天下界の無信仰者(イレギュラー)
エピローグ
陽の光が差し込み、穏やかな空気が流れていた。静かでいて安らげる、そんな部屋。
そのベッドの上で、サリエルは目を覚ました。
「……ち」
意識を覚ますなり舌打ちが出る。表情は露骨に歪み天井をサングラス越しに忌々しく睨みつける。
「悪夢だな、こりゃ」
サリエルが覚えている最後の記憶はウリエルとの決闘だ。そこで自分が死んだことも覚えている。
しかし自分はこうしてベッドに横になっており下半身どころか全身含めて傷一つない。
「そんなこと言わないでよね」
そこで声がかけられた。見れば、そこにいたのはラファエルだった。
意外とは思わない。生死は彼女の本分だ、自分が生き返ったのならそれは彼女しかいない。
「あれからどうなった?」
「失敗したわ。ミカエルは失脚。勝負は人類側の勝利」
サリエルはラファエルに向けていた顔を天井に戻した。
「情けねえ」
「あんたねえ……」
サリエルの無責任な発言にラファエルは疲れた表情を浮かべる。そのままベッドのそばにあるイスに腰掛けた。
「あんたがらしくもなく私情に走ったからでしょ?」
「ああ、そうだよ。ちっ。だから目覚めたくなかったんだ」
その自覚はサリエルにもあった。負ける気はなかったし、万が一があってもラファエルやガブリエルに任せておけば大丈夫だろうという思いもあったが、自分が勝手を働いたのは覆せない。
非難は当然。死人ならともかく生きているなら言われてしまう。
サリエルは嫌そうにつぶやいた。
「まったく。せっかく蘇生させてあげたのにお礼の一つもないわけ?」
「あるわけねえだろ。なんで蘇られたんだよ」
「はあー」
ラファエルは盛大にため息を吐いた。
「大変だったのよ。遺体も残ってないから蘇生させるのにいつも以上の手間がかかったし。あんたのためにどれだけ私が苦労したか。なのに目が覚めたら覚めたで愚痴を言われるんだから。はぁ。私っていったい」
不憫な女性である。
「んなこと聞いてねえんだよ。ガブリエルは?」
「彼女は仕事中よ」
「仕事だ?」
そこではじめて生き返った鬱屈とは違う表情を見せた。サリエルは体を起こしラファエルを見た。
「俺たちは負けたんだろ? なんの仕事だ?」
「今まで通り国務長官よ。ミカエルは行方不明だから神官長は空席だけど、私たちの処遇については保留の上、職務は継続だってさ。いろいろ取り調べは受けたけど反抗の意思がないというのとこれまでの仕事ぶりが評価されたみたい」
「ふーん。堅物のエノクにしては柔軟な対応じゃねえか」
「この戦いで得るものでもあったんでしょう」
二人ともエノクを若い頃から知っている。教皇という椅子に座る前、聖騎士という称号を得るよりも前からだ。
その頃から真面目なエノクを知っている身としてはこの決定はかなり衝撃的だ。
「まあ、今は大変な時期だし、政治の穴をこれ以上空けたくないという打算なんだろうけど。それでも今回の事件、その一旦を担っていた私たちを執行猶予みたいな扱いで続投というのは驚きよね。どうしちゃったのかしら。あ、でも監視はつくからそのつもりで」
「なんだそりゃ、死んだ方がマシだぜ」
サリエルは起こした体をベッドに倒す。勢いにマットレスが大きく揺れた。
「はあー。命の恩人を前にそれを平気で言うんだから、あんたは」
普通、死から救ってくれたのだからありがとうの一言があってもいいものだがこの同僚は礼どころか悪態ばかりだ。救った甲斐がない。
ラファエルはやれやれと浮かない顔で立ち上がった。
「とりあえずそういうことだから。あんたはあんたで敗者らしくこれからしっかり働くのよ。私もそのつもりなんだから」
プンプン。ラファエルは不機嫌なまま部屋を出て行こうとした。
「なあ」
「なによ」
しかしサリエルに呼び止められる。振り返ればサリエルは天井を見上げたままだった。
そして、なんでもないように聞いてきた。
「あいつはどうしてんだ?」
あいつ。それが誰なのかすぐに分かった。その人が今どうしているのか、ラファエルは思い浮かべるとともに窓から青空を見た。
ラファエルの表情が緩む。この空の下にいる、その人のことを思って。
「彼女なら、今ごろ――」
そのベッドの上で、サリエルは目を覚ました。
「……ち」
意識を覚ますなり舌打ちが出る。表情は露骨に歪み天井をサングラス越しに忌々しく睨みつける。
「悪夢だな、こりゃ」
サリエルが覚えている最後の記憶はウリエルとの決闘だ。そこで自分が死んだことも覚えている。
しかし自分はこうしてベッドに横になっており下半身どころか全身含めて傷一つない。
「そんなこと言わないでよね」
そこで声がかけられた。見れば、そこにいたのはラファエルだった。
意外とは思わない。生死は彼女の本分だ、自分が生き返ったのならそれは彼女しかいない。
「あれからどうなった?」
「失敗したわ。ミカエルは失脚。勝負は人類側の勝利」
サリエルはラファエルに向けていた顔を天井に戻した。
「情けねえ」
「あんたねえ……」
サリエルの無責任な発言にラファエルは疲れた表情を浮かべる。そのままベッドのそばにあるイスに腰掛けた。
「あんたがらしくもなく私情に走ったからでしょ?」
「ああ、そうだよ。ちっ。だから目覚めたくなかったんだ」
その自覚はサリエルにもあった。負ける気はなかったし、万が一があってもラファエルやガブリエルに任せておけば大丈夫だろうという思いもあったが、自分が勝手を働いたのは覆せない。
非難は当然。死人ならともかく生きているなら言われてしまう。
サリエルは嫌そうにつぶやいた。
「まったく。せっかく蘇生させてあげたのにお礼の一つもないわけ?」
「あるわけねえだろ。なんで蘇られたんだよ」
「はあー」
ラファエルは盛大にため息を吐いた。
「大変だったのよ。遺体も残ってないから蘇生させるのにいつも以上の手間がかかったし。あんたのためにどれだけ私が苦労したか。なのに目が覚めたら覚めたで愚痴を言われるんだから。はぁ。私っていったい」
不憫な女性である。
「んなこと聞いてねえんだよ。ガブリエルは?」
「彼女は仕事中よ」
「仕事だ?」
そこではじめて生き返った鬱屈とは違う表情を見せた。サリエルは体を起こしラファエルを見た。
「俺たちは負けたんだろ? なんの仕事だ?」
「今まで通り国務長官よ。ミカエルは行方不明だから神官長は空席だけど、私たちの処遇については保留の上、職務は継続だってさ。いろいろ取り調べは受けたけど反抗の意思がないというのとこれまでの仕事ぶりが評価されたみたい」
「ふーん。堅物のエノクにしては柔軟な対応じゃねえか」
「この戦いで得るものでもあったんでしょう」
二人ともエノクを若い頃から知っている。教皇という椅子に座る前、聖騎士という称号を得るよりも前からだ。
その頃から真面目なエノクを知っている身としてはこの決定はかなり衝撃的だ。
「まあ、今は大変な時期だし、政治の穴をこれ以上空けたくないという打算なんだろうけど。それでも今回の事件、その一旦を担っていた私たちを執行猶予みたいな扱いで続投というのは驚きよね。どうしちゃったのかしら。あ、でも監視はつくからそのつもりで」
「なんだそりゃ、死んだ方がマシだぜ」
サリエルは起こした体をベッドに倒す。勢いにマットレスが大きく揺れた。
「はあー。命の恩人を前にそれを平気で言うんだから、あんたは」
普通、死から救ってくれたのだからありがとうの一言があってもいいものだがこの同僚は礼どころか悪態ばかりだ。救った甲斐がない。
ラファエルはやれやれと浮かない顔で立ち上がった。
「とりあえずそういうことだから。あんたはあんたで敗者らしくこれからしっかり働くのよ。私もそのつもりなんだから」
プンプン。ラファエルは不機嫌なまま部屋を出て行こうとした。
「なあ」
「なによ」
しかしサリエルに呼び止められる。振り返ればサリエルは天井を見上げたままだった。
そして、なんでもないように聞いてきた。
「あいつはどうしてんだ?」
あいつ。それが誰なのかすぐに分かった。その人が今どうしているのか、ラファエルは思い浮かべるとともに窓から青空を見た。
ラファエルの表情が緩む。この空の下にいる、その人のことを思って。
「彼女なら、今ごろ――」
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