増田朋美

第五章

カウンセリングルーム
まさ子「こんにちは。」
カウンセラー「どうぞ、お座りください。今日は何をはなそうか。」
まさ子「徳永さんのことで、、、。」
カウンセラー「いいわ。なんとなく、話してちょうだい。」
まさ子「はい、、、。じゃあ、」

自宅にいるまさ子。スマートフォンが鳴る。
まさ子「徳永さんからだ、、、。」
と、一応メールを開いてみる。
再び、彼女のツイッター。
まさ子「本当にあの人たちは、ここにいるべきじゃない。私が教えてあげたい。あの人たちって、、、。」
さらに読むと、
まさ子「この加藤って人は、作業を覚えないというより、覚えようとしない。それは、新しい道具を使いたくないと主張するが、そうしないとこの世界では、やっていけないのに気が付かない。私がいま介助してやっているけど、外へでたら、どうするの?自分の立場をわかっていない。死ね。」
もう一つ記事がある。
まさ子「また、悠人という利用者は、自分が偉いと夢想していて、誰のいうことも聞かない。病気だからといえば、大暴れ。ああもう嫌だ。死ね。」
さらに記事が送られてくる。
まさ子「美香子という女性は、いつもひどいことをされたことばかり話し、自分んのいうことを聞かないと、調理室の包丁を持って、体を傷つける。それがかっこいいと思っている。死ね!」
次に送られてきた記事が、昨日の最後の投稿だった。
まさ子「私は、この施設で働いて何になる、単に金がほしいという理由だけではない。この施設に放り出されたのだ。あのだめおやじのせいだ。だめおやじが、ここに就職させ、もう出ないようにさせた。自分の糧は自分で稼がなきゃいけないが、ここにいる奴らはみんな憎たらしい。ああ、殺したい!」
まさ子は、思わず、スマートフォンを落としてしまった。

カウンセリングルーム
まさ子「怖かったんです。あんな内容の投稿を押し付けられて、、、。私も殺されるんじゃないかって、、、。」
カウンセラー「確かにそう思うわよ。誰でも。それは、当り前よ。」
まさ子「ありがとうございます、、、。」
カウンセラー「それで、徳永さんのメールはきたの?」
まさ子「はい、来ました。もちろん、画面ははるかさんのものでしたが、私は、もう見るのも怖くなったのです。もしかして私のところにも来るのではないかと。」
カウンセラー「徳永さんには?」
まさ子「はい、もう送らないでとメールをしたんですが、、、。」
まさ子は、下を向いてすすり泣いた。

その日。まさ子のスマートフォンが鳴った。
まさ子「はい、、、。」
芳樹「まさ子さんですか?今日、一緒に来てほしいのです。」
まさ子「一緒にってどこにですか?」
芳樹「はるかさんの自宅ですよ。」
まさ子「彼女の!私は怖くて、とてもいけません!」
芳樹「ツイッター、見ましたか?」
まさ子「怖くて見ていられません!」
芳樹「今日、声明文を、郵便で送るそうなんです。何とかして止めに行かなければ。」
まさ子「あの、それは本当のことなのでしょうか?」
芳樹「本当のことって、ツイッターに書かれているからわかるでしょう?」
まさ子「でも、本人が書いたものではないのかもしれませんよね。どこかの外国のテロ組織が、彼女のアカウントを盗んで、勝手に書いているだけなのかもしれませんよ。彼女はきっと、いつも通りに働いているのではないのですか?あなたが、勝手に夢想しているだけなんじゃないですか?そんなことに私を巻き込まないでください。」
芳樹「確かに、この仕事をしていると、そういう人もいないということは嘘になります。でも、彼女が、僕のところに、刺青を申し込んだときの顔から判断すると、明らかにこの人は、何か裏がある、と思ったんですよ。だけど、僕では説得することは難しいのです。どうか、一度でいいから彼女に会って、いただきたい。」
と、言いながら、電話の奥でせき込んでいる。
まさ子「ほかのだれかを当たってください。私は、夫もいるし、子供もいる。他人の犯罪に手を染めることは、到底できませんから!今の生活が一番大切だって、わかるでしょう?誰でも!」
と、スマートフォンを床にたたきつけて、壊してしまった。画面がガラスのように飛び散った。

カウンセリングルーム
まさ子「ここからが、私は全く気が付かなかったのですが、戻った時は新しいスマートフォンの設定をしていました。まあ、単に、SIMカードを変えた
だけだったのですが。

カウンセラー「ご主人にはそのことは話しましたか?」
まさ子「いえ、夫には単に道で落として壊れただけだとしか言いませんでした。」
まさ子は顔を覆ってすすり泣いた。
まさ子「そのあと、、、。」

雨が降ってくる。車軸を流したような大雨。スマートフォンの設定を終わりにして、まさ子はびしょ濡れになった洗濯物をとりこんでいた。

一方。
芳樹は、せき込みながら外へ出た。いつも使っている傘をさして、駅へ行き、中央線にのった。とりあえず一度では奥多摩に行くことはできない。
まず、芳樹は立川駅で下車した。そして、青梅線に乗り換えるため、改札にむかった。
と、その時だった。彼は激しくせき込み、口から血が出た。一瞬頭がもうろうとしたが、すぐに化粧室に駆け込み、手洗い場で血液をふき取った。
幸い、ラッシュアワーは過ぎていたし、観光客も少ない時期なので、だれもそれに気が付かないし、寄り付くこともない。
気を取り直して、芳樹は青梅線に乗り込んだ。わずか一両の小さな電車。前の席には、小さな赤ん坊が、母親と一緒に眠っていて、本当に幸せそうだ。
はるかは、このような幸せを感じることはなかったのだろうか?彼女の顔はすべて作り物だったのか?

奥多摩駅。芳樹は数人の客と一緒に改札口を出た。
確か、東樹園には歩いて行けるはずだ。従業員寮も近くにある。
しばらく歩くと、急な坂道が続いた。さらに風も吹いてきた。彼の傘がさかさまになるほど強い風だ。
また、吐き気がした。しゃがんでたまったものを出した。その色なんて気にせずに、彼は坂道をのぼった。そのうち、傘もどこかへ放り投げた。役になんて立たないからだ。
雨のせいで東樹園の建物は、いつになっても見えてこなかった。あまりにも苦しくて、彼は再びせき込みながら座り込んだ。また口から血が噴き出た。それはかつてない、大量のもので、吐き出すというより、噴水のよう、、、。
それっきり、彼はわからなくなった。

翌日から、まさ子のところには、メールも電話もかかってこなかった。
まさ子「やっぱり、嘘だったんだ。」
と、彼のアカウントを消去して、
夕食づくりを開始した。
まさ子「これでまた、いつも通りに戻れる。ああ、よかったわ。」
なんだかほっとして、鼻歌をいい声で歌いだした。

食卓
秀之「おい、今日はなんだか格別にうまいな。」
美紀子「はい、ビールよ。」
秀之「お、ありがとう。お前も気が利くようになったな。」
美紀子「ありがとう。」
秀之「よかった。必ずいい学校にいけよ。」
美紀子「うん。」
まさ子「まあ、こんな早い時期から学校なんて。」
秀之「いやいや、そうしないと、メンツが立たないじゃないか。」
まさ子「まあ、そうね。」
その夜、まさ子は幸せだった。
秀之「いいか、まさ子。とにかく子供を一人前の大人とするには、厳しくしなければだめなんだ。最近の子供は甘えてばかりいるんだから、すべて自分でやらせて突き放す。これが大事なんだ。」
まさ子「そうね。」
秀之「そうすれば、必ず娘は俺たちにお返しをくれるさ。」
まさ子「ええ。そうね。変に守るより、いいのよね。何かをねだってきたら、」
秀之「怖い顔をして、脅かすんだ。」
まさ子「わかったわ。そうして従わせたほうが、私たちも楽だしね。」
秀之「その通り!」
まさ子「わかったわ。」
と、秀之に絡みついた。
どこかで鶏が鳴くまで、二人はそうしていた。



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