ノンフィクション作品です(タイトル未定)

戌丸愁吉

【4】タクシー帰宅

裏の業界に入って2週間が経過した金曜日。新規の顧客も順調に取れたし、仕事にもなれてきていたので、部長が管理していた顧客のうち、30人の管理を任されるようになっていた。教えて頂いた方法で携帯電話に登録し、管理するためのノートも作成、他にも面倒な客用に、登録番号や日本貸金業協会会員を実際の消費者金融会社などを真似てメモしておいた。営業をかけるとたまに登録番号教えろよとか、日本貸金業協会会員なのか?ただの闇金だろ?警察に通報しといたからよなどという面倒な人間がいる。その際に、いいえ、うちはこの番号で登録させていただいております。警察に通報するのは結構ですが、しっかりとお調べになってから行って下さい。失礼いたします。などと言いながら電話をこちらから切るのがかなり気持ち良い。明らかにこちらは闇金だし登録なんてなにもないし、あなたの発言は全て正しい!と思ってはいるのだが、何度も続くと、やられっぱなしなのも悔しくなってしまい、営業に全く必要のない予備知識も付けてしまっていた。

先輩たちのことも少しずつ見えてきた。テライさんの印象は特に変わらず、仕事が早く明るくて、髪型は男の場合のセミロングで茶色、スーツ姿を一見すると、ホストかキャッチだなと即座に感じる雰囲気の持ち主。でもおれが困ってるとすぐ助けにきてくれるそんな人。スドウさんはやっぱり筋肉マンで、たくさんジムに行き、パッツパツのワイシャツとスーツが本当に可哀想。身長も大きいし、携帯電話を耳に充てている姿が全く似合わない。仕事に対しての意欲は普通な感じがする。そこまでガツガツ取立しないし、顧客との会話を聞いていても、きっと根が優しいのだろう、本人は強めに言っているのかもしれないが、闇金としては及第点に届いていない気がしている。ナカノさんは普通の人だった。どうやって闇金に入ったのかが最大の謎であり、どうしてこんなにも普通の人が裏の世界にいるのかもわからなかった。
部長は案外若かった。おれは現在19だが、部長は26。19から見た26はかなり大人ではあるが、見た目があまりにも強面なので、もう少し上でも納得出来る。給料もこっそりニュアンスで教えてくれたけど、月200だと言っていた。もちろんそこには役職ある人間としてリスクを背負っているからという要因も多分に含まれているが、それでも26歳で200万はかなりの大金。そんなことが簡単に起こってしまうのがこの闇金の世界なのだと感じた。

「やけに今日はみんなテンション高いですね」

部長の雰囲気もいつもとは少し違っていた。15時を過ぎた頃、誰にともなく発言したおれの言葉で真相が語られ初めた。

「今日は月に二回ある金曜日の一回だからな。イヌマル。お前は今日が初めてになるな。お前の歓迎会ってことにもなる。だから今日はお前が全部選んでいいぞ。テライ、教えてやれ」

部長が含みのある発言をすると、テライさんが隣に来て、一体どういったことなのかを教えてくれた。要するに、ここの会社では隔週の金曜日に飲み会があり、その飲み会の前には必ず食事会がある。その全てのルートを今日はおれが決めて良いことになっているようだ。ちなみに、この食事会には社長も来るし、その後に控える飲み会も全て社長が負担してくれるようなので、予算に上限はないとのこと。内容を伝えてくれたテライさんはおれも色々探してみるよ。とりあえず何が食いたい?と聞いてきたので、最初の食事会は焼き肉になった。自らの席に戻ったテライさんの表情は、クリスマス前夜にプレゼントを楽しみに待つ少年のようだった。

テライさんだけでなく、スドウさんやナカノさんも協力してくれて、決まったルートは、まず食事会が新宿にある六歌仙で、その後に続いてくる飲み会は最初がキャバクラ、次におっパブ、その後にストリップを挟み、ガールズバーで少し冷ましてからの抜きという破天荒ルート。もちろんほとんどおれ以外の三人が決めた内容が採用されていることはわかってくれるはず。

社長は最初の食事会までしか参加しない。部長は最後の抜きには参加しない。というのが毎回のお決まりのようで、今回が特別すごいルートなのではなく、二週間に一度は夜の街を遊び尽くすようなイベントが発生するのだという事実は、十代であるおれのモチベーションを簡単に引っ張り上げた。

仕事が終わるとタクシーで新宿に向かい、焼肉店へと入っていく。そこに社長の姿はまだなく、おれだけが会ったことのない社長はどんな人物なのだろうと思いを馳せる。焼肉店はかなりの高級店のようで、店内奥にある個室へと通されたが、全く落ち着かない。おれは部長にある程度社会人としてのマナー、もとい、上下関係にある場合でのマナーなどを学んだので、入り口から最も近い席を選択した。社会に出たことのある人にとっては常識であり、なんら不思議に思わないこの慣例も、学生や新社会人の子達だとわからずに失礼にあたる可能性が出てくる。そう、この会社への面接時に行って恥を掻いた人間が事実ここにいるのだ。他にも乾杯の時にはグラスやジョッキの口を付ける部分の高さが、最も下にくるように乾杯をすべきだとか、常に目上の人たちのグラス内を確認し、瓶ビールなどで飲み物が準備されていれば、必ずお酌をする。ラベルが上にくるように両手で持ち、静かに注ぐ。食事が運ばれてきたらほとんどの場合サラダがあるので、率先して取り分け、地位の高い者から順に配る。空いたグラスや皿などにも常に気を配り、出入口に最も近い自分が声を掛けながら回収したりして、自分の近くに纏めておく。煙草を吸う上司がいれば、灰皿の状態も確認し、周りに使っていない灰皿が無ければ店員に新しいものを貰っておく。だがここで注意すべきは、上司の煙草に火をつける必要性はないということ。それはホストやホステスがしている慣例のようなものであり、そこまでする必要性はない。最後に、食事会が終了した後には、出入口に一番近いのだから一番最初に外へと捌けてしまいそうだが、そこを堪え最後の一人になるまでその場に残る。そして、他の方々が忘れ物をしていないかどうかを隅々まで確認する。その確認が終わってから退店すること。ここまでが簡単な食事会でのマナーであり、常識とも呼ばれている内容である。下っ端とは大変なのである。

暫くすると社長が現れ、全員が席から立ち挨拶をした。社長が奥の席に座るまではみんな立ったまま待ち、座ったことや、声を掛けられたことを確認してから改めて席に着く。
見た目は強面という雰囲気よりは大きいというイメージ。歳は30代半ばから後半くらいだろうか、黒渕で細めの眼鏡が怪しい空気感を増している。部長も口数は少ない方だが、それよりもさらに口数が少ないのが社長だった。

食事会が始まり、食べたことのないような肉をたくさん食べた。普段はあまり飲めないお酒も勧められれば頑張って飲み、社長はマッコリが好きだったので、お猪口にお酌する回数が尋常ではなく疲れた。それにお前も飲めと逆にお酌されてしまうので、目上の方に注がれた酒は必ず飲まなければならず、自分自身ではかなり頑張った食事会となった。食事会後半となった頃、さすがにこのままではそれ以降の予定に耐えられる自信が無かったので、トイレへと席を外し、吐き、口を漱ぎ、顔を洗い、出来る限り平然を装い席に戻った。

社長とはこの席で初めて会ったが、優しく話してくれたし、頑張れよと背中を押してくれた。あまり口数は多くないし、普段全然会う機会もないけど、優しい方なのかなという印象を持った。

その後の流れはひたすらに全力の夜遊びとなった。社長は焼肉店で会計を済ました後、タクシーでどこかへ消えていった。ご馳走さまでした!と全員で見送った後、目的のキャバクラへと向かった。この日一日だけで、総額数百万円が飛んだことにはさすがに驚いた。それとガールズバーに向かう道中で完全におれの記憶は飛んだ。酒で記憶が飛ぶのは初めての経験だったが、行く店行く店で酒を飲み、ある程度はトイレに行って吐いての繰り返しでなんとか意識を保っていたが、ストリップでのシャンパン一気がおれに止めを刺した。部長が今日はお前の入社祝いも兼ねてるんだから楽しめと、スーツの隙間至るところに千円札を差し、口にも千円札を咥えさせられ、ステージに上げられた。ストリッパーの方に横になるよう促され、おれの上で踊る下着の女性。たくさん差し込まれた千円半を女性の口や胸などで挟みながら取り去っていき、最後に口の千円札を胸で窒息させられるくらいの長さ包まれながら取り去っていった。こんな世界があるのかと逆上せていた直後、これから宜しくななどと言われながら渡されたシャンパンを一気したことが失敗だった。でも、他にも部長が気に入った女の子を選べと言うので、あの子が良いですと言ったら、お店に金を渡し、あの子と遊んでこいと、おれを裏のVIP部屋へ行かせてくれ、二人きりでイチャイチャしたり。夢のような時間だった。

その後、ガールズバーへ向かう道中の記憶が曖昧になっていき、ガールズバーの中ではひたすらに突っ伏していたようである。だが、それでも最後の抜きまでしっかり遊び尽くし、始発で家へと帰った。こんなことが二週間に一度あるのかと考えると、仕事が楽しくてたまらなくなっていた。

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