鋏奇蘭舞

炎舞

誰がために舞う桜

 少年は退屈だった。ただすべてが退屈で、ただ惰性で高校に通い、ただ惰性で生きていた。

 少年は窓の外の桜を見た。ただピンク色が揺れ、たまにちぎれ飛んでいく、そんな光景だと少年は感じた。窓の外の桜は、少年の退屈な心に一ミリの刺激も与えなかった。

 少年は黒板の前で授業を行う先生を見た。自分にとって分かり切っていることの羅列が黒板に書かれていく、そんな光景だと少年は感じた。少年にとって、それは、ただ退屈を強くする、苦痛でしかなかった。

 少年はホームルームの時間を知らせるチャイムを怠惰そうに聞いた。黒板の前で『植物改善技師』と書かれたリストバンドを付けた人間が、注射器を持って喋っている。桜が一度に散る量を増やす薬品だという。そんなことに意味があるのだろうか、そう少年は感じた。でも、少しは退屈も紛れるか、とも少年は思った。

 少年は注射を打たれた桜を見た。一日経って、桜は前よりも大量の花弁を散らせていた。クラスメイトは皆歓喜していた。少年は、くだらない、と感じた。

 少年は次の時間も、注射を打たれた桜を見た。窓から吹き込んでくる花弁が鬱陶しいと感じた。それはクラスメイトも同じように思っていた。言うまでもなく、少年の退屈な心は紛れなかった。

 一年が過ぎた。

 少年は惰性で進級し、やはり惰性で高校に通い続けていた。

 少年は黒板の前で『植物改善技師』と書かれたリストバンドを付けた人間が、注射器を持って喋っているのを見た。どうも、大量の花弁が舞う桜は不評どころか、近所から、迷惑だと苦情が殺到したらしい。今、技師の持っている薬品は、花弁を散らす事無く、枝ごと落とす改良をするものだという。クラスメイト達は舞わない桜に疑問を覚えた。勿論、少年は端から退屈そうに聞いていたのである。

 少年は、薬品を打たれて二日経った桜を見た。舞わずに花弁ごと枝が落ちていくその様子は、意外と良いのでは、という意見がクラスからも出始めた。少年はやはり、退屈そうにそれを見ていたのであった。

 少年は一週間後に校庭を見た。枝ごと落ちていく所為で、校庭がピンク色で染まりつつあった。呑気にピンク色の部分を避けて歩く遊びをしている人間を見て、少年は退屈そうに欠伸をした。

 少年は二週間後に校庭を見た。校庭はすでに桜の枝で埋もれ、ピンク色の絨毯が敷き詰められた様相を示していた。足の踏み場がないどころか、校庭に近づく者すらいなかった。少年は興味がなさそうに鉛筆を回していた。

 少年は校庭で桜の枝を回収している人間を見た。どうも、落ちた桜の枝からさらに同じ桜が生え、また桜の枝を落として繁殖する可能性が示唆されたらしい。少年はそれを見て、やはり退屈そうに居眠りをするのだった。

 少年は校庭で桜の木を切り倒している人間を見た。いくら薬液注射を重ねても、枝ごと落ちる特性が消えることは無く、もはや切り倒して、焼却してしまうより他にないと判断されたらしい。少年は初めて、主張を持った。勝手な奴らだと思ったのである。興味を持ったわけではなく、少年はただ退屈を感じるだけだった。

 一年が過ぎた。

 少年は惰性で進級し、やはり惰性で高校に通い続けていた。

 少年は、桜の木が消えて空っぽになった空間を見た。舞う桜も、絨毯も、もうない。

 誰が余計に舞う桜を望んだだろう。

 誰が枝ごと落ちる桜を望んだだろう。

 誰が桜のない空間を望んだのだろう。

 少年は考え、初めて興味を持つ対象を見つけた。勝手な人間に対する、興味がわいたのである。少年は退屈を感じなくなった。それは少年にとって重大な変化であった。

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 教室の中は澱んだ空気で満ちていた。桜の木が無くなって、生徒が興味を持つ対象を失ったのである。生徒は皆、退屈そうに授業を聞いていた。先生は退屈そうに授業を進めていた。勿論、少年の表情の変化に気づいた者など、一人もいなかった。


                      〈了〉

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