増田朋美

第四章

ある日のこと。夫の秀之が、深刻な顔をして帰ってきた。
まさ子「おかえりなさい。どうしたのその顔?」
秀之「いや、大したことはないんだけどね。」
まさ子「でも、何か辛そうよ。」
秀之「まあ、飯でも食べさせてくれ。」
まさ子「すでにテーブルにおいてあるから。」
秀之「ありがとう。」
と、食堂に入っていき、置いてあったカレーを口にした。
秀之「いや、実はね、うちの会社の新入社員が、うつ病のために精神科に入院したんだよ。」
まさ子「精神科?」
秀之「最近の若い者は弱ったなと感じるよ。なんとも、課長が自分の大学時代にいた、ひどい教授と容姿が似ているというんだ。入り始めたころは、一生懸命我慢していたようだが、課長が軽く彼女の肩をたたくと、大パニックになって、てんやてんやの大騒ぎ。」
まさ子「それで?」
秀之「うん、コピー機を壊したり、課長の湯呑を投げつけたり、、、。まあ、同僚が警察を呼んでくれたけどさ。警察の人の話も聞かないで、殺してやるって、猛獣みたいに叫んでた。」
まさ子「怖かったでしょう?」
秀之「まあ、恐ろしかったね。きっと、措置入院にでもなるだろ。でも、回復したら、彼女はどうなるのだろう。本当に、今の人は、困難から立ち直る力がなさすぎだ。みんな、親が過保護すぎるからいけないんだ。何も仕事をしていないのに、道路を堂々と歩けるのは、日本だけではないのかな。」
まさ子「そうかもしれないわね。」
秀之「その通り。今の子供は甘やかされすぎ。だから、美紀子には、早いうちから教育をさせなければだめだぞ。夢を持つなんて、間違いに決まってる。それよりもやりたくない仕事をがまんしてやるほうが、よほど素晴らしい。それをうんと教えろよ。」
まさ子「わかったわ。」
秀之「頼むぞ、やっとできた一人娘なんだからな。他人とは違う、素晴らしい女性に育てあげなければ。」
まさ子「ええ、それはわかる。」
秀之「じゃあ、明日の仕事の支度するよ。ごちそうさま。」
と、席を立ち、自室に戻ってしまった。

しばらくすると、まさ子のスマートフォンがなった。
まさ子「はい、、、。」
芳樹「徳永です。今、大丈夫ですか?」
まさ子「ええ、手短に。」
芳樹「実は、はるかさんのご両親が家を出てしまったそうで、、、。」
まさ子「彼女が家を出たのではなく、ご両親が?」
芳樹「はい。彼女のツイッターを見たらそうなっていました。」
まさ子「ツイッター?」
芳樹「ええ。はるかさんの投稿ありますよ。見てみてください。アカウントをメモしてください。」
まさ子は手帳を開き、彼女のアカウントを書いた。
まさ子「ありがとうございます。彼女のツイッター、アクセスして見ます。」
と、電話を切った。そして、急いでパソコンの電源を入れ、ツイッターを起動させた。そして、検索欄に、教えてもらったアカウントを打ち込むと、はるかの投稿が表示されていた。
まさ子「親なんてばからしい、私を捨てた。だったら私なんていらないんだ、、、。」
はるかのアイコンは、セフィロトの樹の画像が掲載されていた。
まさ子「なんでうちの親は、こうなのだろう。ほかの人はどうして買い物にいったり、外食しているのに、私にはできない。だからもう必要ないんだ。だから、私は、将来復讐できる日を待っている。」
次の項目をまさ子は声に出して読んだ。
まさ子「私は、頭のおかしいといわれている、精神障碍者の世話をしている。彼らは大の大人なのに、ありえないことを口走り、ふろにも入らなかったりする。ああ、なんで私だけ、こんなに不幸なのか。この人たちをみんな殺せば、楽になるかな、、、。」
まさ子は、最後まで読むことはできなかった。
まさ子「これ、きっと嘘よね。」
そう思うことで、何かほっとした。
まさ子「あの、やつれた男だって、信用できないわ。ああいう仕事は、嘘ばかりつく人を相手にするんだし。でっち上げよ。」

カウンセリングルーム
カウンセラー「なるほど。つまり、嘘だと思うことで、安心したのですか?」
まさ子「ええ。その通りです。でも、私、馬鹿ですよね。あのツイッターが本物だったなんて、、、。だから、徳永さんも浮かばれませんよね、、、。私は、なぜか、自分を守らなくてはと思ってしまったのでしょうか、、、。」
カウンセラー「それで、自分をせめてしまっているわけですね。そのツイッターを見たあと、徳永さんには、どうしたのですか?」
まさ子「ええ、、、。ここからまた私、ひどい人間になってしまうのですが、、、。」
カウンセラー「私は、なんでも聞くことが仕事。他人に漏らしたりはしないから、気軽にお話ししてね。」
まさ子「はい、心の準備が必要なので、次の時にします。」
カウンセラー「わかりました。じゃあ、お待ちしています。」

自宅
料理を作っているまさ子。
秀之「ただいま。おい、カウンセルはどうだった?」
まさ子「ええ。まだ、話したりないくらいだわ。」
秀之「そうか。それなら週に一回くらい言ったほうがいいな。家のことに支障がない範囲なら、また行って来ればいいさ。」
まさ子「本当にありがとう。あの事件のことはまだ報道されているの?」
秀之「ああ。連日大騒ぎだ。何しろ女一人の犯行だからな。なんでも職員の茶に睡眠薬を混ぜ込んで、職員は全員眠っていたそうだから。」
まさ子「まあ、信じられないわ。」
秀之「でも、本当にあったことだからな。だからこ厳しさが必要なんだよ。」
まさ子「そうかもしれないわね。」
秀之「また、美紀子を頼むぞ。」
まさ子「ええ、そのうち。」
秀之「それじゃ遅いぞ。しっかり。」
まさ子「ええ、わかってるわ。」
秀之「じゃあ、飯を食べてさっさと寝るよ。明日も遅くなるからね。」
まさ子「わかったわ。」
と、料理をテーブルの上に置く。
ガンガン食べている秀之。隣の部屋では美紀子の幸せそうな寝息。まさ子はそれを見ていると、不安を感じるのであった。



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