天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

だから、離れないでくださいね?

 また否定されると思っていたエリヤは少しだけ驚いた。なにより、そばにいるという言葉が力強くて。その言葉に意識をもっていかれる。

 シルフィアはエリヤを見上げ、真っすぐその青い瞳を向けていた。

「私は、なにがあっても。兄さんがどうであろうと。ずっと! ……ずっとそばにいますから」

 とても純粋で、ブレない視線。強い意思だ。まだ初等部の年頃なのに。彼女はこんなにも強い芯を持っている。

 そんな彼女が、エリヤを見つめて言う。

「だから、離れないでくださいね?」

 彼女のつぶらな瞳が見える。強さのなかに悲しみを湛えた、それは少女の懇願(こんがん)だった。

 シルフィアの願いを聞いてエリヤは少しだけ面食らっていたが、すぐに顔つきを優しくした。

「ったく」

 離れないでくださいね。そんなこと確認するまでもない。約束するまでもないことだ。だというのにそれをするシルフィアの健気さと、そこまでさせてしまった自分の不甲斐なさが身に染みる。

 エリヤはシルフィアの気を晴らそうと、頭に手を置き髪をくしゃくしゃ撫でてやった。

「安心しろ。お前が二十歳になるまではちゃんと世話見てやるよ」

 エリヤの手からシルフィアが慌てて逃げる。乱れた髪を直しすぐに睨んできた。

「もぉう! 世話してるのは私の方だと思うんですけど!」

「へいへい、そうだったな」

「感謝してもいいと思うんですけど!?」

「おう、ありがとよ」

「う~、なんか期待してるのと言い方が違う……」

「ははは」

 エリヤは笑った。いろいろあるけれど、それでもこうして日常は過ぎていく。時には喧嘩して、時には笑って。そんな時間を過ごすことができる。

 それが、たまらなく嬉しかった。

 エリヤは立ち上がりシルフィアに手を伸ばす。

「ほら、帰ろうぜ。夕飯の用意、今日は手伝ってやるよ」

 エリヤから差し出された手を見つめ、シルフィアは微笑むとその手を握って立ち上がる。

「はい!」

 そして二人は岐路についた。親子ほどにも見える兄妹は笑顔を浮かべ、楽しそうに公園をあとにした。

「あ、ちなみにお酒はなしですからね」

「げ」



 路地裏の影の中、その男は太陽のように明るい人だった。

「おい、お前こんな場所でなにしてんだ?」

 見上げれば青空が見える。なのにこの場所は陰鬱だ。人はまず通らないし見向きもしない。だからこそ居座るにはちょうどよかった。壁に背を持たれ座り込む。誰にも知られることなく。誰に憐れられることもなく。誰にも迷惑をかけない。一人きりの影の国。それがこの場所だったのに。

 なのに、彼は現れた。

「…………」

 問いには応えない。すでに少年の目に生気はなく、生きることを諦めた空虚な瞳があるだけだった。

「親は?」

「…………」

「家族はいるのか?」

「…………」

 少年はもう諦めたのだ、すべてを。それが分からないのか目の前に立つ青年はしつこく聞いてくる。それでも黙り込んでいると、青年は納得したように頷いた。

「……そっか」

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