天下界の無信仰者(イレギュラー)
倒さなければならない、生涯の敵を前にして
闘志と戦意をぶつけ合う。
剣と刃を交え合い、二人の騎士はせめぎ合う。その剣に己の自信と誇りを乗せて。
聖騎士第五位。のちに教皇と呼ばれることとなる青年エノクは白に包まれた部屋で戦っていた。下ろした銀の前髪の奥から覗く双眸は戦意に燃え、真剣な眼差しは対戦者へと容赦なく送られる。
そこにいるのはもう一人の聖騎士。鎧を着ているエノクとは違い白の制服姿のまま。やや長い髪がぼさついている四十代の男だった。白の大剣を振り回しエノクの猛攻と互角以上に渡り合っている。
この男を倒すこと。この男を超えること。
それが、エノクのすべてだった。
今は昔。六十年前の教皇宮殿。この決闘が、彼らの始まりだった。これから六十年に渡って至る、物語の終点へ。
その開幕は、二人の騎士による激闘。
彼らが奏でる戦火の音は、光の中で響き合っていた。
*
神聖で、静謐な広場だった。教皇宮殿の最上階。ガラスがはめ込まれた壁面からは光が降り注ぎ、後光を受ける形で置かれた高さ二メートルもの背もたれがある席には当代の女教皇マルタが腰かけ、ここには他にも大勢の騎士が並んでいた。
静まりかえった緊張感ある沈黙が部屋を満たす。皆は一様に口を閉ざし、視線のさきを部屋の中央へと向けていた。
そこで戦っている、二人の騎士を見るために。
そのうちの一人、弱冠二十歳で聖騎士に就いた俊才、エノクは目の前にいる敵をにらみ付ける。今は距離が離れ互いに様子見をしている。大きく吐かれる息を整えて、エノクは駆ける。両手で握った剣を振るった。
倒さなければならない、生涯の敵を前にして。
決闘場の上で旋風が吹き荒れている。そこには己の全霊を掛けて挑む男の姿があった。吐き出す息も、剣を振るうその手にも自分の矜持が染み着いている。
エノクは果敢に戦っていた。越えなければならない壁が目の前に立ち塞がっている。
騎士の誇りにかけて、この戦いは絶対に負けられなかった。
「はああ!」
気炎と共に両手で握られた剣を振るった。彼の実直さを表すかのような真っ直ぐとした剣筋だ。剣技の模範、騎士ならば誰しもが目指すべき美しさがそこにはある。彼の姿勢、技からは騎士としての誇りが伝わってきた。観衆である騎士たちもエノクの戦いを無言で賞賛する。
強さの区別をなくせば、彼は最高の騎士だ。
そんな誰しもが認める彼が必死になって戦っている。これは聖騎士たちによる月一の会合、その慣例となった模擬戦だ。負けたからといって誰も彼を責めないし、非難する者などいない。そんなものとは関係なく、彼はすでに立派な騎士だった。
だから、これはエノクの個人的な問題だ。誰が認めようと自分だけは認められない。
敗北は、すなわち無価値の証明だ。自分が歩んできた道も、信じてきた教えも、なにより尊い誇りすら、この壁は一蹴してしまうから。
(負けられない!)
剣と剣が織りなす激闘、刀身がぶつかり鉄の音が響き合う中で、それにも負けない叫びが胸を突く。
(負けたくない! 絶対に!)
技量。力。集中。誇り。エノクは、この一戦に持ち得るすべてを込めて戦っていた。
剣と刃を交え合い、二人の騎士はせめぎ合う。その剣に己の自信と誇りを乗せて。
聖騎士第五位。のちに教皇と呼ばれることとなる青年エノクは白に包まれた部屋で戦っていた。下ろした銀の前髪の奥から覗く双眸は戦意に燃え、真剣な眼差しは対戦者へと容赦なく送られる。
そこにいるのはもう一人の聖騎士。鎧を着ているエノクとは違い白の制服姿のまま。やや長い髪がぼさついている四十代の男だった。白の大剣を振り回しエノクの猛攻と互角以上に渡り合っている。
この男を倒すこと。この男を超えること。
それが、エノクのすべてだった。
今は昔。六十年前の教皇宮殿。この決闘が、彼らの始まりだった。これから六十年に渡って至る、物語の終点へ。
その開幕は、二人の騎士による激闘。
彼らが奏でる戦火の音は、光の中で響き合っていた。
*
神聖で、静謐な広場だった。教皇宮殿の最上階。ガラスがはめ込まれた壁面からは光が降り注ぎ、後光を受ける形で置かれた高さ二メートルもの背もたれがある席には当代の女教皇マルタが腰かけ、ここには他にも大勢の騎士が並んでいた。
静まりかえった緊張感ある沈黙が部屋を満たす。皆は一様に口を閉ざし、視線のさきを部屋の中央へと向けていた。
そこで戦っている、二人の騎士を見るために。
そのうちの一人、弱冠二十歳で聖騎士に就いた俊才、エノクは目の前にいる敵をにらみ付ける。今は距離が離れ互いに様子見をしている。大きく吐かれる息を整えて、エノクは駆ける。両手で握った剣を振るった。
倒さなければならない、生涯の敵を前にして。
決闘場の上で旋風が吹き荒れている。そこには己の全霊を掛けて挑む男の姿があった。吐き出す息も、剣を振るうその手にも自分の矜持が染み着いている。
エノクは果敢に戦っていた。越えなければならない壁が目の前に立ち塞がっている。
騎士の誇りにかけて、この戦いは絶対に負けられなかった。
「はああ!」
気炎と共に両手で握られた剣を振るった。彼の実直さを表すかのような真っ直ぐとした剣筋だ。剣技の模範、騎士ならば誰しもが目指すべき美しさがそこにはある。彼の姿勢、技からは騎士としての誇りが伝わってきた。観衆である騎士たちもエノクの戦いを無言で賞賛する。
強さの区別をなくせば、彼は最高の騎士だ。
そんな誰しもが認める彼が必死になって戦っている。これは聖騎士たちによる月一の会合、その慣例となった模擬戦だ。負けたからといって誰も彼を責めないし、非難する者などいない。そんなものとは関係なく、彼はすでに立派な騎士だった。
だから、これはエノクの個人的な問題だ。誰が認めようと自分だけは認められない。
敗北は、すなわち無価値の証明だ。自分が歩んできた道も、信じてきた教えも、なにより尊い誇りすら、この壁は一蹴してしまうから。
(負けられない!)
剣と剣が織りなす激闘、刀身がぶつかり鉄の音が響き合う中で、それにも負けない叫びが胸を突く。
(負けたくない! 絶対に!)
技量。力。集中。誇り。エノクは、この一戦に持ち得るすべてを込めて戦っていた。
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