君と僕と壊れた日常

天野カエル

予期せぬ出会いに疑問はつきもの

 和泉沙奈、彼女は一体何者なのだろうか。
 出で立ちからは後輩、つまり新奈と同じ一年生だと思われる。
 そして新奈は言った。 和泉沙奈とは昔一緒に遊んでいたと。 しかし記憶には存在していない。
 僕には何も分からなかった。 僕ははっきりさせるために質問をすることにした。

 「質問いいかな?」

 「どうぞ!」

 彼女はとても明るく、見るからに屈託のない無邪気な笑顔でとても元気に返答した。

 「うん、じゃあ一つ目ね。 何の用でここに来たの?」

 聞いてから気づいた。 この聞き方だと敵意丸出しな気がする。 和泉沙奈という人物を不審に思っているのは確かだが、もう少し言い方というものがあったかもしれない。

 「そうですね……。 強いて言うなら先輩に会いに来ました」

 「それはこれまでのやり取りでなんとなくわかるんだけど、なんでわざわざ?」

 僕に会いに来る理由。 それは何だろうか。 いくら昔に接点があったとしても、僕は未だに思い出せないでいる。 関係があってもその程度のものだったのだろう。 
 考えても僕にはさっぱり分からない。

 「私が、代わりに、教えて、あげるわ」

 新奈と自己紹介しあって以来会話に参加していなかった空見華月が入ってきた。
 どうやら昼食を食べているらしい。

 「飲み込んでから話せよ……」

 「しょうがないじゃない。 こんな展開、誰も予期してなかったし」

 こんな展開とはどんな展開だろう。 新奈も僕もキョトンとしている。 和泉沙奈は何を言われるか分からない様子で、少し警戒しているみたいだ。

 「それにしてもあなたライトノベルの主人公でも目指してるの? 鈍感気取らないで、気持ち悪いわ」

 空見華月は本当に気持ち悪そうに僕を見て言った。
 正直とてもショックである。

 「別に鈍感とかじゃなくて……」

 「お兄ちゃん、空見さんっていつもこんな感じなの?」

 言い逃れを考えていたら新奈がそう聞いてきた。
 先程新奈と話していたときとだいぶ違うから混乱したのだろう。

 「そうだな。 僕といるときは大体こんな感じ。 他ではいい子ちゃんぶってる」

 「聞こえてるのだけど……。 新奈ちゃん、惑わられちゃダメよ」

 さて、惑わしているのはどちらだろうか。
 空見華月は魔性の女だ。 僕はそう確信した。

 「あのー、空見先輩? はアラタ先輩とはど、どんな関係なんですか?」

 和泉沙奈が空見華月に尋ねた。
 果たして僕と空見華月はどんな関係なのだろうか。 空見華月に注目が集まる。

 「うーーん……。 因縁の相手、と言ったらいいのかな」

 因縁。 何がどう因縁になっているのだろうか。
 空見華月とはせいぜい三週間くらいしか付き合いがない。 それなのに因縁とは。 
 問の答えが返ってきても和泉沙奈はキョトンとしている。 新奈はというと、少し難しい顔をしていた。 和泉沙奈の反応はわからなくもないが、新奈はどういう心境でその反応をしているのかさっぱり分からない。

 「安心して、和泉さんの思っているような関係ではないわ。 そうね、あなたの敵になることは多分ないでしょう」

 空見華月は笑顔でそう言った。 僕には何のことかわからない。 しかし、和泉沙奈には伝わったらしい。 顔を赤くしている。

 「き、今日のところは失礼します。 アラタ先輩、また話しましょうね!」

 そう言うと和泉沙奈は足早に帰っていった。

 「行っちゃった……。 じゃあ私も行くね。 お兄ちゃんバイバイ。 空見さんも、ありがとうございました!」

 新奈は和泉沙奈を追いかけるようにして教室を去った。

 「なんか疲れたな」

 「そうね、すごく楽しかったけど終わるとあれね」

 空見華月と波長があった。 これはもしかしたら空見華月は体調を崩して……

 「あなた今私の体調がどうとか考えてたでしょう」

 「人の心読むのやめてくれ」

 まさかここまでドンピシャで当ててくるなんて。
 空見華月はとても恐ろしい人物である。
 人の心を読むことに長けているこいつだ。 きっと先程の和泉沙奈とのやり取りでも心を読んだのだろう。

 「なあ、結局和泉さんは何が言いたかったんだ?」

 彼女が顔を赤らめた理由、そして足早に帰っていった理由。 僕には全く理解出来ていない。

 「いづれ分かる時が来るわよ。 それよりあなた最低ね。 人のことを忘れるというのは人としてダメだと思うわ」

 空見華月は普段から僕に毒を吐く。 その毒に納得することはあまり無い。 しかし、今回のは彼女の通りである。 反省すべき点だ。
 見るからに天真爛漫な明るくて無邪気な黒髪の少女。
 僕はこんな人物と昔知り合ったことがあるのか。
 そこまで考えた時、僕の脳裏をある事柄が横切った。
 夢である。
 夢は大体少女とのやり取りばかりだ。 
 その少女は黒髪で遊んでいる時はとても明るく、無邪気そうだったように思う。 遊んでいる最中の声は聞こえなかったが、とても楽しそうだった。
 明るい、無邪気、黒髪?

 「あ! 分かった!」

 僕は理解した。 
 夢に出てくる少女の正体。
 和泉沙奈という人物。
 それは同じ人。
 これならば説明出来るかもしれない。 唯一の謎はトラック事故だが、これは奇跡的に生還ということだろうか。

 「なに?」

 そう聞いてきた空見華月に僕は興奮気味に言った。

 「和泉沙奈、和泉さんが夢の少女の正体なんだよ!」

 「それは有り得ない、絶対に有り得ない」

 即答だった。 
 有り得ない、まるで過去を知っているかのような。
 そして、その事に絶対の自信があるかのような発言。

 「えっと、なんで?」

 「あ! 何でもない! 忘れて」

 どうしたのだろうか。 空見華月はとても慌てているように思う。
 
 「いや、でも……」

 「いいから!」

 「お、おう……」

 その後、空見華月は半ば強引に切り上げ、昼休みは終わっていった。
 

  キーンコーンカーンコーン

 午後の授業の始まりのチャイム。
 僕は今までとは打って変わって、授業に集中出来ていた。 空見華月には否定されたが、僕の中で夢に出てくる黒髪少女は既に和泉沙奈だと位置づけされていた。 それにより、ここ最近の悩みの種は解決した。



  キーンコーンカーンコーン

 授業に集中していると、時間の経過が早いようにかんじる。
 実際、気がついたら午後の授業はすべて終わっていた。 ここからは放課後。 各々が部活なり帰宅なりを始めようとしている。

 「午後の授業は集中出来ていた見たいね。 おかげで私もきちんと受けれたわ」

 「まあな、僕の中で悩みは解決したわけだし」

 「そう……。 まあ、このことに関してもいづれ分かる時が来るでしょうね」

 空見華月はそう言った。 彼女が僕の考えを即否定した理由、それはいつか僕にも理解できる日が来るのだろうか。 しかしながら僕の中では解決したのだ。 それが覆るまでは考えはこのままだろう。

 「それにしても、今日は面白かったわ。 あなたにわざわざ会いに来る物好きがいたなんて傑作よ」

 こいつは毒を吐いていないと生きていけないのだろうか。

 「面白かったかどうかは別として、物好きなのは確かかな」

 「これからはこんなこともあるかもしれないわね」

 「は?」

 僕は空見華月の言った意味がわからなかった。
 今日のように、誰かが僕を訪ねてくるということがこれからまだあると言うのだろうか。

 「気づいてないの? あなた、この学校では有名人よ」

 「いやいや、そんなことないって」

 僕が有名人。 そんなの絶対ありえない。

 「この前の川島さんの一件のあと、学校中に"シスコン"って広まったみたい」

 「……嘘だろ?」

 嘘であってほしい。 
 学校中に名が知れ渡るだけでも嫌なのに、それがシスコンとなると心が折れそうだ。 某川島さんみたいに自主退学に追い込まれるかもしれない。

 「嘘よ」

 「よかった……。 空見さん、あんた悪魔だよ」

 本当によかった。 
 いつか絶対、空見華月を地獄に落とす。 僕はそう決心した。

 「でも有名なのは事実よ。 "妹を守ったお兄ちゃん"ですって」

 「そ、そうか」

 シスコンよりは遥かにマシだが、知れ渡っているのは厄介である。

 「まあ、頑張ってね。 じゃあ」

 空見華月はそう言うと、教室の出口へと向かっていった。
 気づくと、僕の他に生徒はいなかった。 もう既に、部活に向かったか帰宅したのだろう。 思っていたよりもだいぶ空見華月と話していたみたいだ。
 
 「……帰るか」

 僕はそう呟き、カバンに手をかけた。






 「まあ、頑張ってね。 じゃあ」

 私はそう言うと、教室の出口へと向かった。

 「……帰るか」

 出る直前だったと思う。 駿河アラタはそう呟いた。
 私が教室を出るとすぐ、和泉沙奈とすれ違った。
 彼女はワクワクしているような、なのにどこか怖がっている表情をしていた。 まるでなにか大きなことをする直前のような。

 「アラタ先輩!」

 後ろでそう聞こえてきた。 
 私は何故だか無性に気になってしまい、足を止めていた。
 
 「あー、和泉さんか。 なに?」

 二人は教室の中にいるようだ。

 「えっとあの、一緒に帰ろうと思いまして……。 それとその前にひとつ聞いてほしいことがあるんですけどいい、ですか?」

 なんとなく予想はできる。
 告白だろう。 
 私はそういう経験がないから分からないが、昼休みの彼女を見れば、好意を抱いていることは明らかなので多分そういうことなのだろう。

 「どうぞ」

 駿河アラタはそう答えた。
 彼は予期しているのだろうか。
 もし告白なら、彼はなんと答えるのだろうか。
 私はその一部始終を聞き、何を思うのだろうか。

 (何考えてるんだろう、私)

 二人がどうなろうと私にはあまり関係はないのだ。
 何を気にしているのだろうか。

 「帰ろっか……」

 私は小声でそう呟くと、廊下を歩き出した。

 「私は、アラタ先輩が好きです! 付き合ってください!」

 後方でそう聞こえてきた。
 私は気にせず、いや、気にしまいと自分に言い聞かせながら靴箱へと向かった。
 和泉沙奈の告白から靴箱まで、聞こえてきたのは廊下を歩く私の足音だけだった。

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