天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

分かったわ。それでいきましょう

「なんとしてもそれは阻止しなければならない。同時に、最悪の事態も想定しておくべきだ」

「だからこそのヘブンズ・ゲートなの?」

「ルフィアの系譜がなにを意味するのか、そこまでは未知数だ。これからなにが起こるか私でも分からん。未来消失だけで頭が痛いのに、そこへルフィアの系譜とはな」

 問題が山積している。解決を待たずに次から次へと。さすがのガブリエルもこれには表情が苦い。

「ヘブンズ・ゲートの準備はその一つだ。だが、あらゆる対策を講じておくべきだとは思う」

「と言うと?」

「私は、エリヤの暗殺も視野に入れている」

「!?」

 ラファエルの表情が今日の中で一番ひきつった。

「それは、でも」

 危険な芽を今のうちに摘んでおくという考えは分かる。しかし、それは当然違法行為だ。理由は分かるがだからといってこれはさすがにひどいと言わざるを得ない。

「お前の言い分は分かる。しかし、今がどれだけ危機的状況かは分かるだろう。なにも起きてはならん。不穏分子があるなら排除もやむなしだと私は考えている」

「それはあまりにも飛躍した考えよ。まだすると決まったわけではないのだし」

「しないと決まったわけでもない。可能性がある以上、やつは我々の敵だ。それに、やつはすでに神官長殿に刃を向けている」

「それは」

 ガブリエルの言い分も理解できるがラファエルとしてはやはり納得できない。可能性があるという理由だけで殺害に及ぶなど。

 ラファエルは迷うが、ガブリエルはすでに決心していた。

「やつ一人の命で三柱戦争を回避できるのなら、やつは殺すべきだ」

「…………」

 返事ができない。理性と感情が別々の答えを出している。三柱戦争に繋がりかねないものは細事だろうがなくすべきだ。だが、だからといって人の命を奪うなど。

 頭では理解しているが、胸では違うと叫んでいる。

「だが」

「?」

 そこへガブリエルが声をかけてきた。

「お前の言うとおり、すると決まったわけでもない。しかし放置もできん。やつには監視をつけ様子を見る。もし下手な真似に出るようなら、その時は処分する。落としどころとしては妥当な案だと思うが」

 ガブリエルがラファエルを見つめてくる。静かなその瞳に、ラファエルは暗い表情を取り払った。彼女とて無闇に人の命を消すことに抵抗がないほど落ちぶれたわけではない。

 彼女もまた優しさを持つ天羽なのだと再認識してホッとする。

「分かったわ。それでいきましょう」

「監視の手配は私からサリエルに頼んでおく。それに、ウリエルの捜索の件もあるしな」

 しかし、その表情が再び暗くなった。

「ウリエル……」

 その名前は懐かしい響きをもってラファエルの心を揺らした。

「彼女、今頃なにをしているのかしら」

 ウリエル。かつて同じ天羽として天界紛争を戦った仲間であり、四大天羽の一人だ。その頃の彼女は果敢で勇ましかった。彼女の武勇は数多い。憧れていた者も大勢いた。

 けれど、最後は天羽であることに見切りをつけ飛び立ってしまった。裏切り者の、堕天羽として。

 それからはもう、会ってはいない。

「知らん。裏切り者のことだ」

「けど」

 ガブリエルは割り切っているのかきっぱり言う。だが優しいラファエルにはそこまで冷淡になりきれない。

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