二十六型恒常性維持ガイ装部隊の戦い

山本航

『街』

 街の天井に穴が開いた時、俺は友人と共に街の外れで呑気に八式冷却甘味を食べていた。
 確か正午を過ぎた頃だった。突然天井に据え付けられた代用太陽が震動でびりびりと唸ったと思うと、次の瞬間轟音が響き、天井の中心辺りにぽっかりと穴が開いた。照明や天井裏に据え付けられていたのであろう機械が次々と落下していた。

 この街は超巨大半球構造物を何層も重ねて厳重に格納されている。巨大な金庫のようなものだ。

 『解脱戦線の襲撃』。知識としては知っていたが今まさに自身の頭上で行われているなどと考える頭は無かった。多分街の誰もが似たり寄ったりの反応をしていたのだと思う。

「ん? 何? 何あれ? 訓練?」と言って、俺は天井を見上げ、
「いや、違うみたいだ。でも、何だろう。事故かな」と言って友人は辺りを見回していた。

 その時、俺は何を考えていたか、事細かくは覚えていないが、存外冷静だったように思う。

「とにかく生き残るのが俺達の使命だって先生方がいつも言っているし、安全確保が最優先だ」

 死ぬ事は俺達にとって最大の罪であると常に言い聞かされていた。何をおいても生き残らなければならないという意志を備えていたし、今も変わらず持ち続けている。

「でもこんな事態教わった覚えがないよ、誤朗。どうすればいいの?」
「状況が分からない時は汎用避難手順だ。近くのシェルターに逃げ込むか、最寄りの外壁に……」

 その時、突然誰かの甲高い叫び声が聞こえた。絶望的で破滅的な響きだ。俺と友人は同時に振り返り、同時に同じような叫び声をあげる。
 目の前に、現れたのは授業で何度も何度も聞かされた恐怖の対象だ。冷静に努める事よりももっともっと頭に叩き込まれた。

 青黒い装甲軍服を身に纏い、積層レンズの一つ目兜は最も汎用的な奴らの装備だという。身に着けた装備をがちゃがちゃと揺らして解脱戦線の兵士がこちらへと走って来たのだった。不気味な振る舞いだったように思う。我らが輪廻学園の規律正しい精鋭兵の走り方とは違う。手負いの獣のような野卑な所作だった。
 本能的にか、教育の賜物か、すぐさまに俺も友人も正しく動き出す事が出来た。兵士から逃げようと必死に走った。

 白いタイルに覆われた清潔で画一的な俺達の街のあちこちで煙が吹き上がっている。銃声も聞こえたし、悲鳴はもっと沢山聞こえた。
 混乱に陥りつつも冷静に努めようとする。天井に穴を開けたのが解脱戦線なら、外壁側から現れたこの兵士はどこから来たんだ。誰にもばれないようにこの街に侵入出来るなら、あの派手な破壊は何の意味があるというのだろう。

 俺がずっと先導していた。俺は足が速かったし、同年齢の仲間よりも少しばかり頭も回った。大人の体では通りにくい抜け道や見通しの悪い曲がりくねった小道を知っていた。俺一人なら逃げられる相手でも、足の遅い友人を慮れる思いやりもあった。
 足音は途切れなく背後から聞こえてくる。息せき切っていて、体力が限界に近付いてきた頃、ふと隣を見ると少し後ろを走っていたはずの友人がいなかった。代わりに解脱戦線の青黒い兵士がすぐそばを走っていた。俺にはより大きな叫び声を出すだけの体力が残っていた。夢中でそれを突き飛ばし、それから後は一切振り返らなかった。

 途上で他の子供達と合流したが、それ以上の数の兵士が現れるのだった。その時には何となく誘導されている事に気付いたが、しかしパニックの波にさらわれて、走り続ける事しか出来なかった。
 気が付くと街の中心部に辿りつき、どうやらこの街の全ての子供が集められたらしいと分かった。逃げ場を無くし、思い思いに喋り、怒り、泣いていた。どうやったのかは知らないが解脱戦線の兵士達は外縁部から現れて、この広場に子供達を誘導したのだ。

 中心には本来あるべき偉人録像ではなく、黒い塔のようなものが聳えていた。油膜のような光沢の黒い壁に錆びたパイプやダクトが縦横に走っている。そんな塔が天井を突き抜けて鈍色の空に伸びていた。この塔自体が天井を破壊して落ちてきたらしい。

 広場には解脱戦線の兵士が何十人も待ち構えていたらしく、奴らは次々に子供達を塔に押し込んでいた。
 ほとんど誰も抵抗していなかったと思う。何と言ってもここの子供達は純粋だったからだ。解脱戦線の遺伝子改造を施された兵士に筋力や知力で敵うはずもない。最後尾の一人がはぐれてしまった俺の友人だという事に気付いた。その俺へと投げつける視線を見て、彼はもう俺の事を友達と思っていない事にも気づいた。

 そうして全ての子供達が黒い塔に詰め込まれた。ただ一人、俺を除いて。
 その時に言っていた解脱戦線の兵士達の言葉は今でもよく覚えている。

「どうした? その子は連れて行かないのか?」
「いや、どうやら原種遺伝子じゃあないな。対象外だ」

 俺に散々捩じれ曲がった機械をかざしてブンブン鳴らした男はそう言った。

「じゃあ置いて行くのか? 同じ可哀想な輪廻学園の子供じゃないか」
「馬鹿言うな。何を仕込まれているか分かったもんじゃない。子供かどうかすら怪しいもんだ」
「超常兵士だったか? 彼女は心を読めるんだろ? その子が何かを企んでいるかどうか見てもらえばいい」
「そんなに言うならお前が彼女に頼めよ」
「それは御免だ。減点はもうこりごりだよ。そういう訳だ。悪いな坊主」

 そう言い残し、他の兵士と共に黒い塔へ入って行った。黒い塔は青い光で三度瞬くと天井の穴の向こうへ消え去った。

 この世界にある最も安全な街の一つが俺の故郷だった。輪廻学園の領地の最も深い場所にある。つまり最前線から最も遠い場所にある街だ。
 そこで大事に守られ、大切に育てられ、人類にとって、学園にとって最も重要な任務を任される。すなわち原種遺伝子の保存。

 全人類の九九%が遺伝子改造されている現代において、一切の改造を施されていない純粋な遺伝子を持つ子供達。人類の貴重なバックアップとしてただ生存する事が彼らの、俺達の重要な任務だった。
 その連綿と続いてきた仕事が途絶えた。子供達が全て攫われた。
 どのような手段で解脱戦線は襲撃を行ったのか、世間では諸説上げられていた。薬品洗脳。自壊言語。超常兵士。
 輪廻学園と解脱戦線の関係なく人類の共有財産である最厳重保存区画の人間を、解脱戦線は卑劣にも全て連れ去った。そのように、発表された。それだけが発表された。

 俺の故郷が消えたその時、俺は完全な部外者だった。俺の故郷は俺の為の街ではなく、街の存在意義は根こそぎ奪われた。俺だけが生き延びて、敗けた。

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