天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

だが、お前じゃまだ早えよ

 分かるのは、これで勝負が決したことだ。

「だが、お前じゃまだ早えよ」

 一撃。振り抜いた大剣がすべてを決めていた。

 教皇宮殿を振るわすほどの爆発が起こる。大気は鉄槌となって周囲の騎士を吹き飛ばす。エリヤが放つニ度目の本気はエノクをとらえ、エノクも剣で受けるも耐える間もなく背後の壁へと激突していった。

「が、は……」

 エノクがぶつかった壁は轟音とともに大きくひび割れている。エノクは壁から落ち床に横になっていた。全身が衝撃に痺れて動かない。今、どこを怪我しているのか、その認識すら困難だ。

 それでも苦痛に明滅する意識をつなぎ止め、エノクはエリヤを見上げた。エリヤを見る双眸には困惑と驚愕が色濃く映し出されている。

「そんな……。今まで、手を抜いていたのか……?」

 最初から。今の今まで。激闘だと思った試合は実は茶番でしかなく、自分の懸命な戦いは最初から勝機のないものだったと?

 エノクの問いに、エリヤは平然としていた。

「てめえみたいなひょろいガキ、俺が本気になったら死んじまうだろうが」

 その言葉にエノクは視線を下げた。

 本気ではなかった、初めから。それに対して言いたいことはあった。それは侮辱だと。けれど言い返せる資格が今の自分にあるだろうか? 本気でこいと、言える強さすら自分は持っていない。

 もう、なにも言えなかった。

 自分は負けたのだ。あらゆる意味で。騎士としても、信仰者としても。すべて。すべてにおいて敗れたのだ。

(くそ)

 思うのは、悔しいという一念のみ。

(くそ)

 次に出てくるのは、もがき苦しむだけの疑問。

(なぜ、なぜ)

 出口はない。答えはない。

(私では、兄さんに届かない!?)

 必死に思うのに、けれどもう駄目だ、意識が落ちる。

 エノクの意思に反して視界が暗転した。体の痛みも焼き切れそうな思いも糸が切れたように停止する。

 深い底へと、沈んでいった。



 エリヤとエノクの決闘は幕を下ろした。一撃の余波に倒れていた騎士たちが起き上がり始め、どうなったかと決闘場を見る。

 そこにいるのはエリヤだ。勝者はエリヤ。この歴史的な激闘を制した男は静かに勝利を手にしていた。

 エリヤはエノクを見つめるが、数秒経った後背を向け決闘場を降りていった。そこに掛ける言葉はない。

 勝者は退場し視線はもう一人の騎士へと移る。エノクは床にうつ伏せで倒れており、それを見た騎士たちから声が上がった。

「担架! 担架だ、早く運べ!」

 試合終了の余韻は大勢の声にかき消されていく。慌ただしい動きに運ばれてエノクは医療室へと消えていった。

 エリヤは決闘場を下り終える。エノクに人が集まっている反面エリヤの周りには誰もいない。試合には勝ったが勝負には負けたということだろうか。勝者を喝采かっさいする声はなく、勝利を称える拍手もない。

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