君と僕と壊れた日常

天野カエル

動きだす気持ち 前編

 眠たい。
 ただただ眠たい。
 休日明けだと言うのに、とても眠たい。
 夜更かしをしたわけでもない。睡眠時間はいつも通り7時間。規則正しい生活を送れている。
 そんな私がなぜこのような状態か。理由は分かりきっている。
 土曜日、駿河アラタと遭遇して昔話をしてからというもの、眠るたびに過去の出来事が夢として現れる。
 楽しい夢もあれば、悲しい夢もある。
 全てほんとうに起こったことだ。それゆえに、起きたら現実に叩きつけられる。
 あー、夢か…と。
 今日は学校休んでしまおうか。ふとそんな考えが浮かぶ。
 多分この調子で学校に行っても集中なんて出来っこないだろう。
 私は学校を休むことにした。多分お母さんなら皆まで言わなくても分かってくれるだろう。
 そう思っていると、誰かが階段を登る足音が聞こえてきた。お父さんは既に仕事に行っているだろうし、お母さんだろう。
 
  トントントン

 「華月ちゃん起きてる?そろそろ起きないと遅刻するわよ」

 ノックに続いてお母さんはそう言った。
 
 「ごめんお母さん。今日ちょっと体調が悪いの。だから学校休んでいい?」

 私は休みたい旨を短くまとめて伝えた。
 すると「入るわよ」という声とともにドアが開いた。
 お母さんは心配そうな顔をして近づいてくる。

 「大丈夫?…じゃないから言ってるのよね。分かったわ、休みなさい」

 「ありがとう」

 さすがお母さんだ。私のことをきちんと理解してくれている。
 
 「あ、そうだ。今日は朝からいないからお昼作って置いておくから温めてから食べてね。夕方には帰ると思うから。じゃあ、安静にしてなさいよ」

 「わかった」

 私が短く返事をしたのを聞き、母は一階へ降りていった。
 もう一度眠りにつこうと思ったが、また夢に昔のことが出てきそうで怖い。
 かといって、他に何かすることもないしできる調子ではない。
 私は諦めて寝ることにした。





 
 朝の7時20分。
 今日の僕はいつもより家を出るのが30分早い。
 というのも、雨が振りそうなのである。
 6月、梅雨真っ只中の今の季節は雨が多い。最近はあまり雨が降ってなかった気がするのだが、梅雨前線はまだ現役のようだ。
 
 「ねえお兄ちゃん、雨が降りそうだからって別に私と同じ時間に家でなくても…はっ!まさかシスコン!?」

 そう、30分早く家を出るとなると妹の新奈と同じ時間になるのである。
 新奈はサッカー部のマネージャーだ。大会も近いので朝練が毎日のように行われている。そのため、ここ数週間は朝早い時間から投稿していた。

 「いや、別にそんなんじゃないよ。朝から濡れるの嫌だろ?それだけだよ」

 新奈のことは家族としてとても好きだ。しかし、別に特別扱いはしていないし、もちろん欲情もしていない。よってシスコンではないはずである。多分。

 「ふーん、つまんないの」

 ほんとうにつまらなさそうな新奈。
 この子は一体僕に何を求めていたのだろう。

 「まあ、せいぜい10分だし我慢してくれよ」

 我が家から僕達の通う学校までは歩いて10分ほど。
 学校では、自転車通学は学校から半径2キロ圏外に家がある人しか許可されておらず、僕はその半分の1キロ程なので歩いて登校している。
 小、中学校も同じ方向、大体同じ距離だったため通学路は歩き慣れたを通り越して歩き飽きたまである。
 なので登下校でつまらなくなるのも仕方の無いことかもしれない。
 正直僕もとてもつまらない。

 「あ!」

 つまらなさを感じていると近所迷惑レベルの声で新奈が叫んだ。

 「海斗くーん!」

 どうやら海斗を発見したらしい。僕らの幼馴染の蒼井海斗もまた、自転車通学ではなく歩いて通学している。
 家も近所なので出会うのはよくあることだと思う。
 それにしても新奈のこの喜びようは何だろうか。
 先程までのとてもつまらなさそうな顔が嘘のようだ。

 「二人とも、おはよう」

 爽やかさ全開で挨拶してくる海斗。
 正直、新奈に告白するよりその爽やかさを消した方が早いし楽だと思う。

 「おはよう」

  僕はこの場に溢れた爽やかさを中和すべくなるべくどんよりと言った。

 「お兄ちゃん!邪魔しないで!」

 ちょっと傷ついた。不穏な挨拶を送り込んでしまったのは謝ろうとは思うがここまでキレるものだろうか。
 乙女心?はわからない。

 「はいはい。じゃあ、僕は先に行くから。また後でな」

 そう言い残し、僕は足早に、一分一秒でも邪魔しないように進み出した。




 現在時刻7時35分。
 学校に到着したのは良いが、流石に早すぎたみたいだ。危惧していた雨もまだ降り出していない。
 当然僕の他に教室には生徒はいない。
 宿題はいつも前日には終わっているし、未読の小説は今のところないので読書の予定もない。
 もう机に突っ伏すしかない。
 正直こんなことなら雨でも我慢して登校した方が良かった。
 今日は職員の大事な会議とやらで午後の授業や部活は例外なく全てない。
 
 「ううぅーーー……」

 「アラタか?今日は早いじゃないか珍しい」

 机に突っ伏して唸っていると教室の出入口付近から声がした。
 少し顔の向きを変えてそちらへ視線を向けると、その先には榊りつ先生の姿があった。
 りっちゃんは右手に小さいジョウロを持っている。
 どうやら教室前方に飾られている観葉植物の水やりをするようだ。習慣なのだろう。
 りっちゃんはそのまま観葉植物の方へと向かい、水をやり始めた。

 「あ、そうだ!さっき連絡あったんだけど今日、華月ちゃん休みだから」

 僕に言っているのだろうか。教室には僕とりっちゃんだけだし、話し相手は僕なのだろう。
 別にその情報を貰っても何にも思わない。
 
 「そうですか…で、それがどうしたんですか?」

 考えても分からないので聞いてみた。

 「お前って結構薄情なんだな…」

 なんで哀れまれたのだろうか。世界は謎に包まれている。

 「まあいいや、アラタ、今日暇でしょ?放課後華月ちゃんの家行ってきてよ。家近いし」

 やはり世界は謎に包まれている。

 「なんで僕なんですか?仲のいい女子とかに頼めばいいじゃないですか」

 空見華月は最初こそ敬遠されがちだったが、接し方が酷いのは僕のときだけだとみんなすぐに気づき始め、溶け込んで行った。
 ピンポイントで嫌われている僕が空見華月の家に行こうものならそれはもう自殺同然ではないだろうか。

 「理由は単純、家近いから。ほんとご近所さんだよ。ほら、あの公園の近くよ」

 どうやらほんとにご近所さんのようだ。
 この前の土曜日にCDショップに行く途中に偶然会ったときは、僕の家の最寄りの駅から一駅離れたところから空見華月は乗ってきたのでその駅周辺かと思っていたが、違っていたらしい。
 家が近所だからといって、自殺に行こうとはならない。それなりの理由がなければ。

 (いや、理由あったら自殺すんのかよ…)

 久しぶりに自分にツッコミを入れ、要件をりっちゃんに問う。

 「行ったとして、何をしろっていうんですか?」

 「プリント渡してもらうだけだよ。修学旅行の大事なヤツ。提出が近日中だから届けなきゃって理由」

 修学旅行関係。ここで僕が引き受けず、空見華月が行けなかったら僕は永久戦犯である。

 「はぁ…わかりました。帰りに寄ることにします」

 そういうとりっちゃんはとても嬉しそうに返した。

 「そうかそうか!任せたぞ!」

 嬉しそうなりっちゃんは水やりを終えたらしく、鼻歌を歌いながら教室を出ていった。

 


 
 しばらく机に突っ伏していると、何やら話し声が聞こえてきた。生徒が登校してきたらしい。
 時刻は8時5分。未だに雨は降っていない。この時間帯は僕の投稿時刻だ。雨が降らないのなら早く家を出る必要はなかったが、もう遅い。
 登校してきた生徒の中に海斗がいた。なぜかすごくウキウキしているのが見て取れる。
 海斗はそのまま僕の方へ近づいてきた。

 「ねえアラタ、放課後3人でカラオケでも行かない?」

 遊びに誘われた。海斗がウキウキしていたのはこの為なのだろうか。しかし3人とは何だろうか。よく分からなかったので聞いてみた。

 「3人ってどういうこと?」

 「新奈ちゃんだよ新奈ちゃん。学校に来る途中でそういう話になったんだ」

 どうやら海斗は新奈と遊びに行けるということでウキウキしていたようだ。嬉しそうで何よりだ。

 「あー、僕邪魔じゃない?」

 僕を含め3人より想い人と二人っきりの方がいいのではと思い、僕は尋ねる。

 「むしろいてくれた方が助かるよ。二人っきりとか緊張しちゃう」

 こいつ朝二人で登校してたよな、と思ったが海斗の中では登校するのと遊ぶのとでは同じ二人っきりでも違うのだろう。知らんけど。

 「そうか、わかった。ちょっと用事があるから遅れるけどいいか?」

 放課後は空見華月の家に行かなければいけない。
 家が近所らしいので遊んだ後でもいいと思うが、僕のことだ。多分忘れてる。
 りっちゃんでも、空見華月でも、迷惑をかけることはしたくないので覚えている内に済ませておこうと決めた。

 「用事?うーーん、わかった。待ってるからね」

 「おう」

 キーンコーン……

 ちょうどそのとき、チャイムが鳴った。今日はたったの4限。昼前には終わる。

 つまり、

 「最高の1日だ」

 そう口に出してしまうほどに幸福であった。



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