君と僕と壊れた日常

天野カエル

まさかまさかのドタバタ勉強会。 そして僕は君に恋をする。 前編

 僕は昨日、新奈に夕飯の時に呼ぶと言われた。 そのはずなのに、どうだろう。 呼ばれたのは朝ご飯だった。
 
 「ごめん。 幸せそうにぐっすり寝てたから……」

 申し訳なさそうに目の前に立っている新奈。
 
 「いや、別に怒るとかはないからいつも通りにしててよ」

 その瞬間、いつもの明るい表情へと切り替わる。 こいつはもしや、そもそも申し訳ないと思ってすらいなかったのではなかろうか。 
 そう思っても不思議ではないくらいの切り替わり方だ。

 「お兄ちゃん、そろそろ降りよ?」

 笑顔で語りかけてくる我が妹。
 いつか、学校で僕が妹思いだと広まった。 そのとき、空見華月にはシスコンとか言われたが、この笑顔を見れるのならシスコンでもなんでもいい気がしてきた。

 「なあ、お前って可愛いよな」

 ふと口にした言葉。 
 それに過剰に反応する新奈。

 「ななな、何言ってるのよお兄ちゃん! 正直気持ち悪い……」

 すごく顔を赤らめ、あたふたしている新奈。 面白い。

 「なにキョドってんだよ気持ち悪い。 冗談に決まってるだろ」

 笑顔はとても可愛い。 まあ、それは兄視点の感想だ。 
 やはり妹はいじるに限る。

 「お兄ちゃん……覚えてろよ」

 新奈が言ったとは思えないような低いトーン、そして攻撃的な口調。 ちょっと怖い。
 僕の恐怖で少し引きつった表情を見て、新奈は僕の部屋を出ていった。
 そして、僕も朝ご飯を食べるために部屋を出た。

 『出たな、ジョッカー! 俺が駆逐してやる! 変身!』

 テレビから流れてくる子供向け番組の音声。
 僕も昔は、日曜の朝早起きして立て続けに放送させるヒーロー番組に熱中していた。
 それも今や、たまに付けては暇つぶしにぼーっと流しみるだけのものになっていた。
 それは成長なのだろうか。
 
 「アラタくん、今日はなんか難しい顔してるわね。 何かあったの?」

 母さんがそう問うてきた。

 「別に何もないけど。 あ、そう言えば昨日お風呂にも入ってないや。 母さん、シャワー使っていい?」

 「シャワーだけでいいの?」

 「うん」

 「ならいつでもいいわよ」

 母の了承を得た僕は、朝ご飯を食べ終えると真っ先に風呂場に向かった。
 昨日は清掃ボランティアで結構汗をかいた。 にも関わらず、お風呂に入らずに寝落ちとは僕はある意味勇者なのではないだろうか。

 「お兄ちゃん、そろそろ出た方がいいんじゃない?」

 体を洗っている途中、突然新奈が風呂場の外から声をかけてきた。

 「ん? 新奈もシャワー使いたいのか?」

 使いたいならそう言えばいいのに、何故かすごく回りくどい言い方である。

 「私は使わないよ。 でも、早くでないとほんとに間に合わないよ」

 間に合わないと言われても、別に時間に制約がある訳でもなし、何か用事がある訳でもなし。 一体全体、新奈は何を言っているのだろうか。

 「新奈、何のことかよく分からないんだけど」

 「…………」

 返事がない。

 「新奈?」

 「…………」

 どうやらもう、風呂場の外にはいないようだ。
 それにしても、あいつは結局何を言いたかったのだろうか。 理解不能な言葉を残し、新奈は消えてしまった。
 僕は新奈の言動が理解できないまま、体を洗い終えた。
 浴槽にお湯は張っていないので、これ以上風呂場に留まるメリットは感じられなくなった。 僕は、体を拭くために、一旦風呂場の外に向かった。

 「ない……」

 目の前にはバスタオルとトランクスのみ。 出てから着る用に、服を上下持ってきていたはずなのだが、そこには衣服はトランクスだけ。
 この事件の犯人、考えられるのは新奈のみ。
 しかし、そう考えると、新奈は変態趣味なのではないだろうか。 この考えだと、あいつが僕の服を盗んでいったことになる。 兄の衣類を盗んで何をするのだろうか。
 
 「あ、そういうことか……」

 僕は、ふと思い出した今朝の記憶で、先程までの考えを改めた。
 今朝、新奈は覚えてろよと言った。 相当お怒りの様子だった。
 これはあいつの単なるイタズラで、困った僕を見てわらっているのだろう。 それに、これなら急かした理由も納得できる。 あれは、服を盗むカウントダウンのつもりだったのだろう。
 しかし、僕は服を取られても動じない。
 なぜなら我が家だから。 それに朝だし家には家族しかいない。 よって、パンツ一丁でも徘徊できる。 新奈は詰めが甘かったようだ。
 体を拭き終わった僕は服を着るために自室へと向かおうとした。 

 「おーーい、新奈詰めが甘いんだよー」
 
 僕は新奈に聞こえるように大きめの声で言った。

 「今なら許してやらんこともないから早く……」

 僕は新奈を挑発すべく、依然として大きめ声で、あくまでも上からの態度で言葉を発したその時だった。
 ちょうど廊下から玄関へと差し掛かったところで、僕は固まった。

 「キャーーー!!」
 
 そして響き渡る悲鳴。
 僕は咄嗟に体を物陰に隠した。

 「ど、どうしてお前達が!?」

 玄関にいたのは空見華月と和泉沙奈。 絶叫したのは和泉沙奈だ。 そして、してやったりと言った表情で2人を接待していたらしい新奈が僕の服を持ってこちらを見ている。 

 「どうしてって、あなたから企画したんじゃない。 今日、勉強会するんでしょ?」

 空見華月は至って冷静と言った感じで、淡々と会話を続ける。

 「僕が企画!? そんなのする訳ない」

 「はあ、これはどういうこと?」

 呆れたらしい空見華月は溜息混じりに、新奈に聞いた。

 「え? 私? ……ごめんなさい。 お兄ちゃんと喧嘩しちゃって、わるふざけだったんですよ」

 新奈は空見華月に謝ったようだ。
 悲鳴以来、和泉沙奈の声がしないのだが、大丈夫だろうが。

 「じゃあ、私たち帰るわよ」

 「あー! 勉強会のはほんとです。 お兄ちゃんが望んだわけじゃないですが、私からの頼みです。 よろしくお願いします」

 僕のテストはそこまで悪かっただろうか。

 「はぁ、わかった。 今日だけよ」

 何ともあっさりと了解してしまった。

 「おいおい! 僕の意見は無視かよ!」

 「キャーーー!!」

 つい、身を乗り出して言ってしまった。
 この日曜日、僕はどうなるのだろうか。
 何事も起こらず、終わってくれれば良いのだが。

 「では、私とお母さんとお父さんは野暮用があるので、今から家を開けます。 なので、ゆっくりお勉強してくださいね。 あと、くれぐれもお父さんに見つからないように入ってくださいね」

 そこまでするならもうお開きでいい気もする。
 
 「ってことでよろしくです!」

 「あ、おい! 服!」

 そう言い残し、その場を去ろうとする新奈。 
 服を持っている新奈を追いかけようとして飛び出した僕。 

 「キャーーー!!」

 それを見て悲鳴をあげる和泉沙奈。 
 
 「はぁ……」

 そして、そんな僕達を見て溜息を吐く空見華月。
 僕は思う。

 「今日は昨日より大変だろうな……」

 
 
 

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