天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

戻りましょうか、地上へ

 イヤスの背後に白い穴が開いた。眩い光が放たれる。イヤスは浮遊したまま後退していき穴へと消えていく。彼の姿は光に飲まれそのまま消えていった。穴は閉じこの宇宙からイヤスの痕跡はなくなった。

 宇宙に、元の静寂が戻った。

「終わったか」

 これで本当に終わりだ。最初はミカエルとの戦いで、それだけでも壮絶だったというのによもや三柱の神イヤスまで出てくるとは。

『そうですね。けれど彼の撤退を確認しました。今頃天上界で悔しがっているでしょう』

「はっ、そりゃ愉快だな」

 神愛は小さく笑った後ミルフィアを見上げた。神愛が振り向いたことにミルフィアも頷き小さく笑う。

『戻りましょうか、地上へ』

「そうだな」

 自分たちの戦いは終わったがいつまでもここにいるわけにはいかない。地上の戦いはまだ続いている。戻らなければ。

「ミルフィア」

 それで神愛は地上に戻ろうとするが、その前に言いたいことがあった。

「ありがとうな」

 一緒に戦ってくれたこと。支えてくれたこと。ミカエルとの戦いも、イヤスとの戦いも、彼女がいなければかなわなかった。

『いえ。礼には及びません』

 ミルフィアは神愛の正面まで下り視線の位置をあわせた。今のミルフィアは黄金の半透明な色をしている。それでも彼女が笑っているのは分かるし可憐な愛らしさがあるのは変わらない。

『あなたの側にいられること。あなたの力になれること。それだけで、私はこの上なく幸せなのですから』

 そう言って微笑むミルフィアはほんとうに幸せそうだった。笑う彼女には時折目を奪われる。それほど彼女は美しく、見ているだけで幸せになれるのだ。そんな笑顔を見せられて神愛もまんざらではない笑顔で返す。

「じゃあ、行くか」

『はい』

 神愛は念じた。自分の行きたい場所を頭に思い浮かべ、自分の周囲にその光景を重ね合わせる。

 瞬間、神愛は空を落下していた。広大で薄い青の世界に全身をさらし、空気抵抗の激しい流れに体中が押されている。そのまま雲の壁を突破すれば眼下にゴルゴダ共和国の景観が見えた。全体的に白い芸術的な町並みと一際目を引くサン・ジアイ大聖堂の建物がある。だが、その至る所では煙が上がり兵士たちが天羽と戦っているのが分かる。この惨状に神愛の表情も引き締まった。

 天界の門事件。親玉であるミカエルを倒すことには成功したが、この戦いはまだ終わっていないのだ。

 神愛は地上に着地する前に速度を落とし、ふわりとゴルゴダ美術館の広場に足をつけた。その際にデュエット・モードも解除し二人は別々になる。

「とりあえずやることはやったが、まだまだやることはありそうだな」

「そうですね。この事態を収めなければ」

 ここは主戦場とは離れているのか静かだが、サン・ジアイ大聖堂前は未だに激戦区だ。それに天界の門もまだ健在。やるべきことは残っている。

「神愛くーん!」

「恵瑠?」

 その時だった。名前が呼ばれ振り向いてみると恵瑠が駆け寄ってきていた。足場の悪い地面を小さな体で必死に走り、恵瑠はそのまま神愛の体に抱きついた。

「神愛君!」

「うお!」

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