狐の婿入り

たんぼ

其の一 駄菓子屋商売

異様な世界。
いや、僕だけが異様な世界。
この世界の住人は一様に面をつけ、その中で笑っている。
もう何日歩いたのだろう…。時間は正確に流れ、朝があれば昼があり夕暮れ、夜もある。なのに何かがおかしい。繰り返し同じ日を歩んでいるような…?


余計なことを考えるのはよそう。今はただひたすらにこの川のもとがある森に向かうとしよう。

そんな日を続けてはや四回目の夜だった。この間出会った子どもたちについてうんうんうなって考えていると、向こうの方にぼんやりと光った何かがあった。
この世界にきて初めての人工の明かり。なにかに連れられるように、僕はそこへと歩み寄った。


駄菓子屋だがしや…」
掠れた文字でそう書かれている。屋号は読めないほどさびれていた。
ランプの明かりは駄菓子屋だがしやの中から漏れている。

引き戸をガラガラと開ける。少々立て付けが悪く開けにくかった。
「いらっしゃい」
店の主人がそうつぶやく。生気のない声なのに気味の悪い笑顔を浮かべている。
「あんた、ちがう者だな。」
ちがう者…?どういうことですか。と尋ねた。
「ほれ、この子らとはちがうだろう。あんたはここらに住んでるもんじゃない。そうだろう?」
この子らとは、駄菓子屋だがしやにいる子ども達のことだった。
こんな夜中なのに七、八人ほどいる。また囲まれると思い身構えたがそんなことはなく、ただ一瞬目があっただけだった。
子どもたちは
「ケンさん、糸引飴いとひきあめちょーだい」
「おれは、べーゴマ!小遣いもらったから良いの買うんだ」と口々に言う。
店の主人はケン、というらしい。子ども達の口ぶりからして、ある程度したわれているようだ。

子どもたちの会計を済ませ、ケンは話を再開した。
「ちがうもの、オレらがそう呼ぶのはあんたみたいな者のことを指す。さて、どこから話そうか…」
ケンはぽつりぽつりと話し始めた。


ちがうもの、オレらがそう呼ぶのはあんたみたいな者のことを指す。さて、どこから話そうか…。わかりやすくいくか。いいかつまりあんたは八百万やおよろずの者じゃねぇってことだ。
え、よくわかんねぇって?畜生ちくしょうが…。
簡単に言うとお前さんは魂じゃねぇってことだな。いいか、うちの駄菓子だがしは魂のもんしか買うこたァできねぇ。あんたは魂じゃねぇ。肉がついてるじゃねぇか。
うん、うまそうな肉だ。少しくれよ、なぁに痛みは感じねぇ。ほらっよこせヤイ。そこのポンポン船と交換してやらァ。なんでい嫌なのか。まぁお前さんが嫌ならしょうがねぇ。取引は無効だな。

話を続けるぞ。
さっきまでいた子どもたちも、恐らくあんたが見てきたものもそれらは全て魂だ。空も雲も、草や木、はたまた建物まで。この世界に存ずる全てのものが魂だ。
あんたが言ってた子どもたちも、きっとあんたの肉が欲しかったんだな。この駄菓子屋だがしやだってそうさ!

ただそういう奴らには気をつけな。奴らは出来損できそこないだ。魂は形作られたが、肉は与えられなかった。肉を持たねぇやつは肉を欲する。あんたみたいなのは久しぶりに見た。駄菓子屋だがしやかまえて…あれ何回たったけか…
まぁいいか。
昔に一度あんたみたいのがここに来たよ。
あんたみたいにしみったれた顔して、自分が何をすればいいか、分からなくなっていやがった。だからオレは今みたいに教えてやったんだ。この世界の仕組みのこととか色々な。当然困惑してたよ。
「帰りたい…帰らせてくれ!」とか言ってた気がしたな。もちろんオレにそんな力はない。
この世界を支えているのは八百万やおよろずの神々だ。
少し難しいぞ。いいか、オレやさっきの子どもたちは魂であって、神ではねぇ。
神様は向こうの森の中にいるよ。
なに?歩いても歩いても、そこに着かねぇだ?
あんた足が遅いだけだ、あまったれてんじゃねぇぞ。
もしもだ。あんたがあの森に着いたら、神様に会うことになるだろう。この世界はオレもしっかり理解できないくらい不思議で絶対ってことはあまりないが、これだけは言える。
あの森には神がいる。そして森に入ったら絶対にその神と会う、いや会わなきゃなんねぇ。
さっきはあんなこと言ったが、恐らく神があんたにはまだ会う資格がないと判断したんだろう。だからきっといつまでも着かねぇんだろうな。

いいか、きっとあんたもこないだのやつみたいに困惑してるにちがいない。そうだろう?そうしたらあれやこれやと考えるのは無駄むだなんだ。
だからただひたすらに歩いていけ。あんたは多分この先にも色んなものに出会うだろう。オレみたいな者にも、ヒトの形をしていない何者かにも。
そしたら、できるだけ助けてもらうといい。オレなんかはずっと入口に居るまんまだから、中のことなんざまるで分かんねぇ。きっとこの先会う者達の方がよく知っているだろうよ。
もう一度言うぞ。兎に角と かく森を目指せ。ひたすらに歩け。そうすりゃいつの間にかあんたはこの世界の仕組みをオレより理解できるようになるだろうよ…。



ケンは話の終了の合図に、煙草たばこくゆらせ始めた。
「どうかお前も一本吸うか?」
「すみません、未成年です」
ケンはしばしほーっと僕の顔を見たあと、ハッハッハ!!と笑い始めた。
「いやー悪ぃな!まさかこの世界まできて規律きりつを守る奴がいるたぁな…。気に入った!これを持ってけ!」
そう言ってケンがくれたのは、ドロップの缶とメンコだった。(メンコはとびきり小さかった。けち…)
それが役立つ日が来るだろうよ。気をつけな。ここはあんたがいるべきとこじゃねぇ。早々に出口を見つけて出ていきな。
「最後に一ついいですか?」
「なんだ?泊まりてぇって言うんじゃねえだろうな」
「いえ、そういう訳では。えぇと、じじと呼ばれる者を知っていますか?」
「…知らねぇ。早く出ていきな。もう閉店だ」
閉店だとしたら遅すぎやしないか?そう思いながらも、
「…わかりました。ありがとうございました。」
と言って、ぺこりと頭を下げた。
「気をつけろよ」

ケンは口は悪いが優しい人物だった。
ありがとう、と言ってから店をでた。口にはドロップ、ハッカ味。スースーとしたものが鼻腔をくすぐる。


日が昇ってきた。今度は5回目だ。ケンは言っていた。
「できるだけ助けてもらうといい。」
ヒトの形をした者にも、ヒトならざる者にも…。
少しだけ気分が上向きになった。
振り返って駄菓子屋だがしやを見るとボロボロの古屋になっていた。屋根は穴あき、壁は朽ちている。ただ屋号はなんとか読むことができた。助賢すけけん…そう書いてあった。
戻ることはない。ただ歩いていこう。
きっと何かが待ってるはずだ…。


風がびゅうと吹きゾクッとした。



駄菓子屋商売 fin

「狐の婿入り」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ホラー」の人気作品

コメント

コメントを書く