君と僕と壊れた日常

天野カエル

期末テスト3日目 午前の部 学校を去った者はズル休みを抱えて僕の前に現れる

 今日は金曜日。
 テストは今日を入れて残り三日。 ちょうど折り返し地点である。
 普段の僕なら「残りのテストもがんばるぞい」といった感じで張り切るのだろう。 普段なら。
 僕は今回の期末テストは一切勉強していない。 今までも似たような感じだったが、今回は今までと比較にならないくらい勉強をしていない。
 やる気が出ないのは勉強していないからなのか。
 それもあるだろう。 しかし大部分を占める理由はそれではない。
 では、その理由とは何か。
 それは……。

 ピーンポーン

 現在時刻は午前7時55分。
 寝坊した昨日と同じ時刻に鳴ったインターホン。
 訪ねてきたのは空見華月と和泉沙奈だろう。
 僕は少しよろめきながら玄関へと向かう。

 ガチャ

 「あ! おはようございます! 今日も寝坊ですか?」

 朝だというのにやたらとテンションの高い和泉沙奈がそこに居た。

 「沙奈ちゃん無駄よ、昨日犯した過ちをまた繰り返すなんてバカよ。 バカに何を言っても理解できないわ」

 昨日のは本当に申し訳なく思っているのだが、今日のは理由があるのだ。
 僕は理解してもらうために、話すことにした。

 「今日は休むことにしたんだ。 熱があって……」

 「何言ってるのよ、テストなんだから微熱くらいで休んでいいはずないでしょ」

 「38度5分……」

 微熱くらいなら流石にテストを受けに行っている。 しかしながら、ここまで来ると、まともに頭も働かない。

 「え、先輩大丈夫なんですか?」

 「大丈夫じゃないから休むんだよ」

 そう聞かされ、和泉沙奈は暗い顔をした。
 どうやら和泉沙奈は本当に心配してくれているようだ。 
 
 「伝染したら悪いし、そろそろ行けよ。 学校には後で連絡すふから余計な心配はいらないし」

 僕は2人に学校へ行くように促した。
 
 「そう……じゃあ沙奈ちゃん、行くわよ」

 「へ? あ、はい! それではお大事に!」

 僕は2人が見えなくなってから家に入った。
 
 「はぁ……」

 僕は崩れるように玄関に座り込んだ。
 
 「これで良かったのかな……」

 「本当にごめんなさい。 こんなことにするつもりじゃ無かったんだけど……」

 目の前には泣きそうになる同世代の少女がいた。

 「それより、なんで来たの」

 「え、あの、さっきも言ったんだけど」

 「いや、意味わからないし」

 「ご、ごめんなさい! もう1回説明します……」

 目の前の少女はまた泣きそうになった。
 
 「あれからずっと考えてて……。 でも、どうすればいいか分からなくてずっと引きこもってたの……」

 そこで言葉を切ると、彼女は本当に泣き出した。

 「ゔぅ……それで、それでね、ママが、ママがね……」

 一向に話が進まない。

 「一旦落ち着け。 何言ってるかわからない」

 「う、ゔー、ごめんなさい」
 
 「学校に連絡入れてくるからそれまでに落ち着いとけ」

 僕はそう言い、電話機があるリビングへと向かっていった。
 僕が通っている高校の番号を入力すると同時に、体調悪いと装うための声をつくる。

 「おはようございます……駿河アラタと申します。 榊律先生に代わっていただけますか? あ、はい、そうです。 すいません、よろしくお願いします。 それでは失礼します」

 電話相手の学校事務の人は物分りのいい方で、しかも、その方から直接りっちゃんに言伝をしてくれるとまで言ってくれた。
 これでひとまず解決だ。

 「で、落ち着いた?」

 僕は少女の元へと戻って言った。
 ちなみにこの少女は川島。 いつの日か、新奈を敵対視した挙句に問題を起こして自主退学した元クラスメイトである。

 「うん……ありがとう」

 そういう彼女はまだ涙目で、息も荒かったが、先程のように取り乱してはいなかった。

 「じゃあ、話すね……。 あれから私、ずっと引きこもってたの。 すぐにでも謝ればよかったんだけど、あんなことしてしまったしどうすればいいかわかなくて……」

 あれというのは川島が自主退学した際のことだろう。
 自主退学にまで追い込まれたのだ。
 容易には立ち直れないだろう。

 「それで昨日ママが、私に謝るまで帰ってくるなって言って私を閉め出したの……。 それが昨日の夜の10時くらいでね、ずっと待ってたんだけど、私が気づいた時にはもう妹さんとご両親は出かけてて……うぅ」

 川島はまた泣き出した。
 家の外で夜明けを待っていたのに、対象を逃してしまった彼女はなんというか、とても可哀想である。

 「まあ、今日は両親とも仕事で朝早かったし、新奈も用事で早かったししょうがないよ」

 慰めるものの、川島はどんどん目に涙をうかべていっている。

 「それに、大事なテストなのに、私なんかのために休ませてしまって……」

 それはそうだ。
 朝、川島を発見した時、川島は僕を見るなり泣き出した。
 どうしたらいいか分からず、家にあげ、収拾がつかず、休むことになってしまった。
 川島曰く、うちの学校ではテストを休めば、後日にテストが行われるそうだ。 ひとまず安心なのだが、一応今日のこれもズル休みという類なのだろう。 熱と偽りクラスメイト、後輩、そして担任を騙したのだ。 罪悪感がすごい。
 今更どうしようもないので、僕はバレないよう祈ることにした。

 「それにしても、よく家の場所分かったな」

 「え? 覚えて、ない? 私何度か来たことあるけど……」

 涙目の彼女は、うるうるした瞳のまま、驚くべきことを口にした。

 「は? そんなはずないだろ」

 「やっぱり覚えてないんだね……」

 川島は少し落胆した。

 「私苗字変わったの。 前は武智だったの。 中学のときに親が再婚してそれからはずっと川島綾」

 綾、武智綾。 
 覚えている。
 小学校時代の海斗の取り巻きの1人だ。
 そしてなぜか、海斗と僕が僕の家で遊ぶ時、度々付いてきた変なやつだ。

 「あー、あいつがお前か。 忘れてた」

 「だと思った……。 カッとなってて記憶が曖昧だけど、お前誰だよみたいなこと言われたからもしかしてって思ってたんだけど」

 気づけば、川島の目に涙はもうなかった。 言葉にも落ち着き感じ取れる。

 「その節はほんとすまん。 忘れてた」

 忘れてた。 大事な事なので2回言った。

 「いいよいいよ、私も色々言っちゃったし」

 「ならいいや。 ……あれ? でもそれならなんで新奈のこと知らなかったんだ?」

 小学校時代は3人でよく遊んでいたので、高確率で新奈と遭遇したはずだ。 なのになぜ。

 「放課後にね、海斗くんに付いて行ってたんだけどね、いつもこの家の玄関まで来たらなんで居るの? って駿河くんに言われて追い返されてたから……」

 「え、あ、ごめん」

 「いいのいいの、勝手に付いて行ってた私が悪いんだし」

 彼女は懐かしむような微笑みでそう答えた。

 「なんか謝りに来たのに謝られてばっかりだ……」

 「まあ、そう悲観するな。 僕は大丈夫だから。 テストだし、昼前には帰ってくるからその時で大丈夫だろ。 それまでゆっくりしていけばいいよ」

 「うん……ありがとう」

 こうして僕は学校を休み、川島綾と二人、新奈が帰ってくるまでの約4時間を、会話をして過ごしたのだった。

 
 

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