君と僕と壊れた日常

天野カエル

宿題忘れのペナルティ ~真に始まる期末テスト3日目~ 後編

 「やっと終わった……」

 僕達は川の中腹地点で上流からスタートしたグループと合流した。 そして、合わさって出来た大グループで中腹地点を清掃した。
 現在時刻は午後3時半。 予定通りである。
 
 「こんなに疲れるなんて……。 来るなんて言わなきゃよかった」

 和泉沙奈は呟いた。 

 「そうだな。 正直来なくてよかったよ」

 和泉沙奈は別に、僕達のようにペナルティで強制参加した訳じゃない。 ただついてきただけである。

 「それって私が要らないってことですか?」

 和泉沙奈は明らかな怒気を含めて聞いてきた。 

 「あー、言い方が悪かったね。 わざわざテスト期間の休日を返上してまで僕達のペナルティの付き添いしなくても良かった、ってこと」

 「そう……ですか。 まあいいです。 でも、気をつけて発言しないと嫌われちゃいますよ。 ……私は好きですけど」

 そう言い残し、和泉沙奈は離れていった。
 以前に僕は和泉沙奈から告白されたので、彼女が僕に好意を抱いているのは知っている。 それでも、色恋沙汰を今まで経験してこなかった僕にはとても刺激的で、甘い思い出だ。 そんな僕にとってさっきのような不意打ちの「好き」は効果抜群である。 故に僕は何も返すことができず、ただただ背中を見ることしかできなかった。

 「あそこまでLOVEをアピールしてるのに、恵まれないわよね」

 「うわぁ! ……空見さん、いつからいたの?」

 気づけば背後に空見華月が立っていた。

 「やっと終わった……。 辺り」

 初めも初め。 というか、和泉沙奈と会話する前から聞いていたらしい。

 「なに? 盗み聞きが趣味なの?」

 「違うわよ、あなたと一緒にしないで。 私はあなたにジュースを持ってきただけ」

 サラッと空見華月は僕が変態趣味野郎みたいに言ったが、もちろんそんな事実はない。 僕はその後に続いたジュースの件を詳しく聞いた。

 「ジュース? 買ってくれたの? ありがとう。 何円だった?」

 「160円だと思うわ」

 だと思う。 とても奇妙な物言いである。 しかし、現物がここにあるので疑いはかけれない。
 僕は160円を渡し、ジュースを受け取った。

 「まあ、このジュースはさっきみんなに配られてたのなんだけどね。 あ、お金は頂いておくわ」

 「いや、返せよ」

 「パンナコッタ代よ。 あなたこのあとテストでしょ? 自分で買うから貰っておくわ」

 「はぁ……わかったよ」

 「皆さん、お疲れ様でした」

 気づけば、今日来た人全員が1箇所に集まっており、今朝の中年男性が今朝と同じように拡声器で喋っていた。

 「河川の清掃はとても大事なことです。 定期的に行うので、出来れば次回も参加してください。 今日はこれで解散とします。 ありがとうございました」

 拍手が起こり、中年男性は嬉しそうに笑顔を作っていた。 

 「次も来ようかな」

 「そうね、疲れはしたけどなんだかんだで楽しかったしやりがいもあったわよね」

 空見華月と意見が合った。 こんなことは何気に初めてではないだろうか。 
 
 「だよな! 良かった、同じように思っている人がいて嬉しいよ」

 「そのくらいで嬉しがらないでよ気持ち悪い」

 「イチャイチャするのはそのくらいにして、アラタ、学校行くから用意しろ〜」

 空見華月が辛辣なことを口にしたと思ったら今度は何を勘違いしたか変なことを言いながらりっちゃんが来た。 しかも、すぐに背中を向けて歩き出したので、誤解を解く暇もなかった。 なんだろう、付いてこいということだろうか。

 「ん? ほら、車出してやるから早く来いよ」

 やはり付いてこいということらしい。

 「ってことで空見さん、またね。 和泉さんにもよろしく言っておいて」

 「ええ、なんの気兼ねもなく赤点とってきてね」

 「……」

 テストを受ける前からとても酷いことを言われたが、僕は聞こえなかったように装い、りっちゃんの元へと向かった。
 
 「うわぁ、ハリアーじゃないすか。 先生、かっこいいですね」

 りっちゃんを追いかけ、たどり着いた先は駐車場。 そこには手入れの行き届いたハリアーが置かれてあった。
 
 「お、アラタ、いい感想だぞ。 これで私の採点ミスで何点か上がるかもしれなくなったぞ、良かったな」
 
 「え? ほんとですか? って、先生は古典の採点じゃないですか……」

 「ん? あー、そうだったな。 アハハ」

 うちの学校では、現代文教師と古典教師が合同でテスト制作から採点をしている。 テストによって採点教師は変わり、今回は古典をりっちゃんが、現代文を他教師がやっている。

 「変な期待させないでくださいよ」

 「まあ、そう言うな。 愛車を褒められて嬉しかったんだよ。 大目に見てくれ」

 「わかりました。 それにしても、ハリアーって高級車じゃないですか、先生まだアラサーですよね? すごいですよ」

 これ以上褒めても何も得られなさそうだ。 しかし、目の前にある高級車、そしてそれを乗り回す先生。 僕は感動したのだ。 それを言葉にしないわけにはいかなかった。

 「まだってなんだまだって。 今年で30だ! それに、なんだ? 暗に独身をバカにしてるのか?」

 うーーん、僕としては普通に褒めたつもりなのに変な解釈をされてしまった。

 「誤解ですよ。 ほんと先生すごいです。 あと、清掃場所移動するたびに駐車場移動してたと思うと、もうほんとすごいです」

 「……最後のはいらなかったが、まあありがとな」

 こうして誤解が解け、僕達は学校へと向かった。 
 途中、先生の車自慢を聞かされたが尺の関係で割愛しようと思う。

 「教室の鍵開けて座って待ってろ、筆記用具とテスト持ってくるから」

 学校についてすぐ、そう言われた僕はなんの疑いもなくその指示に従った。

 「制服以外でテスト受けるなんてなんか新鮮だ」

 一人教室にいる僕はふとそんなことを呟いた。 あまり大きな声ではなかったが、一人しかいないのでとてもよく響いた。

 「お待たせ。 はいこれ筆記用具」

 渡されたのはシャーペン2本と替えの芯、そして消しゴム2つ。
 清掃しかないと思っていた僕は制服はもちろん、筆記用具も勉強道具も何も持ってきていなかった。

 「カンニングするものがないから心配いらないと思うが、一応試験官としてここにいるからな」

 そもそもカンニングとか考えてもいなかったので居ようが居まいが関係ないが、誰かに監視されている方が、テストなどは捗る気がする。 僕だけかもしれないけど。

 「もう始めようと思うが、いいか?」

 「はい、いつでも大丈夫ですよ」

 「では、始め!」

 合図が聞こえ、僕はテストを解き始める。
 3日目の強化は現代文と現代社会。 なんとも微妙な組み合わせだ。 と言っても、そもそもテスト勉強を全くしてない僕にとっては関係の無いことだ。
 そうして、僕は全く分からないテストを、僕とりっちゃんしかいない教室で、解いたのだ。 
 厳密に言うなら、解いたのではなく空欄を埋めただけなのだが。
 何はともあれこれで終わった。

 「お疲れ様。 ……もう6時か、よし、家まで乗せてってやる」

 今日のりっちゃんはなんだか機嫌がいい気がする。 
 
 「歩きでもそんなにかからないんですけど、いいんですか?」

 「遠慮するな、朝のパンナコッタと車を褒めてくれたお礼だから」

 「じゃあ、お言葉に甘えて。 よろしくお願いします」

 僕達は教室をあとにし、再び先生のハリアーの元へと向かった。
 車が進み出してすぐに、先生が突拍子もない質問をしてきた。

 「それで、お前はどっちと付き合ってるんだ?」

 「は?」

 突然過ぎて、聞き返し方が荒くなった。

 「だから、華月ちゃんと1年の和泉、どっちとつきあってるのかって」

 「いやいや、どっちとも付き合ってませんよ。 ちなみに彼女いない歴=年齢ですから」

 「そうなのか? てっきり付き合ってると思ってた」

 一体この人はどこをどう見てそう判断したのだろうか。

 「うーーん、じゃあお前はまだ答えを出せてないんだな?」

 「答えってなんですか?」

 またもや、変なことを言い出すりっちゃん。

 「フフ、わからんならいいよ。 いつかわかる」

 ほんとにわけが分からない。

 「先生は何を知ってるんですか?」

 「結構色々なこと知ってるぞ。 その理由は私の祖父かな?」

 「お祖父さん?」

 「そう。 アラタには公園の管理人のおじいさん、の方が馴染み深いかな?」

 「え!? マジっすか」

 「あー、マジだ」
 
 車に乗ってからというもの、今日1日の疲れで少し眠くなったが、りっちゃんから告げられた意外な事実のせいですっかり覚めてしまった。

 「私の祖父はそれはまあ、お前らを気にかけてた。 というのも、お前らがどうなるのか楽しみだったらしい。 あの人は昼ドラとか好きだったから楽しみで仕方なかったんだろうな」

 「昼ドラと僕達がどう関係するのか分からないんですけど、そうだったんですね。 あの時のおじいさんが」

 「見届ける前に逝ってしまったのが残念だけど、私がきちんと引き継いだからな、今後が楽しみだ」

 そう言うりっちゃんはとても楽しそうだ。

 「アラタ、お前は近い将来壁にぶち当たるだろう。 今がそうかも知れんが。 きちんと向き合って決断しろよ」

 向き合う。 ああ、先生は本当に何もかも知っていて、分かっているんだ。
 テスト1日目に少し過去について話して以来、空見華月とその話題では話していない。 思わぬ所にいた過去を知る者。 これは期待できるのではないだろうか。

 「わかりました。 それで、昔の僕達について色々教えて欲しいんですけど」

 「ん? 教えてやってもいいが、祖父から聞いたことしか分からないぞ」

 「それで構いません」

 「そうか。 ……おっと、着いたようだな。 すまないがまた今度な」

 気づけば、家の前まで来ていた。
 家から学校までは歩いて10分ほど。 車だとほんとすぐだ。

 「わかりました。 では、またお願いしますね。 今日はありがとうございました」

 「月曜のテストは昨日みたいに休むなよ」

 「はい」

 僕の返事を聞くと、りっちゃんは車を発進させた。 僕はそれを確認し、家に入る。
 思えば、丸々半日家の外で活動していた。

 「あ、お兄ちゃんおかえりー」

 「ただいま」

 「なんか疲れてるね。 ご飯できるまでゆっくりしておいでよ。 私呼んであげるから」

 「そうか、じゃあお願いする」

 「はーい」

 僕は新奈に頼み、自室へと向かった。
 僕はベッドに崩れるようにして横になった。
 すると、すぐに眠気に襲われ眠ってしまった。
 疲れが酷かったせいか、夢もみなかった。
 そして、起きた時には既に朝だった。
 

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