君と僕と壊れた日常
いつかの夢と謎の少女 後編
静まり返った教室の中で僕は転校生、空見華月に問いかけた。
  
「えーっと…許さないってどういうこと?」
そう問いかけると空見華月はきょとんした顔で問い返してきた。
「言葉の通りよ。分からないのならいいわ」
  
空見華月の言葉はとても冷たく、非常に重たいように思えた。
僕は空見華月に「許さない」と言われるような行為をした覚えは全くなく、この状況を理解出来ていなかった。
人の顔や名前を忘れることは稀にあるが、目の前にいるような美少女と知り合っていたらまず忘れることはないだろう。しかし、訪ねてみない理由もないので、僕は空見華月に訪ねてみた。
「もしかして、昔どこかで会ったことある?」
「無いわ。あなたと私は今日が初対面よ」
どうやら昔会っていたというのは違ったようだ。
だとしたら、ここまでのやり取りで彼女が不快に思うようなことをしてしまったのだろうか。
嫌い、とはっきり言わるれる前に発した言葉と言えば初めましての挨拶と自己紹介だけだ。
わかりやすく手短に済ませたのだがいけなかったのか。
いや、何も言動に限ったことではないだろう。
この短い間に何か粗相があったのだろうか。
はっきりとさせるために僕は再度問いかける。
「今さっきのやりとりで何か悪いことしたかな?」
「そうね…」
空見華月は少し考える素振りを見せた。
「今さっきは悪いことはしてはいないわ」
「ならなんで?」
「さっきも言ったでしょう?分からないのならいい、と。これ以上あなたと話していても時間の無駄だと思うのだけれど。もう、いい?」
空見華月はそう言うと、1限目の用意に取り掛かった。
彼女の一方的な拒絶には僕だけでなく、クラス全員が理解出来ていない様子だ。
僕的には誰かに助け舟を出して欲しかったのだが、この様子なら難しそうだ。
空見華月との会話を諦めた僕は、1限目の授業の用意に取り掛かった。
昼休みになっても、今朝の一件の為か、空見華月は誰とも話せてないでいた。
別に気になったわけではない。
ただ、僕は悪くない(多分…)にしろ、彼女が生徒から一歩引かれたのは僕との会話が原因だ。そのために、少し負い目を感じてしまったのかもしれない。
悪くないのだから放っておけばいいのだろうが、どうしても気になってしまっている。
(いや、気になってんじゃねぇか…)
自分にツッコミを入れていると幼馴染でクラスメイトの蒼井海斗が僕の席にやってきた。
昼休みは大体海斗と弁当を食べているのだが、クラスの女子、廊下を通る女子の視線が熱い。
海斗への視線の中には「なんであんなやつと」といった僕への視線もあるのでとても肩身が狭い。
そんな思いをしていると、海斗は僕を心配するような顔で問いかけてきた。
「大丈夫?なんか辛そうだけど」
お前のせいだとは死んでも言えない。
「大丈夫、大丈夫」
「なら良かった。今朝の一件があるからね、ずっと心配だったんだよ」
「そっちかぁ…」
「え?」
今現在体験している肩身の狭さではなく今朝の事だったが、心配してくれる友がいるというのはとても嬉しいことだ。
「あぁ、ごめん。なんでもないよ」
「そう?何かあったら言ってね」
「分かった」
蒼井海斗という人物はとても優しい。
超ハイスペックに加え、誰にでもこのような接し方をする。
八方美人というやつなのだろう。だが、海斗は自分を曲げることはなく、断ることもできるのでとても信頼のおける友だ。
そんな彼から見ても、今朝の一件は特異だったのだろう。
そこまで考えていると、今朝という言葉で思い出したことがある。
「そう言えば海斗、今朝僕と話してたやつってなんなんだ?」
「今朝話してたこと?」
「ほら、お前の女子人気をどうにかするってやつだよ」
途端に海斗の表情に陰がかかる。
「言わないとダメなのかな」
海斗は暗い表情で渋っている。
普通ならこういう時、引き下がるのであろう。
しかし、幼馴染として、もし海斗が煩わしいと感じているものを除去する手助けをできるかもしれないと思うと聞かずにはいられない。
(それに、僕もこれ以上肩身の狭い思いはしたくないしな)
「話して欲しい」
「…分かったよ」
海斗は諦めたのかどこか決心したような眼差しをしていた。
「前から思っていたんだよ。もし誰かとお付き合いでもしていたらどうだろって」
「・・・」
僕は胸中を話しだしてくれた海斗に報いるため集中して耳を傾ける。
「実は、ずっと前から好きな人がいるんだよ」
「え」
いつも一緒にいるのに気づきもしなかった事実に驚いた。
それも仕方のないことだとおもう。
海斗は今まで必死にみんなから愛され続けてきたのだ。それを拒絶することは許せなかったのだろう。
そのために「みんなの蒼井海斗」を演じて来たということだ。
実際に海斗にのしかかっているものを測り切ることは到底出来っこない。
ほんの僅かでも理解して、手助けしてやりたいものだ。
「その好きな子なんだけどね」
「・・・」
「アラタ、君の妹の新菜(ワカナ)ちゃんなんだよ」
(パリン!)
先程までの張り詰めた空気が一瞬にして砕け散る音が聞こえた。
「え、あの、えーっと…ん?もう1回言ってくれないかな」
今日二回目の理解不能な出来事に対応しきれない。
「だからアラタの妹の新菜ちゃんだよ」
「は、はぁ…」
「分かってないでしょ」
「うん、まぁ」
妹の新菜は同じ高校の一年生だ。
僕とは年子で、昔は海斗を含め3人でよく遊んだものだ。
「ちょっと分からないんだけどさ、あいつのどこがいいわけ?」
「好きになるのに理由がいるかな?」
妙にキザったらしく、おまけに爽やかさまで追加して言ってきた。
ほんの数分前の重たい空気は何だったのだろうか。
「で、うちの妹になにすんの?」
分かりきってはいるが一応聞いてみた。
「こ、告白しようと…」
顔を赤らめて恥ずかしそうに言ってきた。
蒼井海斗、こいつの情緒はどうなっているのだろうか。
まあ、妹に関して言えば、海斗に好印象を持っているので別段難しい話ではないと思う。
「うん、まあ頑張れ」
「分かったよ義兄ちゃん」
(気が早すぎるんだよなぁ…)
海斗が幼馴染でなければ手が出ていたかもしれないほどに気持ち悪く感じた。
キーンコーンカーンコーン
本日最後の授業が終わりを迎えた。
僕は部活には所属していないのでいつも通り帰宅の準備を始める。
その時、最後の授業だった国語の担当教師であるりっちゃんが教卓から僕に向かって叫んだ。
「おーーい!アラター!朝言ってた華月ちゃんの案内頼んだぞー!」
それに頷いたのはいいものの、今朝の一件から今までずっと隣の席の空見華月とは険悪な雰囲気なのである。
三限目の英語の授業では、ペアを組まされお互い無言だったのだが、空見華月に至っては僕を鋭い目付きで睨んでいた。
ここまでされるようなことをした覚えはない。
何かしらの理由はあるのだろうが皆目検討もつかない。
考えても答えは出る気配すらないので諦めることにした。
「えーっと、空見さん?先生があのように言っているんですけど、どうしますか?」
敬語になってしまった。
どうやら苦手意識が芽生えてしまったらしい。
どんな返答が返ってくるか怖かったのでビクビクしながら待っていると、空見華月は無言で立ち上がり、どこかへ向かって歩いて行った。
(あれ?あれれ?僕、話しかけたよな?)
僕は空見華月を目で追った。
そして蒼井海斗の席の前で立ち止まると、空見華月は海斗の方へと向き直った。
「蒼井海斗くん。あなたに案内してもらってもいいかな?」
この言葉に教室中が凍りついた。
空見華月の容姿を見て、多少なりとも興味を持っていた男子たち。
蒼井海斗という完璧超人のファンの女子たち。
当然僕も。
「丁度部活も大会前だけど顧問の急な用事で休みになったから構わないけど、それはアラタの仕事なんじゃないのかな?」
海斗は部活は今日は休みになったらしい。
案内をやんわりと断った海斗だったが、
「先生、案内人を変えても別に構いませんよね?」
「んー、誰でもいいよー」
このやりとりで無駄になった。
どうやらやんわり過ぎたみたいだ。
この時点で校内最高峰のルックスを誇るペアの完成である。
男子は空いた口が塞がらず、女子は嫉妬のオーラを纏っていた。
僕は多少なりとも驚きを覚えたが、険悪な雰囲気で案内するよりは無視された方がマシと判断し、家に帰宅することにした。
こうして、空見華月との最初の1日が終わった。
(なんでこうなったんだろう…)
空見華月に学校を案内している蒼井海斗は少し後悔していた。
(まあ、アラタのためになるだろうし頑張るか)
そう、心の中で自分を励ましつつ、空見華月に学校を案内していた。
今のところ施設の紹介以外での会話がない。
何もない廊下などとても気まずい。
(なにか話さないと…あ、そうだ!)
「ねぇ、空見さん」
「なに?」
今朝、アラタと話していたときと比べて声に冷たさは感じられない。
どうやら敵対心などはないようだ。
そうと分かると、思い切って聞いてみた。
「今朝、なんでアラタに対してあんなことを言ったの?」
「彼が不愉快だったからよ…昔から」
「・・・」
昔から。
その言葉が出てくることはありえない。
今朝のやり取りの中で空見華月はアラタに対して言ったのだ。初対面だ、と。
普通なら今聞いた言葉は、まず聞き間違いだと思うだろう。
しかし、アラタとは幼馴染である。
長年、苦楽を共にしてきた。
そんな自分だからこそ答えにたどり着けたのかもしれない。
「空見さんね…空見。君があのときの」
「当然あなたとも初対面よ。でも、多分あなたの言っている空見は私たち一家の苗字で正しいと思うわ」
おおかた予想通りといったところだ。
それならば、アラタが分からないのも、空見華月がアラタに嫌いだの許さないだの言ったのも仕方のないだ。
「君は今更なにをしようとしてるわけ?」
日頃の自分からは考えられないような低い声がでた。
本当に今更である。
これ以上誰も苦しむ必要はない。
「私はただ…」
空見華月は少し怯えながらも強い信念をもって答えようとしている。
「私はただ、駿河アラタを知りたいだけ」
そう、彼女は言った。
家に帰るとすぐに部屋着に着替え、リビングでくつろぐのが僕の日課だ。
「お兄ちゃん、おかえりー」
そう声を掛けてきたのは新菜だ。
新菜はサッカー部のマネージャーをしている。
「やたら早いと思ったらそういえば今日サッカー部休みだったな。ただいま」
「なんで知ってるの!?え、怖い」
「海斗がそう言ってたんだよ。別に怖かねーだろう」
海斗。名前を出して思い出した。
ただ、ここで話題に出すのはダメだろうと思い、昼休みのことを言うのは我慢する。
「海斗先輩と言えば!帰る前に美人さんと一緒だったよ!あんな人いたっけ?」
「あー、その美人さんとやらは多分転校生だよ」
「ほほぉ、転校生は美人なのかぁ」
「うわ!いつの間に!」
いつの間にか母さんがそこにいた。
「失礼な。初めからいたわよ」
初めからいたらしい。
「へぇー、あの美人さんが噂の転校生なんだね〜」
「噂?」
転校生 空見華月は今日はほとんど誰とも話すことなく過ごしていたので同学年ならまだしも、他学年にまでも広まっていることはないと思っていたのだが、そうだはないらしい。
「うん。2年生にモデルかと思うほどの美人で、しかも編入試験ほとんど満点で通った転校生がいるって」
「それはすごいわね。で、アラタくんは仲良くなれたの?」
僕は学校という場所での情報伝達に驚きつつ、母さんの質問に呆れていた。
(あんなこと言われて仲良くできるわけないんだよなぁ)
「噂だけだよ。空見華月って名前なんだけどね、あいつはおかしいよ。うん」
僕はそう言うと、これ以上質問が飛んでくる前に2階の自室へと向かっていった。
「空見…華月。ねえ、お母さん…」
「まさか転校生が…。分かってるわ。でも、まずは様子を見ましょう」
自室のベットで横になっていると、ついうたた寝をしてしまった。
夢とまではいかないが、寝ている最中、頭の中で微かに誰かの声がした。
「お も い だ し て 。 ア ラ タ く ん 」
誰の声だったのだろうか。
  
「えーっと…許さないってどういうこと?」
そう問いかけると空見華月はきょとんした顔で問い返してきた。
「言葉の通りよ。分からないのならいいわ」
  
空見華月の言葉はとても冷たく、非常に重たいように思えた。
僕は空見華月に「許さない」と言われるような行為をした覚えは全くなく、この状況を理解出来ていなかった。
人の顔や名前を忘れることは稀にあるが、目の前にいるような美少女と知り合っていたらまず忘れることはないだろう。しかし、訪ねてみない理由もないので、僕は空見華月に訪ねてみた。
「もしかして、昔どこかで会ったことある?」
「無いわ。あなたと私は今日が初対面よ」
どうやら昔会っていたというのは違ったようだ。
だとしたら、ここまでのやり取りで彼女が不快に思うようなことをしてしまったのだろうか。
嫌い、とはっきり言わるれる前に発した言葉と言えば初めましての挨拶と自己紹介だけだ。
わかりやすく手短に済ませたのだがいけなかったのか。
いや、何も言動に限ったことではないだろう。
この短い間に何か粗相があったのだろうか。
はっきりとさせるために僕は再度問いかける。
「今さっきのやりとりで何か悪いことしたかな?」
「そうね…」
空見華月は少し考える素振りを見せた。
「今さっきは悪いことはしてはいないわ」
「ならなんで?」
「さっきも言ったでしょう?分からないのならいい、と。これ以上あなたと話していても時間の無駄だと思うのだけれど。もう、いい?」
空見華月はそう言うと、1限目の用意に取り掛かった。
彼女の一方的な拒絶には僕だけでなく、クラス全員が理解出来ていない様子だ。
僕的には誰かに助け舟を出して欲しかったのだが、この様子なら難しそうだ。
空見華月との会話を諦めた僕は、1限目の授業の用意に取り掛かった。
昼休みになっても、今朝の一件の為か、空見華月は誰とも話せてないでいた。
別に気になったわけではない。
ただ、僕は悪くない(多分…)にしろ、彼女が生徒から一歩引かれたのは僕との会話が原因だ。そのために、少し負い目を感じてしまったのかもしれない。
悪くないのだから放っておけばいいのだろうが、どうしても気になってしまっている。
(いや、気になってんじゃねぇか…)
自分にツッコミを入れていると幼馴染でクラスメイトの蒼井海斗が僕の席にやってきた。
昼休みは大体海斗と弁当を食べているのだが、クラスの女子、廊下を通る女子の視線が熱い。
海斗への視線の中には「なんであんなやつと」といった僕への視線もあるのでとても肩身が狭い。
そんな思いをしていると、海斗は僕を心配するような顔で問いかけてきた。
「大丈夫?なんか辛そうだけど」
お前のせいだとは死んでも言えない。
「大丈夫、大丈夫」
「なら良かった。今朝の一件があるからね、ずっと心配だったんだよ」
「そっちかぁ…」
「え?」
今現在体験している肩身の狭さではなく今朝の事だったが、心配してくれる友がいるというのはとても嬉しいことだ。
「あぁ、ごめん。なんでもないよ」
「そう?何かあったら言ってね」
「分かった」
蒼井海斗という人物はとても優しい。
超ハイスペックに加え、誰にでもこのような接し方をする。
八方美人というやつなのだろう。だが、海斗は自分を曲げることはなく、断ることもできるのでとても信頼のおける友だ。
そんな彼から見ても、今朝の一件は特異だったのだろう。
そこまで考えていると、今朝という言葉で思い出したことがある。
「そう言えば海斗、今朝僕と話してたやつってなんなんだ?」
「今朝話してたこと?」
「ほら、お前の女子人気をどうにかするってやつだよ」
途端に海斗の表情に陰がかかる。
「言わないとダメなのかな」
海斗は暗い表情で渋っている。
普通ならこういう時、引き下がるのであろう。
しかし、幼馴染として、もし海斗が煩わしいと感じているものを除去する手助けをできるかもしれないと思うと聞かずにはいられない。
(それに、僕もこれ以上肩身の狭い思いはしたくないしな)
「話して欲しい」
「…分かったよ」
海斗は諦めたのかどこか決心したような眼差しをしていた。
「前から思っていたんだよ。もし誰かとお付き合いでもしていたらどうだろって」
「・・・」
僕は胸中を話しだしてくれた海斗に報いるため集中して耳を傾ける。
「実は、ずっと前から好きな人がいるんだよ」
「え」
いつも一緒にいるのに気づきもしなかった事実に驚いた。
それも仕方のないことだとおもう。
海斗は今まで必死にみんなから愛され続けてきたのだ。それを拒絶することは許せなかったのだろう。
そのために「みんなの蒼井海斗」を演じて来たということだ。
実際に海斗にのしかかっているものを測り切ることは到底出来っこない。
ほんの僅かでも理解して、手助けしてやりたいものだ。
「その好きな子なんだけどね」
「・・・」
「アラタ、君の妹の新菜(ワカナ)ちゃんなんだよ」
(パリン!)
先程までの張り詰めた空気が一瞬にして砕け散る音が聞こえた。
「え、あの、えーっと…ん?もう1回言ってくれないかな」
今日二回目の理解不能な出来事に対応しきれない。
「だからアラタの妹の新菜ちゃんだよ」
「は、はぁ…」
「分かってないでしょ」
「うん、まぁ」
妹の新菜は同じ高校の一年生だ。
僕とは年子で、昔は海斗を含め3人でよく遊んだものだ。
「ちょっと分からないんだけどさ、あいつのどこがいいわけ?」
「好きになるのに理由がいるかな?」
妙にキザったらしく、おまけに爽やかさまで追加して言ってきた。
ほんの数分前の重たい空気は何だったのだろうか。
「で、うちの妹になにすんの?」
分かりきってはいるが一応聞いてみた。
「こ、告白しようと…」
顔を赤らめて恥ずかしそうに言ってきた。
蒼井海斗、こいつの情緒はどうなっているのだろうか。
まあ、妹に関して言えば、海斗に好印象を持っているので別段難しい話ではないと思う。
「うん、まあ頑張れ」
「分かったよ義兄ちゃん」
(気が早すぎるんだよなぁ…)
海斗が幼馴染でなければ手が出ていたかもしれないほどに気持ち悪く感じた。
キーンコーンカーンコーン
本日最後の授業が終わりを迎えた。
僕は部活には所属していないのでいつも通り帰宅の準備を始める。
その時、最後の授業だった国語の担当教師であるりっちゃんが教卓から僕に向かって叫んだ。
「おーーい!アラター!朝言ってた華月ちゃんの案内頼んだぞー!」
それに頷いたのはいいものの、今朝の一件から今までずっと隣の席の空見華月とは険悪な雰囲気なのである。
三限目の英語の授業では、ペアを組まされお互い無言だったのだが、空見華月に至っては僕を鋭い目付きで睨んでいた。
ここまでされるようなことをした覚えはない。
何かしらの理由はあるのだろうが皆目検討もつかない。
考えても答えは出る気配すらないので諦めることにした。
「えーっと、空見さん?先生があのように言っているんですけど、どうしますか?」
敬語になってしまった。
どうやら苦手意識が芽生えてしまったらしい。
どんな返答が返ってくるか怖かったのでビクビクしながら待っていると、空見華月は無言で立ち上がり、どこかへ向かって歩いて行った。
(あれ?あれれ?僕、話しかけたよな?)
僕は空見華月を目で追った。
そして蒼井海斗の席の前で立ち止まると、空見華月は海斗の方へと向き直った。
「蒼井海斗くん。あなたに案内してもらってもいいかな?」
この言葉に教室中が凍りついた。
空見華月の容姿を見て、多少なりとも興味を持っていた男子たち。
蒼井海斗という完璧超人のファンの女子たち。
当然僕も。
「丁度部活も大会前だけど顧問の急な用事で休みになったから構わないけど、それはアラタの仕事なんじゃないのかな?」
海斗は部活は今日は休みになったらしい。
案内をやんわりと断った海斗だったが、
「先生、案内人を変えても別に構いませんよね?」
「んー、誰でもいいよー」
このやりとりで無駄になった。
どうやらやんわり過ぎたみたいだ。
この時点で校内最高峰のルックスを誇るペアの完成である。
男子は空いた口が塞がらず、女子は嫉妬のオーラを纏っていた。
僕は多少なりとも驚きを覚えたが、険悪な雰囲気で案内するよりは無視された方がマシと判断し、家に帰宅することにした。
こうして、空見華月との最初の1日が終わった。
(なんでこうなったんだろう…)
空見華月に学校を案内している蒼井海斗は少し後悔していた。
(まあ、アラタのためになるだろうし頑張るか)
そう、心の中で自分を励ましつつ、空見華月に学校を案内していた。
今のところ施設の紹介以外での会話がない。
何もない廊下などとても気まずい。
(なにか話さないと…あ、そうだ!)
「ねぇ、空見さん」
「なに?」
今朝、アラタと話していたときと比べて声に冷たさは感じられない。
どうやら敵対心などはないようだ。
そうと分かると、思い切って聞いてみた。
「今朝、なんでアラタに対してあんなことを言ったの?」
「彼が不愉快だったからよ…昔から」
「・・・」
昔から。
その言葉が出てくることはありえない。
今朝のやり取りの中で空見華月はアラタに対して言ったのだ。初対面だ、と。
普通なら今聞いた言葉は、まず聞き間違いだと思うだろう。
しかし、アラタとは幼馴染である。
長年、苦楽を共にしてきた。
そんな自分だからこそ答えにたどり着けたのかもしれない。
「空見さんね…空見。君があのときの」
「当然あなたとも初対面よ。でも、多分あなたの言っている空見は私たち一家の苗字で正しいと思うわ」
おおかた予想通りといったところだ。
それならば、アラタが分からないのも、空見華月がアラタに嫌いだの許さないだの言ったのも仕方のないだ。
「君は今更なにをしようとしてるわけ?」
日頃の自分からは考えられないような低い声がでた。
本当に今更である。
これ以上誰も苦しむ必要はない。
「私はただ…」
空見華月は少し怯えながらも強い信念をもって答えようとしている。
「私はただ、駿河アラタを知りたいだけ」
そう、彼女は言った。
家に帰るとすぐに部屋着に着替え、リビングでくつろぐのが僕の日課だ。
「お兄ちゃん、おかえりー」
そう声を掛けてきたのは新菜だ。
新菜はサッカー部のマネージャーをしている。
「やたら早いと思ったらそういえば今日サッカー部休みだったな。ただいま」
「なんで知ってるの!?え、怖い」
「海斗がそう言ってたんだよ。別に怖かねーだろう」
海斗。名前を出して思い出した。
ただ、ここで話題に出すのはダメだろうと思い、昼休みのことを言うのは我慢する。
「海斗先輩と言えば!帰る前に美人さんと一緒だったよ!あんな人いたっけ?」
「あー、その美人さんとやらは多分転校生だよ」
「ほほぉ、転校生は美人なのかぁ」
「うわ!いつの間に!」
いつの間にか母さんがそこにいた。
「失礼な。初めからいたわよ」
初めからいたらしい。
「へぇー、あの美人さんが噂の転校生なんだね〜」
「噂?」
転校生 空見華月は今日はほとんど誰とも話すことなく過ごしていたので同学年ならまだしも、他学年にまでも広まっていることはないと思っていたのだが、そうだはないらしい。
「うん。2年生にモデルかと思うほどの美人で、しかも編入試験ほとんど満点で通った転校生がいるって」
「それはすごいわね。で、アラタくんは仲良くなれたの?」
僕は学校という場所での情報伝達に驚きつつ、母さんの質問に呆れていた。
(あんなこと言われて仲良くできるわけないんだよなぁ)
「噂だけだよ。空見華月って名前なんだけどね、あいつはおかしいよ。うん」
僕はそう言うと、これ以上質問が飛んでくる前に2階の自室へと向かっていった。
「空見…華月。ねえ、お母さん…」
「まさか転校生が…。分かってるわ。でも、まずは様子を見ましょう」
自室のベットで横になっていると、ついうたた寝をしてしまった。
夢とまではいかないが、寝ている最中、頭の中で微かに誰かの声がした。
「お も い だ し て 。 ア ラ タ く ん 」
誰の声だったのだろうか。
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