君と僕と壊れた日常

天野カエル

壊れればまた始まる。 始まればまた壊れる。 そうして僕たちは… 後編

 「あ、お兄ちゃん! 早く来て」

 新奈に呼ばれ、僕は新奈の方へ向かった。
 新奈の周りには海斗と和泉沙奈、そして不機嫌そうに席に座っている空見華月がいる。
 空見華月の反応は多分正しい。
 昨日あんなことがあったのに、いつもの調子で猫は被れないだろう。

 「なに?」

 なぜここに集まっているのか、僕は全く分からないので新奈に問いかけた。

 「何って昨日言ったじゃん」

 「え? 昨日……」

 昨日何か言われていたとしても、夜のことが印象的過ぎて覚えていない。 
 
 「ほら、報告があるってやつ」

 「あー!」

 そう言えばそんなことを言われた気がする。
 昼休みに報告があるからちゃんと居てね、忘れないでね。 そう言われたと思う。

 「すまん、忘れてたわ」

 「別にいいけど」

 新奈は許してくれた。
 もともとそれほど起こっていなかったのだろう。
 何はともあれ僕は今ここにいる。 結果としては大丈夫だ。

 「それじゃ、薄々気づいているだろうけど報告するね」

 「付き合うのでしょ?」

 「…………」

 不機嫌そうな様子は全く変えずに空見華月が入ってきた。
 新奈が少し固まってしまった。

 「まあ、そうですけど……」

 さすがの新奈も不愉快といった反応だ。

 「だそうよ。 はい、解散ね」

 「え、ちょっと待って! ちょっと……」

 そう言いながら空見華月は新奈の背中を廊下まで押していった。
 一同絶賛困惑中である。

 「終わった終わった」

 空見華月が戻ってきた。
 その後ろを足音を立てないようにしてゆっくりと新奈がついて来ている。

 「バレてるわよ」

 「ひゃっ!?」

 空見華月は言いながら振り向いた。
 彼女がどんな表情で振り向いたかは見えなかったが、新奈が怯えるほどには怖い顔をしていたみたいだ。
 新奈はうなだれて廊下へ戻っていった。

 「空見さん、流石にやりすぎだよ。 後でちゃんと新奈ちゃんに謝ってよ?」

 海斗は空見華月に謝罪するよう言った。

 「謝る? 私が? 謝られてないのに?」

 「そ、それは……」

 海斗が押し負けた。
 6月下旬で気温が上がっているからか、それとも空見華月のせいか。 海斗は汗をかいていた。 そして昨日のことで不満を顕にされ、平静さを欠いているように思える。

 「海斗、新奈を見てきてくれないか? あと、これから宜しくな」

 「うん……」

 海斗は廊下にいるであろう新奈の元へと向かっていった。
 うまい具合に収めることができたと思う。
 海斗や新奈は納得いってないと思うが仕方あるまい。

 「空見さん、猫被らなくなったな」

 「あなたと、関係者に良くする必要ないでしょう。 蒼井くんに関しては協力してくれると思っていたのに……」

 「協力?」

 「何でもないわ」

 協力が何のことかは分からないが、多分過去のことに関してだろう。
 
 「それにしても、先輩たちって仲良いですよね」

 突然、和泉沙奈が口を開いた。
 ずっと黙っていたので存在を忘れていた。

 「先輩たち? 海斗と新奈のこと?」

 「いえいえ、アラタ先輩と華月先輩のことですよ。 私妬いちゃいました」

 この後輩は何馬鹿げたことを言っているのだろうか。
 そんなことを口走ろうものなら華月先輩とやらが何か不穏なことを言い出すに違いない。
 和泉沙奈の人生はここで終わりである。

 「ねえ、沙奈ちゃん? どこをどう見ればそうなるのかな?」

 始まった。 
 空見華月は使用している言葉こそ優しいものだが、声はとても高圧的で、笑顔なのに何故か背筋が凍るような表情をしている。 要するに、とても怖い。

 「だって華月先輩、アラタ先輩と話してる時楽しそうじゃないですか。 それにアラタ先輩にだけ最初からそんな感じだったってことはずっとアラタ先輩にだけ素を見せてたってことじゃないですかー。 アラタ先輩も満更じゃない様子ですし」

 和泉沙奈は空見華月の威圧に怯みもせずに理由を述べた。
 僕からも言わせてほしい。 
 どこをどう見ればそうなるのかと。
 和泉沙奈は僕達の気持ちはつゆ知らず、言葉を続けた。

 「まるで昔会ったことがあるみたいですよ」

 「僕とこいつは会ったことないらしい。 僕の昔の記憶は曖昧だから分からないけど、空見さんに言われたから多分正しい。 そうだったよね?」

 「へ? え、えぇ……」

 空見華月は話を聞いていなかったのか素っ頓狂な声を発したが、一応合っているようだ。

 「ハルカちゃんとは会ってたからもしかしてと思ったんだけどなぁ……違ったみたいですね」

 ハルカ、空見華月の双子の姉にして僕の夢に度々出てくる黒髪の少女である。 そして、彼女は7年前にトラックに引かれて亡くなっている。

 「お姉ちゃ……ハルカは私と違って元気だったから。 私は昔は体が弱くて外に出てなかったし」

 「今でも体調すぐ壊すだろ」

 「うるさいわね」

 睨まれた。 怖い。
 和泉沙奈相手みたいな圧のかけ方も嫌だが、ストレートに来るのも嫌だ。

 「その話は一旦置いておいて、沙奈ちゃんはなんでここに来たの?」

 そう言われればそうだ。
 新奈と海斗の報告の付き添いかと思っていたが、全く会話に入ってこなかったしそもそも付き添う必要もないように思う。 
 では、何故だろうか。
 答えはとても単純だった。

 「あ、忘れてました! アラタ先輩とお昼食べようと思って来たんでした!」

 僕が言うのもなんだが、この後輩は僕のことが好きすぎないだろうか。 これにはちょっとときめきそうだった。
 一旦、平静を保って和泉沙奈を説得する。

 「和泉さん、一応忠告しとくね。 昼休みに先輩後輩で食べてる人あまりいないし、それにクラスの仲いい子とかと食べた方がいいよ、うん」

 「え? なんでですか?」

 和泉沙奈は本当に分かっていない様子だ。
 ここは僕がきちんと言っておくべきだ。

 「えーっと、あれだあれ。 交友関係とか」

 言えませんでした。

 「お昼を一緒に食べるのが蒼井くんしかいない、いなければぼっち飯のあなたには分からないでしょ」

 「うっ……」

  空見華月が毒づいた。 
 
 「大丈夫ですよ。 私は先輩と食べたいので周りがどうであれ私は来ますよ」

 この後輩は僕の心を本気で射止めようとしているみたいだ。 今度のはとても危ういところだった。

 「まあいいわ、もう時間もないしさっさと食べちゃいましょう」

 空見華月がそう言い、お昼ご飯を食べ始めた。
 気づけば、何故か空見華月も含めて3人仲良く食べていた。

 「ありがとうございました! 下校するときにまた来るので待っててくださいね! ではでは」

 食べ終わると、和泉沙奈はそう言い残して帰っていった。

「あ」

 僕は和泉沙奈が帰ってから気づいた。
 そう言えば今日は居残りだと。

 「まあいいか」

 来たときに言おうと考え、僕は呟いた。
 空見華月はそれを怪訝そうな顔で見ていた。




 キーンコーンカーンコーン

 最後の授業が終わり、放課後が始まった。
 
 「せんぱーい!」

 和泉沙奈が走ってきた。 執念がすごい。

 「待っててくれてありがとうございます」

 笑顔でそう言う和泉沙奈に、僕は少し悪い気がしたが真実を告げた。

 「実はこのあと居残りなんだ。 先帰っててくれ」

 「待ちますよ」

 「へ? いや、遅くなるかもしれないから……」

 「いえ、待ちます!」

 和泉沙奈は引き下がらない。
 
 「イチャイチャしないで気持ち悪い」
 
 空見華月が毒づいた。
 イチャイチャはしてないのだが……。

 「華月先輩も居残りですか?」

 「そうよ。 ごめんね、二人きりになれなかったわね」
 
 「い、いや、そんなことは……」

 途端に和泉沙奈の顔が赤くなった。
 こういうウブな反応はとても可愛いと思う。
 僕の周りの女子というものは妹か毒舌女しかいないのでとても新鮮だ。
 
 「今日の朝ぶりだなー。 ってお前らだけか」

 りっちゃんが教室に入ってきた。
 
 「変なのもいるがまあいいや。 残ってもらったのは他でもない。 宿題忘れたペナルティだ」

 ペナルティ、一体りっちゃんは僕達にどんなバツを与えるのだろうか。 ていうか、サラッと和泉沙奈を変なのとか言ったが教師として大丈夫なのだろうか。

 「これを見てくれ」

 りっちゃんは1枚のプリントを見せた。
 
 「河川敷の清掃のボランティア……ですか」

 「ペナルティでボランティアというのは多少問題ありだが、仕方ない。 来週の土曜日なのだが参加者が足りないらしくてな。 行ってくれるよな?」

 それで宿題忘れの件が許されるなら行かない理由はないだろう。

 「僕はそれでいいですよ」

 「私も構わないです」

 空見華月も承諾した。

 「私も行きたいです」

 「分かった。 ではこの3人で参加登録しておくぞ。 では解散、テスト勉強しっかりな」

 そう言ってりっちゃんは教室を出ていった。

 「あなたまで来る必要はないのだけれど」

 空見華月がもっともなことを言った。

 「いえいえ、行きますよ。 なにせ"過去を明らかにしようの会"最初の活動ですからね」

 「は?」

 僕には和泉沙奈が何を言っているか理解出来なかった。
 それは空見華月も同じようで、変なものを見る目で見ていた。

 「名前の通りですよ。 過去を明らかにしようの会。 新奈たちには屈しないぞっていう集まりです!」

 そう言われても全く分からない。
 そんな変な会に入った記憶もない。
 世界は謎に満ち溢れている、そう感じた。

 「まあいいわ、帰りましょう」

 空見華月がそう言い、僕達は教室をあとにした。


 下校中、気づけば何故か空見華月も含めて3人で仲良く帰っていた。
 この先もこの3人は何かと一緒になることが多そうだが、案外面白そうだと感じる僕であった。
 

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