異世界の魔法少女はラクじゃない!

極大級マイソン

第2話「自宅警備員」

 魔法少女の日常は、極めて一般的だ。
 朝が来れば朝食を食べて学校へ行く。魔法少女十三人は、全員学生なので、同じ時間帯に外へ出ると、一気に自宅から人は居なくなる。
 他の魔法少女達の中に混ざりながら、魔法少女キャンサー改め、蟹谷幸枝もまた、赤いランドセルを背負っていつもの通学路の道を進んでいた。

「はぁ……」

 キャンサーは、年相応に見えない重い溜息を吐き出していた。その様はまるで、生活に疲れたOLのようだ。
 しばらく通学路を歩いたところで、ゲンナリするキャンサーの状態に気付いた者が、彼女の元へと近づいてきた。

「幸枝ちゃんが、また疲れた顔している……。大丈夫?」

 彼女はキャンサーの友人、博多百華。
 彼女は、魔法少女の家業が忙しいキャンサーにとって、数少ない友人の一人であった。

「……百華。私、この世界でやっていける気がしないよ」

 キャンサーは自身に降り掛かる苦難の数々に嘆いていた。
 キャンサーの契約が完了するまで、まだ長い期間が残されている。それはつまり当分の間は、命を懸けて怪人と戦いながらの貧乏生活が続いていくことを物語っていた。
 しかし、魔法少女のことを知らない百華に、そんな話をしても理解してくれるはずがない。

「何の話をしているのかはわからないけど、幸枝ちゃんだったらきっと大丈夫! どんな苦難でも乗り越えられるよ!」
「……ありがとう」

 友人に励まされ、キャンサーは少しだけ元気を取り戻した。
 学校の授業は日本での授業と変わりはない。いつもの通り放課後まで勉強して、寄り道せずまっすぐ帰宅する。
 魔法少女ともなれば、いつ怪人が現れるかわからない。家に帰って友達と遊ぶなどということも出来ない。
 だからキャンサーには友達が少なかったが、彼女自身はその事に特に思うところはなかった。そもそもキャンサーは魔法少女になる前から、交友関係が少ない少女だったのだ。
 家で家事でもしている方がよっぽど有意義。
 遊び盛りの12歳とは思えない思考回路で、キャンサーは自宅へと帰った。
 時刻は午後四時。この家に住む十三人のうち、高校生以上は放課後はアルバイト。中学生は部活動があるのでリーブラやアリエスなどの中学生組もまだ学校にいるであろう時間帯だ。
 残すは小学生組であるが、これは十三人中四人いる。
 キャンサーと双子のジェミニ、そして『魔法少女スコーピオン』の名を持つ11歳の少女、井島胡桃が、同じ住宅で暮らしている小学生組の少女達であった。
 キャンサーがリビングへ向かうと、そこにはスコーピオンがソファーに座っていた。彼女は本を読んでおり、キャンサーが来た事にまるで気づいた様子はない。

「スコーピオン」

 キャンサーが名前を呼ぶと、スコーピオンはようやく仲間の存在に気付き、本を閉じて彼女に向き直った。

「……あら、キャンサー。相変わらず早いわね」
「貴女だって早いじゃない」
「寄り道する理由も無いしね。今日は怪人は現れたのかしら?」
「いーや。昨日倒したばかりなのに、そう毎度毎度戦ってたら身が保たないよ」
「そう? わたしは、もっと刺激的な日常の方が好みなのだけれど」

 スコーピオンはクスクスと微笑んだ。

「そんなの望んでるのは貴女くらい。契約なんて無ければ、平穏に暮らしたいってのが皆の総意だよ」
「……そうね。でも少なくとも私は、もっと怪人と戦っても良いと考えているわ」

 そう言ってスコーピオンは、テーブルの上に置かれていた水筒の中身をコップに移す。
 水筒の中から出てきた液体は、一見して薄緑色のお茶に見えるが、化学調味料をふんだんに入れたような甘ったるい香りを漂わせシュワシュワと炭酸飲料特有の音を立てながらコップに注がれていった。
 その謎の液体を目にしたキャンサーは、怪訝な表情でスコーピオンを見る。

「……なに、それ?」
「ウーロン茶とメロンソーダを混ぜ合わせたオリジナル飲料よ。一杯いかがかしら?」
「只でさえ生活が苦しいのに、無駄遣いをしないでくれないかなぁ!?」
「あら、心外ね? これは非常に有意義な買い物よ。スーパーで買えるなんて事のない飲み物を、ほんの一工夫凝らすだけで刺激的な体験が出来るジュースに早変わりするのだから」

 スコーピオンは、コップに満タンまで謎の液体を注ぎ、それを口へ一気に流し込んだ。
 想像し切れない未知に領域に踏み込んだ仲間をただ見つめるキャンサー。

「ぐっはああああああ!!!!」

 スコーピオンが飲み込んだ液体を吐き出す。嘔吐物がテーブルにばら撒かれた。
 スコーピオンはゲホゲホと苦しげに咳き込んでいる。しばらくそうしていると、やがてスコーピオンの咳は落ち着き、フゥッと一息吐いた後、キャンサーの方を振り向く。

「ね?」
「何が「ね?」よ!! 完全にゴミを生成しただけじゃない!!」

 キャンサーはテーブルに撒かれた液体を雑巾で拭き取る。
 キャンサーとスコーピオンは、アルバイトも部活もしていない小学生組。怪人が現れるまでは基本的に自宅にいることが多い。
 怪人がいつ現れるかわからない以上、皆がいない間誰かが怪人が現れた際にすぐに現場へ向かえる人材を確保しておかなくてはならない。なので、通常は放課後予定のないキャンサーとスコーピオンが、その役を担っていた。
 しかし幸いと言って良いのか、この二人は人付き合いに消去気的な性格で、殆ど外出しない。なので、二人にとってはこの退屈な時間が特に苦になることはなかった。
 リビングで待機している間は、二人とも図書館で借りてきた本を読みながら過ごしている。家にはお金がないので、出来るだけ出費をしないで時間を潰せる方法を考えた結果だ。
 キャンサーとスコーピオンがリビングで本を読んでいてしばらく経つと、途端に彼女達の腕輪が光り輝き始めた。
 これは、魔法少女が持つ怪人が現れた時に合図を出す特殊な腕輪だ。魔法少女は、現れた怪人を倒すために、怪人の元へ向かって倒しに行かなければならない。

「昨日倒したばかりなのに……。やっぱり最近、怪人の発生頻度が増えたような気がするなぁ」

 キャンサーが顔をしかめながら、光る腕輪を忌々しく眺める。
 一方で、スコーピオンはキャンサーとは対照的で、楽しそうに笑みを浮かべていた。

「ちょうど良いじゃない。毎日本を読むだけの生活は飽き飽きしていたのよ」
「じゃあ一人で行ってくれない? ……って、そういう訳にもいかないか」

 仕方なく、キャンサーは支度を整えてスコーピオンと共に外へと出る。
 そして二人は、怪人が現れたという現場に急いで駆け出したのであった。

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