人に咲く花、花を食らう人

巫夏希

第一話 家族②

 ラルスピークの町の外れにある小さな家が、ターゲットの住む家だった。ターゲットとはシスターの用語で罹患者のことを指す。罹患者と呼ぶと、彼らの人権を損害する危険性もあるし、第一彼らに失礼であるからということでターゲットと呼ぶことにしている。それはそれでどうかと思うけれど、まあ、シスターネットワークの決めたことだからそれに従うしかない。仮に文句を言われてしまった場合、被害を受けるのは現場のシスターなのだけれど。
 家の扉をノックする。ノックは三回、が原則となっている。それはシスターネットワークがそうしているのではなく、一般常識の範疇だ。世界の常識が通用しない場所など存在しないだろうし、きっと存在させないのが今の世界だ。世界はすべて平等たれ――それが世界のルールであり、世界の理だった。

「……はい、あいています。どうぞお入りください」

 声を聞いて、僕は中に入る。
 中に入るととても質素な作りであることが見て取れた。土の床で、藁の茣蓙が置かれている部分はきっと寝床だろう。普段食事を取るスペースは奥にある広い茣蓙だろうか。いずれにせよ、この家はあまり裕福な暮らしをしているとは思いがたい。それが僕の見た現状だ。

「ああ、シスター様。ついに、私たちにも救いの手を差し伸べてくれたのですね」

 そう言ったのは、キッチンに居た女性だった。恐らくは、母親だろう。白い布で頭を包み、料理に髪の毛が落ちないようにしている。しかしその布から少し見える白髪と、肌の荒れ具合からしてこの家の苦労が垣間見える。
 僕は一礼のみして、話をこちらに誘導させていく。

「患者は、どこに?」
「奥で眠っています。今は落ち着いているのですが、ひどいときは全身をかきむしるのでこちらが止めるので精一杯です」
「それは致し方ありません。花が分泌する液体には、人間に痒みを認知させる物質が入っているという研究結果も出ています。ですから、それは至極間違ったことではありません。とはいえ、人間の皮も脆いので、ひっかき過ぎには注意が必要ですがね」
「そうなのですか……」

 母親と思われる女性は俯く。別に彼女が悪い話じゃない。悪いのはこの病が広まった世界と、そしてそれを何もせずに見つめる――神だ。
 患者の元に通されると、そこには腕を握っている一人の男性が居た。眠っている女性よりも小さいことからして、恐らくは弟に当たるのだろう。もしかしたらすでに栄養を吸い取られて、身長が縮んでいる可能性すらあり得るが。
 男は僕を見て、漸くやってきたという感じで安堵の溜息を吐く。

「ユナ、やっと我が家にもシスター様が来てくださったぞ。おい、ユナ。聞こえているか?」
「ああ、無理に起こさなくてもいいですよ。別に起きて貰わなくてもいいし、その方がこちらとしてはやりやすい」

 僕は起こそうとする男を制止する。どうやら眠っている患者はユナと呼ぶらしい。
 彼女の身体は包帯でぐるぐる巻きにされている。唯一肌を出しているのは、先程の男と手を繋いでいた右手、その一部のみだった。

「……一応、自己紹介からさせていただきます。僕の名前はアルフォンス・リゾーナ。シスター識別番号は、7334番となります。一応携行しているシスター証明証を見せる必要がありますが、どうされますか?」
「そんなことはどうだっていい! 良いから、ユナを……ユナを助けてくれ!」

 まあ、そう言うだろうな。
 実際、この病気にかかった人間を持つ家族は皆、シスターの仰々しい儀式にも似たやりとりに苛立ちを示す人も多くない。殴りかけられた時もあるし、終わった時にはつばをかけられたこともある。日常茶飯事、と言っても良い。
 人の命を救っているのはこちらなのに、どうしてこのような処遇を受けねばならないのか。そんなことを考えたときだって、ある。しかし、それは直ぐに杞憂だと気づいた。そんなことを考えたところで、開花病の患者が一人でも減るわけじゃないし、その病気の人間を少しでも症状を和らげさせるために、僕たちシスターがいるのだから、それについては、別に否定することでもないと言うことだ。

「……承知しました。では、これから治療を開始します。一応言っておきますが、シスターネットワークですら、開花病の根源的な治療は出来ません。あくまでも延命治療です。花を取り除くことにより、その人間の生命力を一時的に回復させることが限界です。そこだけは、ご理解ください」
「ああ、分かっている! 分かっているとも。だから、お願いだ! 姉さんを、救ってくれ」
「分かりました」

 そして、僕は彼女の横に立つ。


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