君と僕と壊れた日常

天野カエル

勘違いの行く末

 (昨日は色々あったなぁ…)

 登校中、僕は昨日の出来事を振り返った。
 美人で優秀な転校生が来たと思ったら自己紹介しただけで、嫌いだの許さないだの言われたし、幼馴染の海斗には僕の妹、新菜のことが好きだと言われたし、昨日は何かと心が穏やかではなかった。
 それに加え、最近は変な夢ばかり見るせいで、あまり寝た気がしていない。
 今年もまだ6月。この調子で無事もなくやっていけるのだろうか。
 もしかしたらこの先、自分の人生にとって運命的な、劇的な何かが起こるのではないだろうか。

 「いや、ないな」

 今考えていたことを忘れ去るために声に出してツッコミを入れた。
 そうこうしていると学校についた。
 学校に着いてすぐに、僕はある違和感に気づいた。
 やけに静かなのだ。
 いつもなら何らかの部活の朝練の声が聞こえてきたり、登校し終えた生徒の声が聞こえてきたりするものなのだが、今日は全く聞こえてこない。
 生徒がいないわけではない。しかし、暗い顔をして下を向いている女子や、空を見上げてぼーっとしている女子ばかりしか見受けられない。

 (あれ?男女比どうした?)

 そんな日もあるだろうと考え、教室へと向かうことにした。
 教室には女子たちの暗い雰囲気にあてられ、つられて暗くなっている男子たちが集まっていた。
 どうやら男女比がおかしくなったわけではなかったらしい。
 しかし、この暗さはなんだろうか。
 そう疑問に思っていると、教室に空見華月が入ってきた。
 途端に、女子たちは嫉妬の眼差しを送りだした。
 男子たちはどうなるのか興味があるのか、好奇の眼差しを送っている。

 「えっと…何かあったの?」

 空見華月は問う。
 しかし、女子たち、男子たちは変わらず視線を送るばかり。
 空見華月の顔に焦りが見えてきた。
 一体彼女は転校早々なにをしでかしたのだろうか。

 「ねぇ、みんな。僕も何がどうなってるのか分からないんだけど」

 正直この状況で口を開けるなんてことは死んでもしたくない。
 しかし、せざるを得なかった。
 さっき言ったように、何がどうなっているのか分からない。それに、この空気をこれ以上続けたくなかった。
 
 「RAIN見てないの?昨日の放課後に空見さんと海斗くんが付き合うことになったんだってさ」

 『え』

 予想外の展開に、僕と空見華月は同時に声を発した。
 まさか学校案内でそんなことになってるとは思いもしなかった。
 しかし、そうならなぜ空見華月も同じ反応をしたのだろうか。
 昨日はなんやかんやでうたた寝した後に晩御飯、風呂を済ますとすぐに眠ってしまいRAINは見ていないので詳細が分からない。
 事実なら、超ハイスペック同士の美男美女カップルの誕生である。
 このよく分からない状況を壊したのは海斗の放った一言である。 

 「そんな事実はないよ」

 朝練が終わって教室へ来たばかりなのであろう、いつの間にか教室の入口にいた海斗に全員の注目が集まった。
 
 「誰が流したのか知らないけど、そういうのは…嫌いだな」

 いつぶりだろうか。今、海斗は本気で怒っている。
 海斗は普段、めったに怒らない。
 そんな海斗だからこそ、彼が怒りを覚えた案件が彼にとってどの程度のものなのか把握できる。
 
 (今回のは相当きてるなぁ)

 海斗から発せられた、低く冷たい声にはこれでもかという程のプレッシャーを感じる。中には生まれたての小鹿のように足をプルプルと震えさせている者もいた。

 「え、えっと…じゃあ、昨日の放課後に"付き合うよ"って言ってたあれはなんなの?」

 恐らく、噂を流した本人だろう。彼女は恐る恐る海斗に聞いた。

 「あれはただ、空見さんの用事に付き合うってだけだよ」

 「そ、そうなんだ」

 噂を流した女生徒は安堵の表情を浮かべた。
 また、ほかの生徒も「なんだ、それだけか」といったような感じで落胆していた。
 このあと、噂を流した女生徒が皆からバッシングを受けた、というのは言うまでもない。
 1つの事件が解決したところで、生徒たちはいつもの日常に戻っていった。

 「…助けたなんて思わないでね」

 僕もその波に乗ろうとしたとき空見華月にそう告げられた。

 「別にこれっぽっちも思ってない」

 実際、全く思っていなかった。解決したのは海斗なのだ。僕は少し割って入っただけである。
 しかし、空見華月は不服そうな顔で「そう」と、短く返すと自分の席へと向かっていった。

 



 今日一日を通して、変わった出来事と言えば今朝のことくらいである。5時限目の国語もラスト10分。今のところは何事もない。
 今日は先生の会議で6限目はない。僕は入っていないので関係ないが、当然部活動も休みだ。よってこのまま無事終わると思う。
 
 「キリがいいし今日はこの辺にしとくかね」

 国語教師のりっちゃんはチャイムまでラスト5分といったところで授業を切り上げた。
 途端に生徒達は姿勢を崩していく。
 眠たい時間帯ということでみんな頑張っていたのだろう。僕は少し寝ていた。

 「今から名前呼ぶやつは帰る前にこのプリントの整理頼むね」

   ドサッ!!

 凄まじい音とともに机に置かれる大量のプリント。
 あんなのを頼まれた日には校庭の真ん中でバカヤローと叫んでしまうかもしれない。

 「えーっと、駿河アラタ〜。それと華月ちゃんね」

 (バカヤロー!!!!)

 流石に人前では叫べないので心の中で叫ぶ。
 
 「アンタ達寝てたでしょ?罪に罰は付き物だよ〜」

 何故か楽しそうに押し付けるりっちゃん。
 対して、すごく不愉快そうにりっちゃんを睨みつける空見華月。
 僕は自業自得と割り切って、ため息混じりに承諾する。

 「はぁ…わかりました」




 みんな帰って僕と空見華月の2人だけの教室で聞こえてくるのは紙の擦れる音だけだった。
 かれこれ20分くらい作業しているのだが、終わりが見えない。

 (気まずいなぁ。かといって話題ないしなぁ)

 そう思っていると、僕は閃いた。

 (話題がないなら作ればいいんだ!)

 話題を作るため、空見華月への質問を考える。
 好きな〇〇、趣味、特技などなど、聞けることは沢山ある。
 しかし、僕は最も適さないであろう質問をしていた。

 「ねぇねぇ、どうして僕が嫌いなの?」

 (あ、やってしまった)

 軌道修正は難しいだろう。
 この前みたいに無視してくれたら今回ばかりは嬉しい。というか、無視する可能性の方が高いのではないだろうか。
 
 「嫌いじゃない、大嫌いよ」

 意外にも返事があった。しかも斜め上から。
 大嫌い、そういえば初めにそんなことを言われていた気がする。

 「私からも質問いいかな?」

 空見華月も質問があるようだ。
 美人の質問にはきちんと答える。これが僕のポリシーだ。
 性格が多少アレでもそれは変わらない。

 「どうぞ」

 「ありがとう、じゃあ聞くわ。なんで自分を嫌っているとわかっている人にも普通に接することが出来るの?あなた、おかしいわ」

 厳密には1回普通ではなく、敬語で話してしまったけどそれは置いておこう。
 ここはありのままを答えていいはずだ。

 「相手が僕を嫌っているとしてもそれによって僕の相手への評価は変わらないよ。ただそれだけだよ」

 「…そう、つまりあなたはバカなのね」

 昨日も今日もずいぶんとド直球なことを言ってくる。
 
 「そうかもな」

 昨日のおかげで多少耐性が付いたみたいだ。
 こんな慣れが短期間で生まれるなんて空見華月の言う通りバカなのかもしれない。
 
 (ふぅ…)

 話しながらやっていると案外早く時間が進むようである。 
 プリント整理も終わりが見えてきた。
 今日も何かと色々あった。
 空見華月が来てから2日。2日とも僕を含め、周りが動かされた。
 この先も何かあるかもしれない。
 日常はこうして壊れていくのだろうか…。






 


どうも、作者です!
自分で思っていたよりも更新ペースが早く、ビックリしています。物語のおおまかな全体像があるだけで他はほぼ白紙という状態なのですが、結構できるものですね。
物語もこの先どんどん続いていきますが、今ある全体像をより確かなものにするために少しペースを落とそうと思います。
しかし、キャラに焦点を当てた短いお話を挟んでいくつもりなのであまり変化が無いかもしれません。
主となる物語のみならず、そちらの方も今後は目を通してみてください。
また、コメントやいいねなどもどんどんして頂けると助かります。
今後ともよろしくお願いします。

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