 振り返ると二人の一つ目兜がいた。一瞬驚き、磁線銃を構えかけるが、争衛門と乱吾の他ないと気づく。二人の内の片方も驚いたのか仰け反る。薬物による調整に頼らず冷静を保ち、慎重に発言する。

「俺も当てられたようだ。お前達が一つ目兜に見える」
「自分もです」と乱吾だと思われる一つ目兜が言った。「今突然隊長の姿が一つ目兜のそれに切り替わりました。一瞬です」
「そうなんですか?」と争衛門が口を挟む。一つ目兜姿の争衛門が俺と乱吾のヘルメットマスクを交互に覗き込む。「僕は普通にガイ装の二人に見えますね。何なんでしょう。この違いは」と争衛門は言う。
「分からないな。何か条件があるのかもしれんが」と俺は言って、再び回線を開く。「幻覚を自覚した者は報告を怠るな」

 すぐさまHUDに表示される。一九名中一四名が既に幻覚を自覚している。
 超常兵士も万能ではないのかもしれないし、あえてそう見せかけている可能性もある。

「とにかく捜索だ。見つけない事には話にもならない」

 俺達は三人一組で行動する事に決める。このような事態でなくても二人一組以上で行動する意識を身につけてはいるが。

「それにしても油断も隙もありはしないですね。僕達があの船に侵入した時に逆に侵入されたんですよね?」

 争衛門に同意する。

「これ以上好き勝手をさせる訳にはいかない。誰が現れても油断するなよ」

 言い終えるか言い終えないかの内にまたどこかで狙撃鎚の打撃音が聞こえた。隊員の生命信号がまた一つ、二つ消失する。位置情報を元にそちらへ走る。

「いた! 狙撃鎚!」と手短に叫んだのは争衛門だった。俺が振り返るが早いか、争衛門は磁線銃を放った。

 機関室へと続く通路が伸びている。誰もいない。しかし争衛門は撃ち続けている。
 俺は標的の定まらない銃口をその通路へ向けつつ戸惑う。「おい、争衛門」
 争衛門が撃つのをやめる。

「くそっ。逃げられた。二人とも何で撃たないんですか!? 子供だからってためらったんですか?」

 俺も乱吾も首を横に振る。狙撃鎚を持つ者も磁線銃から逃げる者もいなかった。ましてや少女の姿などちらりとも見えなかった。争衛門が舌打ちする。

「つまり僕もまんまと幻覚にはめられたって訳ですか」
 侵入者の能力について思い込みを改める。元となる人間がいなくても幻覚は見せられるらしい。いよいよ打つ手が限られてくる。ミヅチ内が掻き回される。隊員達が消えていく。

「だが少女の姿を見ているのは争衛門だけじゃないか? 他に見た者はいるか?」と俺は機関室方向への通路を走りながら呟くように全隊員へと問いかける。

 次々に返答が返ってくる。何名かの見ていた幻覚が一つ目兜から件の少女へと変化したらしい。それに加えて少女ではなく別の隊員に見えるという報告や幻覚が解けたという報告も上がっている。幻覚による混乱状態と言うよりも、幻覚を見せる能力そのものが混乱しているかのようだ。

 気が付くと争衛門と乱吾の姿が少女の姿に変わっていた。争衛門の言っていた通り、青い花柄のワンピースを着た華奢な少女だ。俺は乱吾の頭のあった辺りの空中に手を伸ばす。確かにそこには乱吾のヘルメットがあった。触感や位置関係までは再現できないらしい。そして相変わらず争衛門に幻覚は効いていないらしい。

「分かってきた。おそらく敵の超常能力とやらは幻覚を見せる力に加えて、姿を消す力、心を読むに相当する力がある」

 俺の言葉に争衛門が疑問を呈する。

「三つも? 後ろ二つは何故分かったのですか?」
「一つ目と二つ目は同じようなものなのかもしれないが。前提として争衛門に超常能力が効いていない仮説に基づいている。争衛門は今の所一度もこの船内で一つ目兜を見ていないからだ。しかし一番最初に少女の姿を見たのは争衛門だった。最初はそれこそ幻覚だと思ったが、逆に争衛門だけが幻覚を見ていないのだとすれば説明がつく。争衛門が見た少女こそ超常兵士の本体だという事だ」
「心を読む能力というのは?」と言ったのは乱吾だった。
「心を読むとは限らないが、一つ目兜の幻覚が少女の姿に切り替わったのは俺達が奴の能力を看破した事に対する対応だろう。つまり俺達が看破した事自体をどうやって知ったのか、だ」

 乱吾がヘルメットの中で言う。

「それが心を読む能力、と。飛躍ではないですか。単純に我々の暗号通信を傍受しているのかもしれません」

 俺はそれを認めつつ、付け加える。

「だが、一つ気になっていた事がある。敵小型艇襲撃の後、こちらに正確に加えられていた砲撃が操縦室に当たった途端、その後は的外れになった。あれは争衛門から培養知性・ミヅチに操縦が変わったせいじゃないかと思うんだ」
「つまり僕の心、僕の操縦を読めなくなった結果諦めたと。でもだとすると奴は、超常兵士は自分の乗っている船に砲撃を命令していた事になりますが」

 それについてはあまり考えなかった。敵の目標が何かはとても重要な行動指標になるが、その為に敵はどこまでの事が出来るかは参考にする価値が低くなる。特に戦場では。

「死にたがりか、それだけ自信があるのか知らんが。とにかく今は幻覚の効かない争衛門の目が頼りだ」

 そして幻覚が解けているかもしれない隊員も。隊員達は血生臭い混沌の中で持ちこたえている。まだ十人程生き残っていた。

「僕にだけ幻覚が効かなかった理由はなんでしょう?」

 争衛門も俺も頭を捻る。

「考えている。だがこの混乱状態を見るに超常兵士自身も分かっていない不測の事態のようだな」
「心を読む敵に有効な策はありますか?」と乱吾は言った。
「ない。とにかく幻覚を看破してガイ装の出力で押し切るしかない」

 再びHUDに映る隊員達の生体情報を見て、思わず立ち止まる。全員が生存状態であると表示されていた。
 故障か、それとも幻覚か。

「どうしました?」と争衛門が俺の背中に言う。
「いや、だが、いよいよ何を信じればいいのか」

 死者たちの戦闘データが間断なく送られてくる。もはや確かと言える情報は何もない。
 争衛門が励ますように言う。

「とにかく僕が幻覚とそうでないものを見分けなきゃいけないんですね」

 俺はHUDを振り払うように返事した。

「ああ、全力で取り組んでくれ」

 ふふ、と争衛門が小さく笑う。

「それ、僕の父親の口癖だったんですよ」
「ん? ああ、そう聞いたが」

 間を置いて争衛門が首を振る。

「まさか、僕は誰にも父の話なんてした事がありませんよ」
「いや、粘性嵐を越えた後に言っていたじゃないか」
「それ、今日の事じゃないですか。いくらなんでも忘れたりしませんよ」

 冗談で言っている訳ではないようだ。俺の脳も混乱している。今日の事ではなかったのか? 俺に言った事を忘れるくらい昔?
 とにかくこのような事を言い争っていても仕方ない。争衛門は一度砲撃で右腕を失ったんだ。その時の衝撃で記憶が飛んだのかもしれない。

「とにかく、幻覚にかからない君が頼りだ、争衛門。先行してくれ」
「了解です」

 少女の姿をした争衛門が俺と乱吾の前を走る。
 また、幻覚から解放されたという報告が隊員からあがる。しかし今度はほぼ同時に複数人から。どうやら少女からガイ装へと仲間の姿が切り替わったらしい。

「解放された切っ掛けを説明できる者はいるか?」と俺は全員に通信する。

 いなかった。だとすれば罠である可能性が高い。幻覚にかかっていないと思っている者ほど幻覚で操りやすい者はいないだろう。しかし争衛門という例もある。好機である可能性も否定できない。

「幻覚を見ていないと自認している者を中心に行動せよ。一名以上の帯同、及び接敵時の二重確認を徹底しろ。少女の姿、ガイ装の姿、何であれ警戒を怠るな。敵兵士を炙り出せ」

 これでも決して十分とは言えないが、慎重に過ぎて後れを取る訳にもいかない。幻覚を見ながらなお冷静でいられるガイ装様々だ

「ミヅチ。敵超常兵士の現在位置を推定出来ないか」

 今最も信頼できるのはミヅチだ。ミヅチは淡々と答える。

「敵兵位置の推測。不可能。ミヅチに搭載されている観測器は全て空域を走査するものだ。艇内において個人を識別する手段は無い。ただしガイ装に搭載された観測器からある程度絞り込める」

 それはもう自分でやっていた。新たに表示されたミヅチの絞り込みとも一致する。

「じゃあ、もう一つ。HUDに全員のマーカーが生存状態で表示されている、ように見える。そっちはどうだ」
「生存状態。我が部隊に欠けるところはない。全員が活動状態にある」

 少なくとも倉庫の彼は間違いなく死んでいた。

「ミヅチ。自己スキャン開始」
「了解。提案。安全性を考慮し、速度を一〇%まで低下させる」
「承認」

 倉庫で倒れていた隊員の情報を改めて把握する。電装兵の廃太だった。少し躊躇いつつも俺は通信を試みる。

「廃太、聞こえるか。誤朗だ」
「こちら廃太。隊長。どうかされましたか」

 何を尋ねるべきか、考えていなかった事に気付いた。

「今、どこで何をしている?」
「衝撃で気を失っていたようで、合流するために移動中です」
「身体に異常はないのか?」
「いえ、特に。HUDにも異常は出ておりませんが」
「分かった。合流を急げ。ただし味方かどうかの確認は十全に行え。一人でいる現状疑惑が強まる事も留意しろ」
「了解であります」

 確かに生きている、かのようだ。幻覚だとすればあの時見た死体がそうなのか、それとも今話した相手がそうなのか。

「自己スキャン完了。異常なし」

 異常だらけだ。

 不意に狙撃鎚の投擲音が響くと後ろで何かが破裂するような音が響く。即座に振り返ると、乱吾が胸部から上を失っていた。何もない空間に即刻磁線銃でもって反撃を加える。磁線の雨の軌跡を全て追跡した。一つが空中で何かに当たり、僅かに逸れる。何者かが走り去るのが聞こえ、撃つのをやめる。

 後ろの争衛門に呼びかける。

「追うぞ。争衛門。少女は見えたな?」
「はい。僕が見た姿そのものです。先行します」

 俺の脇を通り過ぎたのは争衛門だった。少女の姿ではなく、ガイ装を身に纏う争衛門だった。 

 俺は、思わず立ち止まるのをぐっと堪える。その事実を今、この場で口にしても益はないだろうと判断した。
 それがいつからその状態だったのかは分からない。俺はどうやらこのガイ装の機能を過小評価していたらしい。
 俺はもう一度凝視する。争衛門の後頭部を覆う漆黒は、右腕の義肢と同じく波打つ液体のような光沢でもって鈍く輝いている。

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