天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

あなたは、それでいいのですか?

 サングラスの奥から鋭い視線を感じる。が、それもなくなった。

「悪かったよラグエル、そう熱くなるなって」

 あくまでも飄然に、サリエルは何気なく謝罪する。長引かせることでもないのでラグエルは追及しなかった。

「そのことを伝えるための会合か、ミカエル?」

 そこへガブリエルがミカエルに振り向いた。鋭い視線がミカエルを見る。

 未来の完全な消失、ゴルゴダ共和国の軍拡。どちらも重要な出来事だ、早期に知る必要がある。だが、どちらもあとしばらくすれば分かったことでありわざわざ集まる必要性は低い。それなりにスケジュールが詰まっている面々だ。

 そして、この男がそれだけのことでここにいる全員を集めたとはガブリエルには思えなかった。

「いいや、本題はこれからだ」

 そして狙い通り、これまでのことは前置きに過ぎなかった。

「? これから?」

 てっきり伝達が目的だとばかり思っていたラファエルは意外そうな顔をする。それ以外のメンバーも本題と言われれば無視できない。

 そんな彼らの視線を一身に受け止め、ミカエルは真剣な表情で話した。

「ゴルゴダ共和国は軍拡を決定した。未来が完全に観測不可能となった今、それを回避することは絶望的だ。それは間違いなくなるだろう。となれば備えは必要。いざ起こったとき、戦えるだけの戦力がね」

 もし三柱戦争が起きるなら備えは必要だ。もしろくな準備もなく開戦となれば待っているのは殺戮でしかない。せめて自衛できるほどの戦力は必要になる。だからこそ神官会議でも軍備拡張が決定された。

「そこで提案なのだが」

 それ以上になにを備えようというのか。

 このとき、みなにはまだ心に余裕があった。真剣だが必死ではない、高官としての器を持った態度だ。

 だが、次の一言でそれは瓦解した。

「私は、ヘブンズ・ゲートを開こうと思う」

 この発言に、今度こそ一同に衝撃が走った。ラファエルやサリエルはもちろんのこと、よほどのことでもない限り表情を崩さないガブリエルでさえ目を見開いた。

 なにより、

「馬鹿な!? 本気ですがミカエル様!」

 ラグエルが、席を立って抗議した。

「あれは、ルシファー協定で閉鎖することを決めたはず。それを開けようなどと」

 ここまでラグエルが焦りを見せるのは珍しい。心の余裕など瞬時に弾け、信じられないものを見たかのようにせっぱ詰まっている。

「必要なことをするまでだ」

「ミカエル様!」

 対して想定通りの反応にミカエルは決まった答えを返す。二千年の間、開かずの扉であったヘブンズ・ゲートを開ける意味。それが分からぬミカエルではない。それでもこの事態に万全の備えはいる。

 それはラグエルにも分かる。今が未曾有の危機にあることは。

 だが、だとしてもだ。

「あなたは、それでいいのですか?」

 ラグエルの表情が、焦りから悲しげな眼差しへと変わっていく。

 信じられなかった。なにより、彼が、誰よりも彼と親しかったた彼が、それを発言することが。

「裏切り行為ですよ……?」

 あれは、ミカエルとルシファーとの間で行われた約束だった。今でこそ協定と言われているが、二人の信頼関係で成り立っているに過ぎない。

 それを破るということは、ルシファーへの裏切りに他ならなかった。

 それをミカエル様、あなたがするのか。ラグエルの目はそう言っていた。

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