天下界の無信仰者(イレギュラー)
その男こそ、聖騎士一番の問題児
相手はそれほどまでにエノクを本気にされる強敵だった。
それもそのはず。対するは同じく聖騎士が一人、その中でも一際異彩を放つ第十三位。正式な模擬戦であるこの戦いでは鎧姿であるのが伝統にも関わらず、男は白の制服姿のまま。それも胸元は大きく開き、髪は少々ぼさついていた。
戦い方も乱雑だ。屈強な体をしているが力任せに大剣を振るうだけ。まるで子供の棒振りだ。それは剣技とは呼ばない。おそらくする気も覚える気もないのだろう。そのあり方は規則を遵守する騎士でありながら自由奔放だ。四十代半ばの男性は一見騎士には見えない。そのような男には思えない。
それがエノクの対戦相手。エノクを最高の騎士と表す者がいるが、しかし最強の騎士は彼だと言う者もいる。一対一なら彼こそが一番だろうと。
その男こそ、聖騎士一番の問題児。
エリヤ。
そして、エノクの兄だった。
「どうしたエノク、もっと打ち込んでこい!」
エノクより二十歳以上年上のエリヤは黒髪を揺らし気迫のある笑みで啖呵を吐く。
エノクが放つ渾身の一撃を受け止めてなおエリヤは遊びのような態度だった。衝撃が生む強風が顔を殴りつけてもビクともしない。
白い制服の上からでも分かる盛り上がった腕は白剣を振り回しエノクの攻撃を軽々受けていた。
その後お返しとばかりに横に振るう。彼の攻撃は豪快の一言に尽きる。持ち前の膂力を遺憾なく発揮し大剣で敵を叩くだけ。技巧、戦法、戦術、特になし。打ち倒し斬り倒し最後に勝つ。それが彼のやり方だ。エノクが模範的な騎士ならばエリヤは破天荒な反面教師だ。騎士を目指す者ならばぜひ彼のようにはなって欲しくない。今も由緒ある模擬戦で飄々と戦っている。
唯一実直だと表するなら彼の剣だけだ。これには装飾がなく、遊びのないその有りようは使い手とは違い質実剛健な形をしている。
その白い大剣が空間を走る度猛風が起こった。それは対面するエノクの前髪だけでなく観衆の肌にまで届くほどだ。一撃の余波は教皇宮殿の一室を振るわしている。
エノクではエリヤの力には及ばない。彼の攻撃は神託物すら倒す破壊力だ。直撃どころか受け止めただけで剣は折れ鎧ごと叩き斬られない。
その猛威を前にして善戦しているのはエノクの技があってこそだ。
「うおお!」
エリヤの激しい攻撃にエノクの気合いが真っ向からぶつかった。
エリヤの攻撃、それが放たれるまでの初動から動きを予測し剣でいなしている。迫る剣を受け止めるのではなくはたき落とすように横から打ち軌道を変えている。狙い澄まされたエリヤの攻撃は到達点をズラされ空振りに終わっていた。それを一度や二度だけでなく、この戦いが始まってからすべてそうしているのだ。
誰でも出来ることではない。他の聖騎士であろうともこのような芸当、真似できるのは一人か二人いるかどうか。もしエノクの闘志に臆する心があれば、それはわずかな狂いとなってたちまちに瓦解するだろう。
剣技の冴え、精神の屈強さ、これらが一致してこそなせる剣聖の技だ。
力と技の激突と呼ぶに相応しい。この戦いは歴史に残るほどの激闘だった。
その一戦を見つめ、教皇席に腰掛けるマルタは微笑んでいた。白の法衣に身を包み、お揃いの帽子をかぶっている。栗色の髪は三つ編みに結ばれ、中年の女性ではあるが女性としての美しさは損なわれていない。美人だ。むしろ慈愛の精神に奥ゆかしさが増し、彼女がそこにいるだけで不思議と雰囲気が穏やかになる、それほどの存在感が彼女にはあった。エノクとエリヤの決闘を見つめる表情も穏やかで、まるですべての母のように彼らの戦いを見守っていた。
「すごいですね」
浮かべる微笑は木漏れ日のように温かく、彼女の雰囲気は聖母のように優しかった。
そんな彼女の傍らには一人の男が立っていた。
「決闘の苛烈さ、ということならば異論はありません」
教皇宮殿のこの場において彼は唯一総教会庁の人間ではない。サン・ジアイ大聖堂から参加している者。堅物を思わせる黒髪と表情に、それを裏付けるかのように制服を乱れなく着こなしている。彼も一戦を見つめながら背後にいる教皇へと言葉を送る。
教皇マルタは、決闘を見ながら応じた。
「なにか思うところでもありますか、ラグエル委員長」
彼女に名前を呼ばれ、監視委員会委員長ラグエルは振り向いた。
それもそのはず。対するは同じく聖騎士が一人、その中でも一際異彩を放つ第十三位。正式な模擬戦であるこの戦いでは鎧姿であるのが伝統にも関わらず、男は白の制服姿のまま。それも胸元は大きく開き、髪は少々ぼさついていた。
戦い方も乱雑だ。屈強な体をしているが力任せに大剣を振るうだけ。まるで子供の棒振りだ。それは剣技とは呼ばない。おそらくする気も覚える気もないのだろう。そのあり方は規則を遵守する騎士でありながら自由奔放だ。四十代半ばの男性は一見騎士には見えない。そのような男には思えない。
それがエノクの対戦相手。エノクを最高の騎士と表す者がいるが、しかし最強の騎士は彼だと言う者もいる。一対一なら彼こそが一番だろうと。
その男こそ、聖騎士一番の問題児。
エリヤ。
そして、エノクの兄だった。
「どうしたエノク、もっと打ち込んでこい!」
エノクより二十歳以上年上のエリヤは黒髪を揺らし気迫のある笑みで啖呵を吐く。
エノクが放つ渾身の一撃を受け止めてなおエリヤは遊びのような態度だった。衝撃が生む強風が顔を殴りつけてもビクともしない。
白い制服の上からでも分かる盛り上がった腕は白剣を振り回しエノクの攻撃を軽々受けていた。
その後お返しとばかりに横に振るう。彼の攻撃は豪快の一言に尽きる。持ち前の膂力を遺憾なく発揮し大剣で敵を叩くだけ。技巧、戦法、戦術、特になし。打ち倒し斬り倒し最後に勝つ。それが彼のやり方だ。エノクが模範的な騎士ならばエリヤは破天荒な反面教師だ。騎士を目指す者ならばぜひ彼のようにはなって欲しくない。今も由緒ある模擬戦で飄々と戦っている。
唯一実直だと表するなら彼の剣だけだ。これには装飾がなく、遊びのないその有りようは使い手とは違い質実剛健な形をしている。
その白い大剣が空間を走る度猛風が起こった。それは対面するエノクの前髪だけでなく観衆の肌にまで届くほどだ。一撃の余波は教皇宮殿の一室を振るわしている。
エノクではエリヤの力には及ばない。彼の攻撃は神託物すら倒す破壊力だ。直撃どころか受け止めただけで剣は折れ鎧ごと叩き斬られない。
その猛威を前にして善戦しているのはエノクの技があってこそだ。
「うおお!」
エリヤの激しい攻撃にエノクの気合いが真っ向からぶつかった。
エリヤの攻撃、それが放たれるまでの初動から動きを予測し剣でいなしている。迫る剣を受け止めるのではなくはたき落とすように横から打ち軌道を変えている。狙い澄まされたエリヤの攻撃は到達点をズラされ空振りに終わっていた。それを一度や二度だけでなく、この戦いが始まってからすべてそうしているのだ。
誰でも出来ることではない。他の聖騎士であろうともこのような芸当、真似できるのは一人か二人いるかどうか。もしエノクの闘志に臆する心があれば、それはわずかな狂いとなってたちまちに瓦解するだろう。
剣技の冴え、精神の屈強さ、これらが一致してこそなせる剣聖の技だ。
力と技の激突と呼ぶに相応しい。この戦いは歴史に残るほどの激闘だった。
その一戦を見つめ、教皇席に腰掛けるマルタは微笑んでいた。白の法衣に身を包み、お揃いの帽子をかぶっている。栗色の髪は三つ編みに結ばれ、中年の女性ではあるが女性としての美しさは損なわれていない。美人だ。むしろ慈愛の精神に奥ゆかしさが増し、彼女がそこにいるだけで不思議と雰囲気が穏やかになる、それほどの存在感が彼女にはあった。エノクとエリヤの決闘を見つめる表情も穏やかで、まるですべての母のように彼らの戦いを見守っていた。
「すごいですね」
浮かべる微笑は木漏れ日のように温かく、彼女の雰囲気は聖母のように優しかった。
そんな彼女の傍らには一人の男が立っていた。
「決闘の苛烈さ、ということならば異論はありません」
教皇宮殿のこの場において彼は唯一総教会庁の人間ではない。サン・ジアイ大聖堂から参加している者。堅物を思わせる黒髪と表情に、それを裏付けるかのように制服を乱れなく着こなしている。彼も一戦を見つめながら背後にいる教皇へと言葉を送る。
教皇マルタは、決闘を見ながら応じた。
「なにか思うところでもありますか、ラグエル委員長」
彼女に名前を呼ばれ、監視委員会委員長ラグエルは振り向いた。
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