君と僕と壊れた日常

天野カエル

まさかまさかのドタバタ勉強会。 そして僕は君に恋をする。 後編

 「以上が、私の話よ。 なんか質問ある?」

 淡々と話した彼女はどこかスッキリした様子だった。
 僕も和泉沙奈も、終始口を挟むことなく、聞いていた。
 質問などない。
 だってそれが空見華月の記憶する、事実なのだから。 
 僕は忘れてるし、和泉沙奈はそもそも知らなかったし、空見華月は鮮明に記憶していたし。
 誰も何も喋らない、訪れる沈黙。
 
 ブー、ブー

 沈黙を破ったのは携帯の着信音だった。
 絶妙なタイミングの着信音。 一体誰の携帯だろう。

 「……先輩、出ないんですか?」

 和泉沙奈は僕に聞いてきた。 どうやら僕の携帯だったらしい。

 「あ、あぁ僕のか。 ちょっと席外わ」

 僕はそう言って部屋の外に出た。
 画面の表示には新奈の文字。
 妹から電話がかかってくるなんて珍しいなと思い、電話に出た。

 「なに?」

 『え、なに、お兄ちゃんなんかあった? なんか暗いよ』

 繋がってすぐにそんなことを言われた。

 「そう? 問題ないよ」

 『ならいいんだけど……。 それより、急ぎで2人をつまみ出して』

 「は?」

 『だから、空見先輩と沙奈を家から出してって! 予定より早く帰ることになったから』

 そう言えばそうだった。 
 入ってくる時も父さんにバレないようにコソコソ入った。 出る時も見つからないようにしなければなるまい。

 「了解。 して、猶予はどのくらい?」

 『徒歩であと3分くらい……』

 「ちょっと待て、急すぎないか?」

 『またあとで話すから! 急いでね! じゃ』

 そこで通話は終了した。
 廊下で立ち尽くす僕。

 「おわった?」

 部屋の中から空見華月が問いかけてくる。
 僕は我に返った。

 「やばいやばい! あと3分で帰ってくる! 帰る用意して!」

 慌てて部屋に戻り、告げる僕。
 それを怪訝そうに見つめる2人。

 「どういうこと?」

 「時間が無い! 早く家から出ないと!」

 「え、え、ち、ちょっと!」

 近場にいた和泉沙奈の背中を押し、部屋から出した。

 「なんだか分からないけど……分かったわ」

 悠長にゆっくりと片付けをしながら言う空見華月。
 こいつは分かってない。
 
 「また前みたいになるから! 父さん来ちゃうよ!」

 「え? それは嫌だ」

 途端に手を早め、立ち上がり、僕達を追い抜いて階段を駆け下りる空見華月。
 以前の一件は彼女にとって嫌な思い出として刻まれているらしい。
 僕達も、彼女に続いて急いで階段を降りた。
 
 ガチャ

 遅かった。
 僕が降りたと同時に玄関が開き、両親と新奈の姿が現れる。
 最悪だ。 修羅場だ。 多分、以前とは比にならないほどに言われるに違いない。

 「アラタ」

 「は、はい」

 父さんの僕を呼ぶ声に、震え上がりながら応える。

 「もし、ダメだと思ったら、すぐにでも縁を切りなさい」

 「は?」

 突然言われたよく分からないことに、僕は戸惑った。 しかも、それが思っていたよりも遥かに暖かな声で発せられたものだったから尚更だ。

 「空見華月さん。 この前はすまなかった。 7年前のことで、大切なことを失念していた。 これからは2人のことには関与はしない、でも、危ないことはやめて欲しい。 未だに反対なんだ、記憶を戻すのには」

 父さんはやはり暖かい声でそう言うと、僕達の横を通ってリビングに入っていった。
 それを見届け、何が起こったかよくわかっていない僕は、助けを求めようと母さんの方に目をやった。
 母さんは微笑んでいた。 
 携帯に着手が入った。 
 またも新奈からだったが、今度はメール。

  騙してごめんね。 実はさっきのお父さんとお母さんと仕組んでたの。 そうでもしないとダメだと思って。

 まあ、そうだろう。
 突然帰ってきたところで、どこかに隠してその場を凌ぎ、帰していたと思う。
 終わりよければすべてよしとはよく言ったものだ。
 僕達3人は何が起こったか理解が追いついていない感じだが、丸く収まったことは分かっている。 ホットした。

 「まだ、うちで勉強する?」

 母さんの問いだ。
 これは僕達3人全員に聞いているみたいだ。
 アイコンタクトで確認する。
 2人とも帰るといった雰囲気だ。

 「今日は解散するよ」

 「そう? じゃあ、あとはよろしくね」

 そう言ってリビングへと向かっていった母さん。 それに続いて新奈も向かった。

 「なんだか分からないけど……じゃあ帰るわね」

 どうにも腑に落ちないといった様子で玄関を出ていこうとする空見華月。
 
 「じ、じゃあ失礼します」

 それに小走りでついて行く和泉沙奈。
 僕は2人を見届けた。
 結局、勉強しなかったな……。
 緊張が解けたからかなぜか、急にどうでもいいことを考えてしまった。 まあ、よくある事だ。
 僕はリビングに向かった。
 そこにはいつもの家族の風景。
 何も変わっていない。
 
 「えっと……どういうこと?」

 僕は再度聞きした。
 しかし、その後のことはあんまり覚えていない。
 父さんが、空見家に行って話してきた、子供の意見を尊重することで落ち着いた、と言ったのは覚えている。
 母さんに聞いても、新奈に聞いても返ってきたのは同じ答え。
 しかし、そのとき父さんがどんな顔をしていたか、どんな声音だったか、思い出せない。
 母さんも新奈も暖かかった。 
 しかし、それも印象だけ。
 それから家族と何を話したか、そんなことは忘れている。 
 覚えているのは、家族の存在の、大きさだけ。



 夢を見た。
 それも、たまに見る過去の。
 久しぶりだ。 
 今回の景色は……やはり公園。
 ただ、いつもと違うのは、目の下にホクロのある黒髪の少女と遊んでいたこと。
 空見華月。
 彼女の話した1週間。 
 僕が忘れた彼女の1週間。
 この夢は、彼女が話したことをなぞるような夢だった。
 話と相まって、より鮮明に焼き付く。
 実に楽しそうだ。 今の彼女からは想像もできない、屈託の無い笑顔。 これは彼女が言う、陽華の真似なのだろう。 でも、なんとなく分かる。 隠しきれていない、彼女の笑顔。 
 7年前の、忘れる前の、僕が好きだった笑顔。
 この夢とはえらく変わってしまった今。
 もう見ることはないのだろう。
 見てみたい。
 今の僕にとっての彼女との始まりから約3週間。 
 そのどの時点での僕にもなかった欲求。
 いや、いつからか、僕に欠落していたその欲求。
 彼女の笑顔が見てみたい。
 そんな僕の些細な欲求は、夢が終わる頃には大きなものになっていた。
 どんなことで、彼女は笑う?
 なにをすれば、彼女は笑う?
 彼女を笑顔にするために、何が出来る?
 彼女を笑顔にするために、僕はどこまで出来る?
 僕にとって、未知の欲求のそれは、実は案外どこにでもあるものなのかもしれない。
 この気持ちの答えは、今後の僕の頑張り次第だ。
 
 ピピピピピピ
 カチッ

 そして、始まる、新たな1日。
 
 
 

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