天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

これが、正しいってことなのかよッ

 左右から銃口を向けられ、椅子に挟まれた中央から三人の兵士が近づいてきた。

「おい」

 それを阻止するためにエリヤが立ちふさがる。

「それ以上近づくんじゃねえ」
「聖騎士エリヤ。邪魔をするな。これは正式な任務だ。妨害するというのならお前もただではすまないぞ」
「上等だ、やってみろやオラ!」

 エリヤが三人の兵士に近づいていく。相手もすぐさに銃を構え直した。しかしエリヤは臆することなくさらに歩いていく。

「やめてくれ、エリヤ」

 その歩みを止めたのは、ウリエルだった。

「だが」
「いいんだ」

 エリヤが振り返った先、ウリエルはすべてを受け入れていた。立ってはいるが活気はなく、体に力も入っていない。抵抗の意思なんてなかった。

「諦めるなよ! 約束しただろ、これが終わったら自由に生きるって。もう少しじゃねえか! 待ってろ、俺がこいつら退かして」
「エリヤ!」

 なんとかしてウリエルを助けたい。そう思うエリヤだがウリエルに止められる。

「ここでお前が暴れたら、家族にまで迷惑がかかるのを忘れたのか!?」
「それは…………」

 そう言われ、握りしめた拳から力が抜けていった。同時に嫌な記憶がぶり返る。
 神官長モーゼに刃を向け脅迫し、それによって教皇マルタや家族にまで迷惑をかけた。それは軽率で幼稚な正義だった。
 そのせいで、迷惑をかけ、後悔しか生まれなかった。

「反省したんだろ? もう家族に迷惑をかけないって」

 それを知っているウリエルはそっとエリヤに言い聞かせる。このままではエリヤは力づくでも自分を助けようとする。その後彼はどうなる? 任務妨害でどんな罰を受けるか。彼の家族や所属元の総教会庁にだって波及する。
 自分のせいでそんな目には遭わせられない。

「もう、いいんだ。ありがとうな、エリヤ」

 だから、ここでお終いだ。
 楽しい時間だった。笑顔になれる場所だった。それは本当に久しぶりのことで、自分でも忘れていたものだった。
 けれど、迷惑はかけられない。
 ウリエルは歩き出しエリヤの横を通る。兵士に脇をかためられ出口へと向かっていく。

「ウリエル!」

 その背中へ、エリヤが声をかける。

「おい! お前は、それでいいのかよ?」

 長い旅をしてきた。それが贖罪のためだったとしても、してきたのは人のためだった。それももう少しで終わりのところまできた。
 過去に引きずられる生き方は終わりだ。
 これからは自分のために生きる番だ。
 それがもうすぐだっていうのに。

「エリヤ」

 エリヤから名前を呼ばれウリエルが立ち止まる。そのまま、背中越しに言った。

「約束は、忘れてくれ」
「…………」

 それを最後に、彼女は出て行った。大勢の兵士と一緒に。

「…………」

 なにもできなかった。その場に立ち尽くし開けっ放しの扉を見つめる。しばらくしてエリヤはさきほどまで座っていた椅子に戻った。そこには弁当箱が置かれている。エリヤはそれを拾うが、そこには自分の分だけでなく彼女の分も残っていた。
 エリヤは近づき、そっとウリエルの弁当箱を拾い上げた。

「……くそ!」

 なにも、できなかった。
 いや、なにもしなかったんだ。助けようと思えばできた。やろうとすればやれた。
 なのに、自分はしなかった。あの後ウリエルはどうなる? どんな処分を受けるんだ?
 監禁? まさか、処刑なんてないと思うが。
 でも、そうなら自分は見殺しにしたのも同然だ。目の前にいたのに、自分はしなかった。
 弁当箱を握る手が、怒りに震えた。
 自分が、情けなかった。

「これが、正しいってことなのかよッ」

 もう、シルフィアやエノク。教会に迷惑をかけない。そう誓ったけど。
 なにが正しいのか、これが正しいことなのか。
 エリヤには、分からなかった。

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