天下界の無信仰者(イレギュラー)
まさか、記憶が……
無意識に言葉が出てくる。自分がなにを言っているのか、なぜそこまでエノクに言葉をかけたくなるのか神愛にもよく分かっていない。
それに、その言葉は不自然だった。これが挑発だとしてももっと他に言葉があるはずなのに。
「主」
神愛の異変にミルフィアも気づき始めていた。
さきほどから神愛の発言はおかしい。本人は気づいていないし周りも戯れ言か挑発だと気にも留めていない。
けれど彼女には分かる。かつて、彼とエノクと共に、三人で過ごした彼女なら。
「まさか、記憶が……」
神愛は記憶を引き継がない。数え切れないほどの転生を繰り返すその度に生前の記憶はリセットされて、新たな生を歩み出していく。
しかし。
六十年前。エノクと共に過ごした人生は前々世に当たる。比較的時間が近い。なら、思い出せても不思議ではない。
神化によってどこまでも限界を超えていく。たとえ全部を思い出せずとも触れるくらいできるかもしれない。記憶の断片すら分からなくてもその時の感情が蘇ってくる。
そして、目の前にはその時の弟がいるのだ。
運命の一戦だ。あの時交わした、約束の戦いだった。
二人の戦いを離れたところで皆は見守っていたが、そこでミルフィアは手を胸に当てていた。
この戦いを見るのが辛い。胸が引き裂かれそうになる。本当なら止めて欲しい。
でも、止められない。
この戦いを止めるには、両者の思い入れが深すぎる。
神愛が腕を振り抜いた。その衝撃波が攻めるものを近づけさせない。攻撃こそが最大の防御だと言わんばかりに攻撃を仕掛けてくる。事実その度に強風が巻き起こりエノクの接近を防いでいた。
その戦い方は見たことがある。昔と変わらない。
「やはり。お前は」
神愛の猛攻を捌きながらエノクは危機感とともに懐かしさを覚えていく。本当に変わらない。その言動。その態度。
なによりそのメチャクチャなあり方と行動力。
エノクは神愛の連続攻撃を躱していきさらに強風にも気を取られる。動きが刻一刻と重くなっていく自身の体が歯がゆかった。
「ふん!」
その隙を突かれ妨害のオーラによって全身を拘束されてしまう。
「く!?」
しまった。動けない。普段なら切り抜けられるが今はそうもいかない。
「うらああ!」
防御も回避もできない。その無防備な体に神愛の渾身の一撃がたたき込まれた。
「があああ!」
エノクの体が吹き飛び何度も地面を叩いては回っていく。
「神愛君!」
「よし!」
「教皇様!?」
「エノク様!?」
クリーンヒットが直撃し恵瑠と加豪が言葉を漏らす。反対にペトロとヤコブは心配に声を荒げた。そんな周囲とは別にミルフィアと天和は静かに二人の戦いを見つめていた。
十メートル以上も飛ばされたエノクの体はボロボロだった。服は破れ体は血で滲み、押しつぶされそうな疲労が全身に蔓延っている。
「どうしたエノク。こんなものかよ」
「ぬ……う」
なんとか立ち上がるが足がふらついた。剣を地面に刺し体を支える。息が苦しい。体が前屈みになり視界が揺れる。
勝てないのか? 自分の有様に弱気な予想が脳裏を掠める。あの夜からこの日のためだけに頑張ってきた。だが、このままでは負けてしまう。
なぜ? なぜ勝てない? ふらつく思考の中でエノクの自問自答が止まらない。
(人類を守るため、天羽の襲来は防がなくてはならん。そのためには彼女は倒さねばならない。これは人類を守るために必要なこと。人を助けるためのはず。なぜだ、なにが足りない?)
約束を忘れたことなんてない。大勢を救うため頑張ってきた。なのになにがいけない。
(人類を守るため。そのために、彼女を倒す。……倒す?)
そこで、ようやく分かった。
こんなにも簡単で、どうして見落としていたのか分からないくらい。余裕がなかったからかもしれない。状況は戦争にまで発展し多くの犠牲が出た。なんとしても防がなくてはならないと意気込んでいた。それもある。けれどそうじゃない。そんな理屈にはまっていたから気づけなかった。
(そうか。倒すのではない)
そこでようやくエノクは気づいた。
大切なのは、
(彼女をも、救うんだ)
その人を助けたいという気持ちだ。
それに、その言葉は不自然だった。これが挑発だとしてももっと他に言葉があるはずなのに。
「主」
神愛の異変にミルフィアも気づき始めていた。
さきほどから神愛の発言はおかしい。本人は気づいていないし周りも戯れ言か挑発だと気にも留めていない。
けれど彼女には分かる。かつて、彼とエノクと共に、三人で過ごした彼女なら。
「まさか、記憶が……」
神愛は記憶を引き継がない。数え切れないほどの転生を繰り返すその度に生前の記憶はリセットされて、新たな生を歩み出していく。
しかし。
六十年前。エノクと共に過ごした人生は前々世に当たる。比較的時間が近い。なら、思い出せても不思議ではない。
神化によってどこまでも限界を超えていく。たとえ全部を思い出せずとも触れるくらいできるかもしれない。記憶の断片すら分からなくてもその時の感情が蘇ってくる。
そして、目の前にはその時の弟がいるのだ。
運命の一戦だ。あの時交わした、約束の戦いだった。
二人の戦いを離れたところで皆は見守っていたが、そこでミルフィアは手を胸に当てていた。
この戦いを見るのが辛い。胸が引き裂かれそうになる。本当なら止めて欲しい。
でも、止められない。
この戦いを止めるには、両者の思い入れが深すぎる。
神愛が腕を振り抜いた。その衝撃波が攻めるものを近づけさせない。攻撃こそが最大の防御だと言わんばかりに攻撃を仕掛けてくる。事実その度に強風が巻き起こりエノクの接近を防いでいた。
その戦い方は見たことがある。昔と変わらない。
「やはり。お前は」
神愛の猛攻を捌きながらエノクは危機感とともに懐かしさを覚えていく。本当に変わらない。その言動。その態度。
なによりそのメチャクチャなあり方と行動力。
エノクは神愛の連続攻撃を躱していきさらに強風にも気を取られる。動きが刻一刻と重くなっていく自身の体が歯がゆかった。
「ふん!」
その隙を突かれ妨害のオーラによって全身を拘束されてしまう。
「く!?」
しまった。動けない。普段なら切り抜けられるが今はそうもいかない。
「うらああ!」
防御も回避もできない。その無防備な体に神愛の渾身の一撃がたたき込まれた。
「があああ!」
エノクの体が吹き飛び何度も地面を叩いては回っていく。
「神愛君!」
「よし!」
「教皇様!?」
「エノク様!?」
クリーンヒットが直撃し恵瑠と加豪が言葉を漏らす。反対にペトロとヤコブは心配に声を荒げた。そんな周囲とは別にミルフィアと天和は静かに二人の戦いを見つめていた。
十メートル以上も飛ばされたエノクの体はボロボロだった。服は破れ体は血で滲み、押しつぶされそうな疲労が全身に蔓延っている。
「どうしたエノク。こんなものかよ」
「ぬ……う」
なんとか立ち上がるが足がふらついた。剣を地面に刺し体を支える。息が苦しい。体が前屈みになり視界が揺れる。
勝てないのか? 自分の有様に弱気な予想が脳裏を掠める。あの夜からこの日のためだけに頑張ってきた。だが、このままでは負けてしまう。
なぜ? なぜ勝てない? ふらつく思考の中でエノクの自問自答が止まらない。
(人類を守るため、天羽の襲来は防がなくてはならん。そのためには彼女は倒さねばならない。これは人類を守るために必要なこと。人を助けるためのはず。なぜだ、なにが足りない?)
約束を忘れたことなんてない。大勢を救うため頑張ってきた。なのになにがいけない。
(人類を守るため。そのために、彼女を倒す。……倒す?)
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(そうか。倒すのではない)
そこでようやくエノクは気づいた。
大切なのは、
(彼女をも、救うんだ)
その人を助けたいという気持ちだ。
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