村人が世界最強だと嫌われるらしい

夏夜弘

最善策 3

「クッ……離せ」

「じゃあキュウを返せ」

「……それはできん」

「ならこっちも同じだ」

 キュウは気絶しており、だらんとした状態で抱えられている。周りの者も、烈毅に近づこうとするが、デッドを人質にされて迂闊に近づけない。

「何故キュウを狙う?」

「人間如きに教えるわけ無いだろ」

「はぁ……わかった。じゃあやり方を変えよう」

 烈毅は、デッドの右腕を掴み、関節技を掛ける。徐々に力を強めていき、折れる寸前まで来るも、口を割ろうとしない。

「早く吐かないと、腕折れるぞ?」

「…………カゲロウ、やれ」

「何を言って……!?」

 デッドを抑えていた烈毅の顔面に、カゲロウと呼ばれる妖狐の膝蹴りがモロに入る。かなりの強烈さに、烈毅は数メートル程吹き飛ばされる。

「いってぇ……」

 口端からは血が垂れて来る。口の中は、血の味で満たされ、烈毅は口の中に溜まった血を吐き出す。

「こいつを持っていろ。すぐに片付ける」

 カゲロウと呼ばれるその者は、キュウを起き上がったデッドに渡すと、前に出て来る。

 二メートルはあろう身長に、発達した筋肉。八本の尻尾。長い金色の髪を後ろに束ね、幾つもの死線をくぐり抜けてきたような鋭い目、角張った輪郭、溢れ出る殺気。その者全体が、死を象徴するような恐ろしいその妖狐は、烈毅へと近付いていく。

「立て。簡単には終わらせないぞ」

 烈毅は無言で立ち、口端から垂れた血を荒く拭う。視線が会い、数秒の間睨み合う。

 デッド達は、少し下がったところで、映画でも見るような目で見ている。きっと、カゲロウが勝つと確信しているからだろう。

 烈毅は、感じ取った。カゲロウは只者ではないと。

 先に動き出したのはカゲロウ。今まで出会ってきたどんな奴よりも速いスピードで距離を詰め、大木のように太い腕を上げ、拳を作って殴りかかってくる。

 烈毅はギリギリでそれを躱すと、風が遅れてやって来て、ピシッと空気を叩く音が鳴り響く。完全に避けたと思ったが、烈毅の右頬に薄い切り傷が付き、血が垂れる。

「ほう、今のを避けるか」

 そうカゲロウが呟くと、次は右足で強烈な蹴りが、烈毅の左肋へと向かって行く。烈毅は、それを左手だけで防ぎ、デッドの腹を目掛けて強烈な殴打。だが、それはバックステップをして躱される。

「へぇ、今のを避けるんだ」

 お互い再び睨み合う形になり、両者ともに様子を伺う。その際、烈毅は少しほかの場所を気にする動きを見せる。それを見逃さなかったカゲロウは、その一瞬の好きを見て動き出す。

「余所見とは余裕だな」

 カゲロウがそう言いながら、突進の勢いを載せた重い右ストレートを烈毅に入れようとする。

 烈毅はニヤリと笑いを見せ、残像を作りながらカゲロウの後ろへ回り込む。そして、カゲロウはその残像を殴りつけ、感触が無いことに気がついた時には、既に烈毅の強烈な右足蹴りが、カゲロウの右肋にもろに入っていた。

 流石に鍛えられている身体だけあって、骨折まではいかなかったが、それでもかなりのダメージは与えられた。

 カゲロウは、痛みを堪え、すぐに振り返り攻撃を無闇矢鱈にする。これは、相手を間合いから離れさせようとするためだ。

 烈毅は、それを横に高速でズレて躱し、カゲロウの攻撃が止むのを待つ。そして、また他の場所を気にする動きをする。

「おいカゲロウ、お遊びはその辺にして、さっさとその人間をぶち殺せ」

「わかってる。だが、もう少し時間がかかる。大人しく待っていろ」

 その返答を聞いた一行は、目を見開いて驚いた表情を見せた。それもそのはず、カゲロウは今までそんな要求をした事が無かったからだ。

 カゲロウは、いついかなる時も素早く仕事を終わらせて見せた。強者故に、時間を掛けることなど無かったからだ。

 それ程までに、烈毅が強大な相手だと言うことを、その時デッド達は、悟った。自分たちも、覚悟をしなければならないと。やられる覚悟を。

「お前、名前は?」

「人村烈毅」

「俺はカゲロウ」

「カゲロウ……なぜお前は戦争を起こそうとする?」

「……話す気は無い」

「……そうか。じゃあこうしてくれ。俺が勝ったら、なぜそんなにも戦争をして領土を拡大したいのかを教えろ」

「……わかった。なら、こっちにも条件がある。俺が勝ったら……一緒に戦ってくれ」

 その言葉を吐いた瞬間のカゲロウの顔は、どこか寂しそうで、どこか悲しそうで、何かを耐えているような目をしていた。

「情けは無しだ。本気で行くぞ」

「ああ。俺も本気で行く」

 両者ともに力をため、全身にオーラを纏う。地面が揺れ、周りの者に存在感を強く与え、その場にいるだけでも息苦しくなるような熱気に当てられ、思わずデッド達は、立ちくらみをしてしまう。

「さぁ、第二ラウンドの始まりと行こうか」

 烈毅が指を鳴らし、それが合図かのように戦いが始まる。そして、激しい轟音と共に、その場には暴風が吹き荒れる。

 そんな中、密かに動く一つの影が―

「さぁ、こっちも動き出しますかね」

 息を殺し、その影は近づく。一歩、また一歩と……。

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