童話集2

増田朋美

点数

「こどもを持っていないあなたに、こどもを亡くした親の気持ちがわかるわけないでしょう。」
私は、看護師にいった。たった今、一人息子は、星になった。それも、誰にも言わずにたった一人。看護師が部屋を開けたときは、もう冷たくなっていたという。
あと五分はやかったら。
すぐに、連絡をよこしてくれたなら。
もしかして、息子の最期を見届けてやれたかもしれない。
そんなおもいばかりが交錯した。彼にとって、祖父母にあたる私の父や母は、きっと、私だけを叱るのだろうから。息子のことはかわいがっていた。でも、私のときは、あんな風には接してくれなかった。物凄く怒鳴るし、ちっと、舌打ちをするのが、私は嫌だった。息子が生まれて、同居しても私は嫌だったのだが、父母に歯向かうことは私にはできなかった。夫は、息子が生まれてすぐに、亡くなっている。
「きっと、お父様のそばについて、よくやったと話しているんじゃないんですか?」
聞きなれないこえだった。
後ろを振り向くと、美しい男が、車椅子にのっている。口調からすると、男性である。しかし、髪はながく、そこから尖った耳が見えかくれしている。さらに、漆黒の着物を身にまとっていて、明らかに人間とは違うな、という雰囲気をもっていた。
「あなたは?」
「僕は息子さんの親友で、名前は弥太郎といいます。」
と、妖精はそういった。しかし、なぜ、私の息子と、友達なのだろうか。そもそも、妖精は実在するはずがない。
「うちの息子とは、どうやって知り合ったのですか?」
「息子さんが書いているノートの中で。」
「どういうこと?」
「つまりですね、彼は僕に向けて毎日手紙をかいていたんですよ。友達がなくて、寂しかったんでしょうね。僕も、彼とよく話をしました。ここですと、幻聴という症状になってしまいますが、僕のような妖精にとっては、そういうかたでしか、言葉を交わせませんから、かなりたのしく話をさせてもらいましたよ。」
つまり、息子が、一人でぶつぶつと会話をしていたのは、この妖精であったのか。
確かに幻聴はひどかった。レストランに行けば必ず、もう一人くるから、少しまってくれ、などと息子は言い張っていた。ご飯の支度をしてといえば、弥太郎にやらせる、といい、自分では一切やらなかった。こんな状態であったため、父母は、私に気違いをなんとかしろ、といった。そうなれば息子は暴れに暴れ、母のかおに殴られた跡があったりして、父は入院させろといい、息子には、二度と帰ってくるな、と、怒鳴り付けた。
そして今日、病院から連絡があり、息子が自殺したと知らされたのであった。
「弥太郎さん、あなたが、息子に自殺を促したのですか?」
「いえ、そんなことありません。寧ろ僕が、お母様に謝らなければならないでしょう。僕が彼の自殺を助長してしまったことは、たしかです。」
「あの子は、死ぬまでに、何か書き残したりしなかったのでしょうか。」
「遺書ですか?全く書きませんでしたよ。ただ、お母さんには伝えてくれとはいわれました。小学校のときは、いじめからまもってくれたり、図工などで書いた絵を唯一ほめてくれた人物だった貴女が、中学に入ってから、なぜ、手のひらを返したように、怖い人になったか、それを教えてくれと。」
「えっ?」
私はびっくりしてしまった。そんなこと、した覚えはない。私は父に散々どなられていたから、二度とそんなことはしないつもりでいた。
「それは本当にあの子がいったのですか?」
「はい。確かにそういいました。もし、証拠がほしいなら、彼の日記に書いてありますから、みてくださいな。」
弥太郎は、そういって、「3年自由日記」
とかかれた、分厚いノートを私に、てわたした。
私はノートをひろげてよんでみた。4月始まりで日記は進行している。しかもこれは、私が、息子の入学祝としてプレゼントしたもの。はじめのうちは、中学校にはいって、部活動のことなどが、しるされていたが、そのうち、こんなもんくが占めるようになった。
「今日は、はじめての中間試験がかえってきた。国語、53点。どうしてこの答えがまちがいなんだろう。よくわからない。授業では、いろんな意見をみんなだしてくれて、おもしろかったのに。授業が身に付いたか検査するんだったら、この答でも、いいじゃないか、と、先生にいったら、ばかやろうと、雷のようにどなられた。で、お母さんが、見せろというので、恐る恐るだした。あんな怖い顔のお母さんははじめてみた。でもきっと仕事でつかれているだけなんだとおもうから。」
弥太郎が、次の項目をしめした。
「お母さんに、勉強ができないから、といわれて、大好きだった料理をにどとするなといわれた。男のくせにという。でも、家政科が、一番役に立つ勉強だとおもう。技術では木工や電気の作り方を習ったけど、それよりも、家政科は、僕らが生きていくのに、本当に必要な学問だ。うん、僕は料理人になろう!」
また、次の項目。
「お母さんが、この成績はなんだ、とどなりつけた。なんだっていったって、これは僕の成績なんだから、それでいいじゃないかと反論したら、お母さんの顔は鬼のように見えた。夏休みの旅行も取り止めになった。試験の点数だけで、こんなことするなんて、ひどい。いい学校に行けないからといわれても、関係ない。料理の学校は、あんまり厳しくないから。そうしたら、おじいちゃんがどなりだした。英語を話せるひとになり、通訳なんかになった方が、余程金儲けができると。ああ、中学校にはいってから、毎日がスゴくつらくなっちゃったよ。どうしてこんなに、さびしいんだろう。」
「ノートさん、君に弥太郎というなまえをつけた。君の体に言葉をかきこむと、きみは、やさしく体をなでてくれるだろうから。僕の唯一の友達だ。ありがとう。よろしく。」
「もう学校にはいきたくない。でも、親がどなるから、しぶしぶいく。きょう、君もつれていくよ。つまらない国語の授業のとき、きみと、対話しよう。」
私は、息子が料理好きなのはよくしっていた。その料理のうまさを、勉強に回せ、と父母に怒鳴られたのもしっている。味はどうだったのだろうか。
「今日は母がでかけていた。だから、冷蔵庫の残り野菜をつかってグラタンをしよう、パスタもあるから、ラザニアの方がいいな、とおもい、ラザニアをつくった。そうしたら祖父がまた勉強をさぼって!と怒鳴り付けて、ラザニアを窓の外へ放り投げてしまった。だから、僕は泣きにないたら、男は泣くもんじゃないと、祖父はげんこつをぼくにくれた。
きっと、僕は、必要のない人間だとおもう。
ねえ、弥太郎さん、君はどうおもう?すると、きみはこういってくれた。
『そんなことないさ、だれだってご飯はたべるじゃないか。』
はじめて、きみの声をきいたよ。
ありがとう。僕のたった一人のともだち。」
私は、涙があふれてきた。
そして、ノートには、息子が、弥太郎さんと会話した内容がびっしりと書いてあった。料理の味付けのこと、ご飯の炊き方のこと。あるいは学校であったつらかったことや、くるしかったことも。
そして弥太郎さんの顔が、一枚のルーズリーフに書かれていて、その顔は、いま、ここにいる弥太郎さんにそっくり。
「『弥太郎さんって、あるけないんだね。妖精も歩けなくなるの?』
『仕方無いよ。だれだってできることもあれば、できないこともあるよ。そんなの、当たり前だとおもうんだけどね。みんなが一番になれるなんて、逆立ちしてもできないさ。』」
私は、弥太郎さんが、なぜ人間ではなく妖精であるのか、理由がだんだんわかってきた。
「『弥太郎さんの世界では勉強ができなくても、許される?』
『許されるってか、あたりまえだとおもうよ。そんなこと。勉強にばっかり目がいってないで、他のことをすればいいだけの話でね。僕はあるけないけど、裁縫は得意だし、料理もできるから、何とかやってるよ。最近はフルコースなんかもつくったよ。』
『家族の人はなんていう?怒鳴る?』
『そんなわけないよ。ひとによってすきなものは違うから、誰も怒鳴りはしない。だってみんなできることを、一つか二つはもっていて、できることを出しあっていきてるんだから。本来ならそういうものじゃないかな。人間の世界って、わりとみんなおんなじじゃなきゃだめだ、というルールがあるみたいだけど、僕ら妖精のせかいではまったくそんなものはないし、もし、できないということになれば、できる人をさがしにいくさ。』」
私は、一生懸命、こういうことを伝えてきたつもりだった。なにも、息子には伝わっていなかったのだろうか、そして、息子は、あまりにもつらすぎて、架空の世界にとじ込もってしまった、ということがよくわかった。
「私は、むすこにはこういうことを伝えていたつもりなのに、どうしてなにも伝わらなかったのでしょうか?私は、、鬼になったつもりはありません。いまだって、息子がなくなった理由もわからないし。」
「そうですか?」 
弥太郎さんは、また、日記をひらいて、次のページを開けた。
「お母さん。
僕は、、勉強ができないから、愛してもらえないんだね。せめてよい子にしていれば、ぼくのほうをみてくれる?ほんとうに、僕を愛してくれる?みんな幸せそうに友達と学校にかよってる。でも、僕は小学校でいじめられて友達がない。勉強ができないから、友達もつくれない。
さびしいよ。どうして、みんな笑ってるの?どうして学校生活を、たのしめるの?もう疲れたよ、いきていくの。とにかく、ひとつだけわかったことがある。
この世は、試験でよい点数をとったひとだけが、しあわせになれるんだね。
そうなんだね。おかあさん。
僕は幸せになれないから、弥太郎さんの世界にいくよ。今までありがとう。さようならおかあさん。」
そのあとに、もう言葉はかかれていなかった。
きっとあの子は、私に対して復讐のつもりで自殺したのかもしれない。
そして、わたしも、このような文句を父母に送りつけたことがある。
でも、私は、友だちがいたから、妖精の世界にはいかなかった。ああ、もう、時代がちがうのだ。
時代はかわっている。
時代はかわっている。
私は、そういいきかせて、たちあがった。
そう、私は、料理人になる。
あの子が果たせなかったことを。

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