天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

愛されているのですね、エリヤ

 それもまた当然の対応だ。エリヤは仕方がないと思いつつ近づいてきた者に理由を伝えると、その者は警備をしていた彼と同じような表情になり、道を開けてくれたのだ。
 それも一度だけではなかった。教皇の間へと行く間大勢の人に声をかけられた。同期の者もいれば先輩の騎士、後輩からも止められた。男性が多いが女性もいた。
 けれど、みなが道を開けてくれた。

「ありがとよ」

 ここに来てから何度この言葉を言っただろう。大勢の人が勤務する教皇宮殿、その廊下で出会うすべての人がエリヤに道をあけていた。
 そうしてエリヤはたどり着いていた。全長300メートル。その最上階に位置する教皇の間。扉の前には二人の衛兵が立ち、槍を手にしている。
 その廊下に現れるなり衛兵たちは驚いた。

「どうしてここに?」

 その驚きは尤もなものだ。謹慎中のエリヤがなぜここにいるのか。
 なにより、どうしてここまで来れたのか? だ。階下の人たちはなにをしているのか。まさか達人級のスニーキングスキルでここまで来たわけではあるまい。

「止まれ!」

 近づくエリヤに棘のある声で制止を言われる。しかし、それでもエリヤは止まらなかった。

「聖騎士エリヤ! ここは許可された者以外近づくことを禁じている。それ以上近づけば反逆罪と見なすぞ!」

 それでエリヤは足を止めた。

「反逆罪、か」

 いろいろ馬鹿なことはしてきたが反逆罪はしたことがない。それは嫌だな、とつぶやいた。
 それで衛兵も緊張を解いたのか、仕事モードを切り替え知人として話しかけてきた。

「エリヤさん、また不祥事ですか。あなたの始末書だけでも壁ができるっていうのに」
「高い方が立派だろ」
「めちゃくちゃなことを」

 まったく。減らず口にやれやれと態度で伝える。

「なぜここに来たんです。立ち入り禁止だと知っているでしょう」
「それなんだがな」

 エリヤはここに来るまでにしたように衛兵たちにも説明した。
 二人は、表情を沈めた。 

「そう、ですか」

 理由を聞かされ衛兵は落ち込むがどうして彼がここまで来れたのかも納得ができた。きっと出会った人みなが同じ気持ちだったのだろう。

「だから頼む。通してくれ。お願いだ」

 エリヤからの頼みに二人はしばらく考えていた。彼らはここの門番。門を開けるためにいるのではない。
 しかし、一人が扉の前で交差させていた槍を引くと、もう一人も槍を引いてくれた。

「わりい。ありがとな」

 エリヤは歩みを再開し扉の前に近づいていく。二人は道を開けてくれた。

「エリヤさん……なんて言葉をかければいいか……」

 一人はよほどショックなのか今も俯いている。こういう時なんと言えばいいのか。自分の気持ちを表す言葉が分からない。
 そんな彼の肩に、エリヤは手を置いた。

「もう、十分伝わってるよ」
「え」

 その言葉に衛兵は見上げる。エリヤは肩をぽんぽんと叩き、反対側にいる衛兵にも目を向けた。互いに目礼を済まし、エリヤは前へと踏み出した。
 扉を開ける。両開きのそれを両手で押しエリヤは教皇の間へと入った。
 最近ここに来たのは謹慎を言い渡された時か。その前はエノクと御前試合をした時だ。あまりいい思い出のない場所だがここには威厳と神聖な雰囲気がある。
 そこに、再びエリヤはやってきていた。

「エリヤ? 馬鹿な、なぜやつがここにいる?」

 エリヤの入室にいち早く気づいた聖騎士が声を上げる。その顔は何層もの驚愕を張り付けていた。

「衛兵たちはなにをしている!? 貴様、いったいなにをした!?」

 そう、ここにエリヤがいるはずがないのだ。
 やつは謹慎中で教皇宮殿に入ることを禁じられている。もし入ろうとしても誰かが気づく。しかし侵入の知らせは来ていない。
 ゆえに分からない。いったいどんな仕掛けをすればここまで来れるのか。
 聖騎士は声を張り上げるが、それを制したのは教皇マルタだった。

「止めなさい」

 聖騎士の頭上、階段状になっている台の最上、豪奢な白い椅子に腰掛けたマルタは柔らかい態度のまま聖騎士を止めていた。

「彼はなにも、危害を加えるようなことはしていませんよ」
「しかし、ではなぜ」

 解せないといった顔で仰ぐ聖騎士からマルタは視線をエリヤへと切り替えた。闖入者であるエリヤを見下ろしつつも、その表情は穏やかなままだった。

「愛されているのですね、エリヤ」

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