天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

実は教皇様に面会希望の方がいらしゃって

 ヘブンズ・ゲートの事件から数日後。教皇宮殿にあるバルコニーの一角に教皇エノクは立っていた。中庭を俯瞰できる場所であり、日中のこの時間まだまだ大勢の人が出入りをしている。視線を足下から遠くに向ければ町の様子も見れた。戦争の爪痕によって傷つき瓦礫の山となった首都ヴァルカンは元に戻っており、サン・ジアイ大聖堂もここと同じように政治の中心としての機能を取り戻している。むしろここよりも忙しいに違いない。
 総教会庁としても傍観しているわけではなく、教会として地方を中心に住民の援助を行っていた。首都ヴァチカンが天羽たちに一時的にとはいえ占拠されたのだ、戻るにしたっていろいろある。
 また神官庁とも連携して空白となった政治の運営も行っていた。臨時国会を開き緊急事態における教皇の全能権行使、その法案を急いで作成し、他国への説明と理解を求めた。もともと総教会庁は国営には関わっていないので町の修復は神官庁がやるのが常なのだが、被害が大規模であり、世界改変で直そうにもそれができるのが今のところガブリエルしかいない。しかし彼女は敵であった天羽だ。そのため彼女にやらせるわけにもいかず教皇エノクが代行できるための法案を作る必要があった。
 そして、その法案が昨日ようやく国会で可決された。それを合図にすぐさまエノクは行動を開始した。事前に調査されていた被害を把握して元の形に改変していく。瓦礫となった町並みはかつての美しさを取り戻し、ゴルゴダ共和国は平穏をつかみ取った。
 それがつい昨日のできごと。目まぐるしいスケジュールだった。とはいえ全部が終わったわけではなく、これからもその続きはある。細部の修復はまだだし修復箇所に漏れがあれば新たに法案を通さなければならない。それくらい世界改変の行使はシビアだ。誰しもが納得できる形で行えるよう、すべて事前に決めておかなければならない。なにを全能で直し、なにを人為的に直すのか。今もその走査と復興活動は行われている。
 そんな多忙な身でようやく落ち着ける時間を見つけたのだ。エノクはここからゴルゴダの町を眺めていた。
 これが守ろうとしたもの。みなで頑張った成果なのだ。じっと見つめるその中で、エノクの胸に達成感がにじみ出てくる。
 ここまでくるのにいろいろあったが、こうして収まるところに収まってよかった。終わりよければすべてよし。

「と、緩んでいるな」

 そう思ったあと、まだ終わってはいないかと思い直す。反省に目を伏せるがしかし口元は小さく持ち上がっていた。

「教皇様」

 声をかけられ振り返る。バルコニーの窓際には女性の職員が立っていた。

「実は教皇様に面会希望の方がいらしゃって」
「私に?」

 教皇自体に会おうとする人物はいくらでもいる。ただでさえこの状況だ、仕事の話はいくらでも入ってくる。
 しかしそうではなく面会というのはどういうことだろうか。

「その、お引き取り願おうかとも思ったのですが、ただ、その」

 女性はなにやら歯切れが悪い。どういうことなのか本人も整理がついていないのか面会希望の人物に困っているようだ。

「誰だい?」

 威圧感を与えないように優しく声をかける。それで職員は真っ直ぐとした目でエノクを見た。

「はい。その、教皇様の、妹だと名乗る方が」
「シルフィアが?」

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