天才軍師は俄か仕込の生兵法 

チョーカー

裏切り。そして、死

 戦場は時が止まったかのようだった。
 人も魔も動かない。 信じがたい事に戦場の中心で戦いを止めたのだ。
 だが、戦場の中心――――本当の中心では2人の男が戦っていた。
 一合、二合と数えれたの最初だけ。もはや、何度目かわからない金属音。

 総大将同士の一騎打ち。

 どちらかに、何かが起きれば、それだけで戦の勝敗が決まってしまう戦い。
 周囲の人間に何ができるだろうか?
 そんな中、総大将の娘 キキは不思議な感覚に陥っていた。

 (似ている)

 髪を逆立てて、真っ赤に光る目。
 口は相手を威圧するためだけに雄たけびをあげるだけの装置に代わってしまっている。
 総大将と魔王。
 人と魔
 立場は違うどころではなく、真逆と言っていいはずなのに――――
 両者はよく似ていた。
 やがて……二人の戦いに決着はつかなかった。
 互いに息を切らせ、剣を杖代わりに地面に突き刺し、立っているのやっとの様子。
 その場に座り込まないは、ただの意地としか思えない。
 ようやく、戦場は本来の姿を取り戻した。 戦わないのは総大将の2名のみ。
 上空から見れば、台風の目のように見えるだろう。
 戦場において、戦場の中心でありながら戦わない事を許された2名。

 戦場での一旦休憩。

 その均衡を崩したのは――――魔王だった。

 「人の王よ。もう時間稼ぎは終わった。余の勝ちだ」

 魔王が指したの山の上――――第一左翼だった。
 気がつけば、魔の軍勢は――――魔王率いる第三陣から残り2部隊も動いていた。
 第四陣は、すでに第二左翼と衝突していた。

 そして――――最後の第五陣

 最後に前進を開始した魔の軍勢は、山を登り第一左翼と激突する……かのように見えた。
 だが――――
 山頂に布陣していた第一左翼は敵軍勢と衝突することなく後退を開始していた。
 ――――否。断じて否。
 それは後退ではない。進軍であった。

 「あれは……あの動きは! おのれ、敵と通じていたのか! 裏切ったか光秀めっ」


 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・


 総大将の雄たけびは山頂まで届いた。
 人の軍勢と魔の軍勢は交わり、共に山の麓に布陣する第二左翼に攻撃を仕掛けている。
 しかし、1人だけ山頂に残っていた将がいた。
 彼は、魔力によって強化され視力によって、総大将の叫びを見ていた。
 いや、叫びだけではなく、魔王との戦いを最初から最後まで見ていた。
 その首が魔剣によって切断される瞬間まで――――

 総大将の最後を見届けていた。

 「まさか、敵軍総大将すら囮とは、流石の殿でも読め切れませんでしたか……」

 彼こそが第一左翼を任されていた将――――明智日向守光秀。
 彼は、彼が裏切った自身の君主が戦前にするように舞を舞っていた。
 その表情には狂気染みた笑みがこびり付いて離れない。

 「見てください。これが真の平和。そこには人も魔もなく、ただ貴方の首を刈り取るのが目的となりました」

 そして光秀は、最後に――――

 「ここが、貴方にとっての本能寺だった。ただそれだけの事でございますよ信長様。
 ――――いや、織田弾正忠信長よ!」

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 織田キキは目を覚ました。
 ほんのりとした肌寒さと静けさは京を思い出させた。
 しかし、違う。 

 「誰か! 誰か居らぬか!」

 未知の場所で目を覚ます恐怖が自然と声を荒げさせる。
 その声が届いたのだろう。

 「へいへい、ここにいますよ」

 酷く軽薄な声が聞こえ、男が姿を現した。
 男は金髪で、風貌も軽薄であれば、人相も軽薄。
 軽薄が着物を着ているかのようにすら思えた。

 「お主、名前は?」
 「こいつは驚いた。助けられた身でありながら、自身が名乗るよりも恩人に名を尋ねなさるか?」
 「ぐっ……」

 キキは父に似て気性が荒い。
 平素ならば、その首を切り落として然るのだが、本人も助けられた恩も感じているのだろう。
 屈辱を飲み込み、名を名乗った。

 「織田家が長女。織田キキである」

 「……こいつは驚いた」と男は先ほどと同じ言葉を吐く。
 しかし、その重要性は伝わったのか、表情は武人のそれに変わっていた。

 「征夷大乗軍ジェネラルの娘か。それがなぜ、このような場所で?」
 「言う必要はない。それよりも名を名乗ったであろう。今度は、そなたが名乗る番であろう」
 「これは失礼つかまつりました。私の名は服部ローウェンと――――」
 「服部! ここはイガの流れを汲む傭兵集団の村か!」
 「はい、そうですが……しかし、織田の姫さまが何ゆえ、こんな辺鄙な場所へ、お連れもいないようですが?」

 その問いにキキは簡潔に答えた。

 「織田は滅んだ」
 「はい?」
 「魔の軍勢との戦い。父、信長は討ち死いたした」
 「それは……なんと…」

 普段、飄々とするローウェンが珍しく見せた絶句であった。
 それほど、織田信長の死は人々の生活に直結する死活問題でもあったのだ。

 「ここにまいったのは父上の遺言である。もしもの時は服部の隠れ里を頼れと……いや、待て。貴様、先ほど名をなんと名乗った?」 
 「はい、服部ローウェンですが?」
 「服部……ローウェン……あのローウェンか?」
 「はて? どのローウェンでしょうか?」
 「天下に名の知れた兵法者 ローウェン・ザ・ダッシュスター。まさか、服部一族に取り込まれていたとは……いや、それも必然か」

 「はぁ」と本人であるローウェンは惚けた口調だった。
 そして、こう続ける。

 「私は、あくまで服部家の養子。現頭領は息子となりますが、今はまだ11歳。助けろと言われても正しい判断ができるとは……」
 「私は13で元服したぞ。11歳ならば世の理がわかる年齢――――いや、正悪ならば童の方が心理を――――」
 「わかりました。わかりましたって。では夕刻に息子……いえ、頭領に会わせましょう。それでいいですね」
 「是非に!」と歓喜が混じったキキの声が響き、ローウェンは部屋を後にした。
 おそらく、ローウェンは気づいていたのだろう。
 軒下に息子である頭領、タケルが潜み、聞き耳を立てている事を――――



 


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